4-6 寝起きのキスは歯を磨いてから
従妹とケンカしようが、弟の股間を嗅ごうが、どんな日であろうと平等に陽は落ち、そしてまた昇る。いや、後者の方はやってないよ。物の例え。
「ひろ兄ぃ~~、朝だよぉ~~。起きて~~」
「んぁ、なんら。うわぁっ」
俺の胴体を脚で挟むように抑え込んだ柚木が、肩を揺さぶって起こしてきたのは、まだ陽が昇っているかどうか微妙なくらいの早朝だった。
昨日は俺の部屋ではなく、おそらく友希の部屋で寝たのであろう柚木は、寝ぼけているわけではなく明確にこの部屋まで俺を起こしに来ている。
「まだ朝じゃないよぅ。朝だったとしても、俺は寝るよぉ」
実際、冬の日の昇る時間は、それほど早いわけではない。なんて一般論は、冬休みの俺には通用しない。昨日も一人で夜更かししていた俺は、まだ都合三時間ほどしか眠れていないわけで、つまるところ死ぬほど眠い。
「ダメ、起きるの。起きないとちゅーしちゃうよ」
「ふっ、笑止。そんなもので俺の睡眠を妨げられるものか」
今の俺は、わりと本気でイケメンのキスくらいなら耐えて眠り続ける自信がある。かわいい従妹のキスならば尚更、抵抗する気力すら沸かない。
「言ったね。するよ、本当にしちゃうよっ」
柚木の言葉を受け入れるように、自然と瞼が落ちていく。
「むっ。――スゥッ」
「っ! んだっ、痛っ!」
しかし、落ちかけた意識は、頬に触れた柔らかな感触と、そのすぐ後を追ってきた痛みによって一気に引き戻された。
「えっへっへー、ちゅーしちゃったもんねー」
「いやこれ、ちゅーって言う?」
「ちゅっ、てしたでしょ?」
「ちゅっていうか、ぎゅるるっ、って感じだったんだけど」
頬に唇を押し当てた柚木は、その後で思いっきり吸い上げ、俺の頬を内出血させる、いわゆるキスマークを付けていた。鏡がないので自分で見れてはいないが、まだ残るひりひりとした感触から、おそらくはくっきりと跡が残っているだろう。
「ほら、起きないと反対のほっぺにもちゅーしちゃうよ」
「やめて、わんぱく小僧みたいになるから」
片頬なら頬杖を付いて誤魔化せるが、両頬が赤く腫れるのは困る。仕方ないので、眠い目を擦って起き上がる事にした。
「それで、どうしたんだ? ラジオ体操なら一人で行きなさい」
「冬休みにラジオ体操はないよ。そうじゃなくて、ひろ兄と遊ぼうと思って」
「何をして遊ぶんだ? ナマケモノごっこか? それとも怠け者ごっこか?」
「どっちも同じだよっ!」
流石は柚木。向上心も無くただ怠惰に毎日を過ごすだけのヒトなど、獣と何ら変わりがないと言ってのける。いたく感銘を受けながらも、やはり俺は眠い寝たい。
「私は今日で帰っちゃうから、それまでは一緒に遊んでたいの。寝るのはその後でもいいでしょ?」
「眠気ってのはそんな都合良くコントロールできるものではなくてだな……」
「いいから、遊ぼっ!」
諦める気配のない柚木に、無防備を晒すわけにいかない俺は起き上がるしかない。
「わかったわかった。シャワー浴びて目を覚ましてくるから、待ってなさい」
「大丈夫? お風呂場で寝ない? 一緒にシャワー浴びてあげよっか?」
「大丈夫だから、待ってなさい」
提案は魅力的だが、ここで下手に体力を使うと完全に寝てしまう。一人でさっさと湯を浴びるのが正解だろう。
しかし、柚木はもう機嫌を直したのだろうか?
「夕飯は食べてかないのか?」
「うん、そうだね。一応、学校の準備もあるし、夕方には帰るよ」
有り余る餅を食べながら、柚木の今日の予定について話す。机を挟んで向こうには、俺と同じく柚木に起こされた友希が不機嫌そうに餅を伸ばしている。
「なんで俺まで起こされなきゃなんねぇんだよ」
「そんな事言わないで、みんなで一緒に遊ぼうよ」
「柚木よ、ここは多数決を採用して、みんなで寝るべきではないだろうか」
「ダメっ! 私の独断で、三人で一緒に遊ぶのっ!」
「なんて強固なロジックだ」
理屈で説得できなければ、もう力づくで黙らせるしかない。しかし、俺も友希も柚木を殴れないので、もはや柚木の言う事を聞く他ない。
「遊ぶってのはわかったけど、どっか行くのか?」
「ううん、できればお家で遊びたいな」
「家で?」
「うん、普通にゲームでもして遊ぼうよ」
どこかに行きたいのだろうかとも思っていたのだが、どうやらそういうわけではないらしい。ただ別れを惜しんでいるとか、そういうやつなのだろう。
「よし、じゃあ正月らしく顔に墨で落書きし合おう」
「それって、その前が楽しいんじゃないの?」
「家の中で羽子板はできないから、仕方ない。見てろ、卑猥な落書きしまくってやる」
「やめて、肉便器みたいになっちゃう!」
「普通に肉便器とか言うなよ……」
とりあえず、今日は家で遊ぶ事はほとんど決定したようだ。なら、開き直って目一杯遊ぼう。柚木が家にいるのも、冬休みも今日が最後なのだから。
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