4-7 かわいいかわいい従妹

 楽しい時間はすぐに過ぎると言うが、寝ている時間の方がより早く過ぎる。なら、睡眠こそがこの世界における最大の娯楽なのだろうか。きっとそうなのだろう。

 朝から昼食を挟み、陽が暮れ始めるまでを柚木に付き合って遊んでいた俺は、すでに遊ぶ事よりも眠る事への欲求がかなり勝ってきていた。

「……んー、そろそろ帰らなきゃかな」

 時計を確認した柚木が、残念そうに呟くのを聞き、正直なところ安堵する。

「兄貴、送ってってやれよ」

「別にいいけど、友希は行かないのか?」

「行かねぇ、寝る」

 短い会話で俺に責任を押し付けた友希は、そのままこたつに入って寝始めた。なんて薄情な奴だ。そのまま明日まで寝こけてしまうといい。

「仕方ない、二人で行くか」

「近いし、別に送ってくれなくても大丈夫だよ」

「柚木は謙虚でいい子だな。どこかの誰かとは大違いだ」

 少し前、自分から送れと言い出した女を思い出し、だからこそ俺は慎ましやかな柚木を送ってやる事にする。

「ああ、海原さん。そう言えば、そうだったね」

「……ん?」

 柔らかく笑う柚木に違和感を覚えながらも、すぐに忘れて立ち上がる。

「じゃあ、行こう。俺が付いていても大した戦力にはならないし、いざという時は逃げ出すから、陽が落ち切る前に行った方がいい」

「そんな事ないよ、ひろ兄はきっと最期まで私の盾になってくれるもん!」

「過大評価で逃げられなくしたな!?」

 柚木が荷物を纏める間に、上着を羽織って玄関に向かう。

「叔母さん、長い間お世話になりました」

「そんな、お世話だなんて。ゆずちゃんこそ、家のを相手してくれて助かったわ。またいつでも遊びに来てね」

「はい、すぐに遊びに来ます!」

 社交辞令にも聞こえる母の言葉を、柚木は真正面から受け取り、返していた。まぁ、母が柚木を嫌っているとは思えないので、問題はないのだろうが。

「とも兄も、ありがと」

「……ん」

 寝ている友希にも一声掛け、ようやく柚木が玄関に姿を見せた。

「よし、行こっか」

「そうだな、行こう」

 なんだかんだ言っても、柚木と今日でお別れだと思うと名残惜しい。せめて少しでも長く一緒にいようという気持ちが、眠気と寒さを一時的に上回っていたから、俺はすんなりと外に出れた。まぁ、あまりの寒さに早くも若干後悔し始めてはいるが。

「わっ、ひろ兄、私が持つからいいよ」

「そんなに遠慮するな。何のために俺の手が二本あると思う?」

「少なくとも、私の荷物を持つためではないよね?」

「そうだな」

「……じゃあなんで言ったの?」

 遠慮しいな従妹の荷物を受け取り、片手にぶら下げる。思った以上の軽さに、別に俺が運ぶ必要もないかと思ったが、今更返すのもあれなので言わない。

「ひろ兄は優しいなぁ。そんなだと、変な女に勘違いされちゃうよ」

「大丈夫だ。変な女には優しくないから」

「たしかにそうかも。ひろ兄、面喰いだもんね」

「柚木、いい事を教えてやろう。男はみんな面喰いだ。顔が残念な女性と付き合ってる奴は、金目当てか妥協したか、もしくはその残念な顔が個人的に好みかのどれかなんだ」

 この機会に、残念な事実を柚木に教えてやる。良かったな、柚木。これで君も汚い大人へと一歩前進だ。

「そんな事ないもん! 内面に恋する人だっているもん!」

「じゃあ、柚木は顔が残念な男を好きになれるのか?」

「……わかんない」

 ほら、見た事か。項垂れる柚木に、勝利の喜びを噛み締める。

「……だって、私が好きなのは、格好良くって優しいひろ兄だもん」

 しかし、続いた言葉に、どう返していいのかわからなくなる。

 あまりにいつも通り過ぎる空気に、柚木に告白された事を忘れていた、というわけでは流石にない。ただ、なんとなく、そういった核心の部分は、互いに上手く避けながら会話が続いていくものだと思っていた。

「でも、そうだね。次に好きになる人は、格好良くない方がライバルは少ないかも」

 だが、その後の言葉は、それまでが問題にならないほど予想外のものだった。

「次に好きになる人、って」

「だって、ひろ兄、私に興味無いでしょ。今は無理だけど、いつかは次の人探さなきゃ」

「興味無いなんて事は……」

「うん、私の勘違いじゃなきゃ、ひろ兄、従妹としての私は好きだよね。でも、恋愛の意味で、女の子としての私には興味無いでしょ?」

 柚木の告白は、中途半端に終わり、当然その返答も有耶無耶に終わった。しかし、柚木は俺の逃走をNOの意味で受け取っていたらしい。

「いいんだ。それは仕方、ないから。……っ、ひろ兄が私を……」

 泣く? 

 それは、あくまで予想に過ぎず。まだ柚木の目には水滴の欠片も見えない。

「興味が無いわけじゃない」

 それでも、柚木が泣いてしまう事を想像しただけで、俺の口は自動的に動いていた。

「えっ?」

「わからないんだ。俺がどうしたいのか、妹の友達と付き合いたいってのは、どこまでなのか。ただ、柚木が妹の友達なら、俺は迷わず付き合ってる」

 馬鹿げた事を口にしているのはわかっている。ただ、それは偽りない本音だった。本気で馬鹿げた夢を、妹の友達と付き合う事を願った以上、例え傍から見て馬鹿げていようとも、今の俺は大真面目に語っている。

「ひろ、兄……」

 それでも、柚木に殴られるくらいの事は覚悟していた。あくまで他人から見れば馬鹿げた、ふざけた台詞。茶化すなと怒鳴られても仕方ない。

「……そっか。まだ、諦めなくてもいいんだ」

 だが、柚木のこちらに向けた表情は満面の笑みだった。

「ひろ兄、手出して!」

「いや、だからまだ……」

「そういう意味じゃなくって!」

 強引に俺の左手を取った柚木は、俺の指に自分の指を絡ませてくる。

「ちょっと早いよ、もっとゆっくり行こっ!」

 家路を努めて引き延ばそうとする柚木の浮かれた様子に、ほんの少しだけ心が痛んだ。

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