一
5-1 住めば都、休めば安子
人生とは、慣れの連続だ。生まれてから死ぬまで、人はあらゆる初めてに出会い、そしてやがてそれらに慣れていく。年をとるほど時間が経つのを早く感じるのも、きっとそれらの慣れによるものだろう。
「あーっ、やっっっと授業終わった! 長ぇ、長すぎる! ついでに眠いし寒いし、もう最悪だ! なんだ、ここは地獄か!? 俺はそんなに悪い事をしたか!?」
しかしながら、冬休みが終わり、まともに授業が始まってから早一週間。俺は再開した学校生活にまったくと言っていいほど慣れていなかった。
「おい、バカ、聞こえるぞ」
「誰がバカだ誰が。いいんだよ、流石に引き返しては来ないだろ」
斜め前の席に座る、この学校で四番目くらいに仲のいい友人、山下からの忠告を受け流す。流石に俺も、教師を目の前に授業への愚痴を叫ぶほどおめでたい頭はしていない。俺の声は廊下にまで聞こえてはいるだろうが、怒られさえしなければいいのだ。
「おい、柊」
しかし、予想に反して、授業を終えて去っていったはずの歴史教師が、教室の前の扉から顔を出していた。
「こいつが俺のモノマネしてました」
「えっ、私?」
慌てた俺は、隣に座る高橋さんを指さして誤魔化しにいく。
「とぼけるなよ、合唱部。声帯模写はお手のもの、でお馴染み、合唱部」
「そもそも、私は吹奏楽部だよ!」
「……絶対音感!」
「無い! あってもモノマネはできない!」
苦し紛れの一言も、完全に論破されてしまった。こういう時のために、もっと同級生の事はちゃんと覚えておくべきだ。
「えっと、じゃあ他に合唱部の奴は……」
「あー、別にお前が授業を楽しんでるなんて、最初っから思ってないから安心しろ。そうじゃなくて、別の話だ」
更なる言い訳を探すも、それは途中で遮られる。
「別の話、ですか?」
「まぁ大した話じゃないんだけどな。お前の宿題にこれが挟まってたってだけだ」
そう言って教師が黒板に磁石で貼り付けたのは、俺の顔が一面に写った写真だった。
「ああ、それ。失くしたと思ってたら」
「何だか知らないけど、ちゃんと管理しとけよ」
「はーい」
再び去っていく背中を眺め、写真を黒板から外すと、一番近くの奴の机に投げる。
「いきなり捨ててんじゃないわよ!」
「いや、だって要らないから。……プレゼントだよ」
「わーい、やったー……って、騙されるか! 要らないって言い切ったでしょうが!」
「今のノリツッコミは悪くなかったぞ」
「えっ、本当? 良かったぁ」
少し褒めてやると、写真の事も忘れて喜んでしまう。安い女だ。安子だ。嘘だ、可乃だ。
「なんだったんだ? さっきの、写真?」
「ん、俺の顔写真だけど」
「なんでそんなもん撮ってるんだよ……」
帰りのHRが始まるまでの時間、山下と雑談を交わして時間を潰す。まぁ、なんだかんだ言って学校も悪い事ばかりではないかもしれない。
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