承香殿女御 弐
八宮乳母 萩のおもとの語る
お方さまの話でございますか。
さてねえ、私は親王さまの乳母でございますから。
そりゃあ、親王さまの母君とは関係は深うございますよ。こと親王さまの養育においてはまさに一心同体。一緒にお育て申し上げるんでございますからね。
でもねえ、母君ご本人のことまで深く存じ上げているかと言えば、場合によるとしか申し上げようがございません。
乳母をそれこそ腹心になさる母君もおられますけれど、乳母というのは子供の養育係だと割り切っておられるような方も珍しくはございませんから。
あのお方さまははっきりと割り切っておられる方でございました。
ですから私がお方さまの心の内を推し量るのは、少々荷が勝ちすぎております。それでもお側におりますと、どうしても伝わってくることというのはございました。
あの方はいつでもきゅっと唇を結んで、勝ち気な目をした方でした。
私はあの方を見ているといつも、開ききって鮮やかに咲く大輪の菊を連想したものです。
めいいっぱい鮮やかに、けれど風が触れても散り溢れるほどに必死になって、咲き誇ろうとする様は、美しくも痛々しいものでした。そう思って見ていると、あの勝ち気さのあふれる表情さえ、泣くのを我慢する幼子のようにも見えてきます。
そこまでして必死に咲いても、思う方のお目にとまりもしないとなればなおのこと。
それでもねえ、親王さまの事はかわいがっておいでだったのでございますよ。
お育てした欲目で申し上げるんじゃございませんが、まことに利発な親王さまでございました。お方さまが立坊を望まれたのも無理はございません。十宮さまが生まれなければ、ない話ではなかったはずでございます。
不運な方と一言で言ってしまえば簡単ではございますけど、望みを抱いてはへし折られる痛みはそんな簡単なものではありますまい。
源氏の君が呼び戻されることが決まったその次の朝、お方さまはひっそりと息絶えておいででした。
源氏の君のお戻りに湧く京の賑々しさのなかで、文字通り誰にもかえりみられることのないご逝去でございました。
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