承香殿女御 参 

大納言惟時の語る


 承香殿どの?

 あの承香殿どのか懐かしいな。

 ああ、覚えているよ。

 俺が一番充実していた時の話だからな。

 行律親王さまはまさに帝がねの皇子だったよ。娘婿だから言うんじゃなくてな。

 ただ、巡り合わせが悪すぎた。

 あの時の帝には女御腹の弟宮が三人もいた。しかもやたらに人気の源氏の君が十宮の後ろ盾についちまって、当の十宮は兄の源氏に生き写し。故院のご遺言まであって、十宮以外に東宮はいないという雰囲気だった。

 あれはまるで源氏の君の代わりに十宮が立坊したようなものだ。

 源氏の君が京を落ちたときはいけるかとも思ったが、どうにも攻めきれんかった。

 姉の太后さまも今ひとつおして下さらなかったしな。

 俺だって最初から娘を后にしようと目論んで親王さまを婿に迎えたわけじゃない。流れでそんな事も考えたというだけだ。それもよくなかったのかもしれん。

 その点、承香殿どのは違った。

 腹を据えて親王さまの立坊を目指していた。

 正直に言えばあれほど肝の据わった方とは思わなかった。太后さまや中宮さまに比べると、どうしても存在感は薄い方だったからな。

 あの方には色々考えさせられたよ。

 ただ、うまくは行かなかった。

 本当に巡り合わせが悪かった。

 行律親王さまは立派な帝がねだったけど、弟君の十宮さまにかなわなかったし、承香殿どのは后もつとまる女人だったのだろうけど、太后さま程じゃなかった。

 不可解な亡くなり方をしたのも事実だ。

 ここから一気に攻勢に出るような事を仰っていたのに、蓋をあければ源氏召喚、ご当人は頓死。

 まるであおりをくらいでもしたように、身籠っていた娘の典子まで死んじまった。

 呆然としておられる行律親王さまを宇治の山荘にお移ししたのは俺だ。なんだろう、京においでになるのはまずいとおもったんだ。見鬼でもないのにな。

 親王さまは法師でもこうはいくまいというほどに、山荘で行い済まして暮らしておられるよ。長く独り身を通されたが、先年娘の法子を娶って頂いた。法子は典子によく似ているんだ。母親は違うんだが。

 もうこのまま世には出ずに済まされるつもりなのだろうなあ。あたら英明な親王さまが勿体無い事だが、すでに御代も移って、今更朝廷に入られるのも難しいだろう。

 今、ときめいているのは立后した源氏の大姫と、その一族。今上はもったいなくも我が甥孫だが、我らの一族は気圧されているのさ。

 もしも、もしもあの時、行律親王さまの立坊が成っていたら、状況は随分違ったかもしれない。

 まあ、それも今となっては繰り言に過ぎんが。

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