3-4 猫撫で声ってどんな声
「にゃ、にゃぁ!」
猫だった。
自己主張の強い猫耳に、くりくりお目々のかわいらしい童顔。厚手のシャツには国民的人気キャラクターの猫が描かれており、その下にはチェックのスカートと細い脚が続く。
猫耳で猫側に1ポイント、顔で人側に1ポイント、シャツとスカートで1ポイントずつを痛み分けすると、残った鳴き声分で猫に軍配が上がった形になる。
「……猫だな」
つい今さっき、階段を上がってくる足音で目を覚ました俺の頭は、状況をそのまま吐き出すだけの動きしかできていない。にゃぁと返さなかっただけ評価してほしいところだ。
「そう、猫だにゃ! ひろ兄ご主人様の猫だにゃ!」
「出たな、ごった煮二人称」
今の時点で、人語が混ざってしまったので、猫VS人の戦いは完全に五分。猫人とでも呼ぶべき存在に尻尾を付けるだけの度胸が無かった事が悔やまれる。
「なんで猫なんだ」
「な、なんでって言われても、猫だからとしか言いようが無いにゃ!」
「犬だったら喜んで飼ったものを……猫なんて邪道です」
「うっ……そう言えば、そうだった」
ついには完全に猫語のエッセンスが外れてしまった猫人は、いまやただの人、ただの柚木に成り下がっていた。いや、それでは柚木に失礼なので、成り上がっていた。
「それで、どうしてこんなバカな真似をしようとした、柚木」
「うぅ、ひろ兄が厳しい。もしかして、怒ってる?」
「ダメだぞ、柚木。そんなにあざとい事をしてはいけない。それは非常にあざとい」
「えっと……よくわかんないけど、ごめんね、ひろ兄。もう絶対にしないから」
「――絶対に、となると、少し惜しい。非常に惜しいぞ、柚木」
「どうすればいいの!?」
頭を垂れた柚木の頭を撫でると、絶妙に猫耳が邪魔をしてきた。非常に惜しいが、とりあえずのところは外してベッドに投げるとしよう。
「それで、どうして猫の真似なんてあざとい真似をしてたんだ?」
「えっとね、友達から遊園地のおみやげ、っていって猫耳を貰ったの。それで、とも兄に見せたら、頭に付けてひろ兄の前で猫の真似をしてみろって」
「友希め、なんて奴……俺の弟というだけの事はあるな」
事の元凶、いや、元凶は猫耳を渡した友達なので、二番目に悪い奴である友希をとっちめるため、勢い良くベッドから立ち上がる。
「おら、友希、どこだ! 柚木に恐ろしい事を吹き込みやがって!」
階段を勢い良く駆け下りると、予想通り友希はリビングでこたつに入っていた。
「その感じだと、上手くいったのか?」
「何が上手くいくものか! あと少しでとんでもないメス猫が誕生するところだったぞ!」
「誕生って……いや、そういう意味じゃねぇか」
すけべぇな想像をする弟にほとほと呆れながらも、間違いは正さねばならない。
「なんで柚木にあんなにあざとい真似をさせたんだ!」
「なんでって、そりゃあ……」
何かを言いかけ、友希の口が閉じる。後ろからは、柚木がようやく追いついてきていた。
「あれだ、兄貴の嗜好を変えてやろうと思って」
「嗜好? まさか、お前は猫派の回し者か?」
「犬か猫かじゃねぇ。妹の友達が好きだっていう、あれだよ」
俺がいまだ妹の友達と付き合うという意思を曲げていない事は、部屋に飾られたあの書が雄弁に語っている。つまり、弟である友希もそれは十分承知しているわけで。
「なんだ、姉の友達派の回し者だったか」
「そんな派閥は存在しねぇよ。少なくとも、俺は知らねぇ」
「俺も知らねぇ」
「じゃあ言うなや」
たしかに、それもそうだ。しかし、そうかと思ったんだから仕方ない。
「ぶっちゃけ、妹の友達と付き合うとか無理だろ。だから、その代わりに猫耳の女っていう濃い存在が出てきて、それを好きになればいいんじゃねぇかと思ったんだよ」
「随分とぶっ飛んだ発想だな」
「兄貴ほどじゃねぇだろ」
「いやいや、褒めてるんだ」
妹の友達と付き合うのが無理だから、他にもっと好きなものを作ってしまおうという発想は、中々に画期的だ。少なくとも、張本人である俺からは出なかっただろう。
「流石は俺の弟だ」
それに、弟である友希がそこまで俺の事を考えていてくれたという事が嬉しい。片手間に鼻クソほじりながら考えた可能性もあるが、大胆に除外していこう。
「うっとうしい、触んな。犬猫柚木じゃねぇんだから」
「混ぜないで、私を畜生の中に!」
言葉では反発しながらも、こたつに腕まで入った友希は、頭を撫でる手にこれといった抵抗はしてこない。柚木がさらりとキツイ言葉を口にしているのは気にしない。
「手段はどうあれ、ありがとう、二人とも。ひろ兄は決めたよ」
「決めた……って何を?」
こうまでみんなに頭を捻らせておいて、肝心の俺が何もせずに過ごしているわけにはいかない。とりあえず、動いてみるべきだろう。
「俺、ツッキーと結婚してみるよ」
「はぁ?」
「えぇっ!? 結婚って、と言うかツッキーって誰ぇ!?」
今は驚きが強くとも、二人ならばきっと俺の決断を受け入れてくれるだろうと、今はそう思った。
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