3-5 会うの二度目でデートする

「さぁさぁ、デートだデート」

 言葉で気分を奮い立たせてみようとするも、そんな事をせずとも最初から気分は高揚していた。先輩のお姉さん、ツッキーこと万華鏡さんといきなりの二人きりでのデートに不安はあるが、それ以上に期待も大きい。

 ゆえに、寒空の下で待つのを覚悟の上で、待ち合わせ場所である公園とギリギリ呼べるか呼べないかの広場に、予定の時間より三十分も早く辿り着いたのだが。

「あっ、弘人くん。本当に来てくれたんだ」

 どうやらそんな俺よりも更に早く来ていたようで、公園に入るなりすぐにツッキーの声に出迎えられた。

「流石にすっぽかしたりしませんよ、楽しみにしてましたし」

「ありがと、お世辞でも嬉しい」

「お世辞じゃないですけどね」

 俺も一応服や髪に気を遣ってはみたつもりだが、隣にツッキーが並んではそれも霞むどころの話ではないだろう。そう言って過言でないくらいに、今のツッキーの容姿は一種完成してすら見えた。基本的に、俺の矮小な脳ミソで考え得る程度の賛辞では、お世辞になど成り得ないだろう。

「今日は前にも増して綺麗ですね。まるで、かの美の女神アフロディテを模して生み出されたミロのヴィーナスが如き美しさを感じます」

 ほら、見た事か。慣れない事をするもんじゃない。

「やめて、やだ、恥ずかしい」

 下手くそな褒め言葉に、それでもツッキーは頬を真っ赤に染めていた。かわいい人だ。

「弘人くんの方がずっと素敵だよ。今時の女たらしみたいで格好いい」

「本当に? どのくらいたらしてそうですか?」

「常に四人くらい」

「たらしてますねぇ」

 四人もたらせるとなると、それは結構格好いいはずだ。素直に喜んでおこう。

「じゃあ、早速行きましょうか」

 前もって予定を立てる余裕があったため、一応のデートプランは考えてきてある。少しばかり合流が早くなったが、早い分には問題ないだろう。

「うん、行こう」

 ツッキーの賛同も得たところで、いよいよ俺達の一回目のデートが始まろうとしていた。



『そうか、それは良かった……と言うべきなのかな』

 俺が電話で例の作戦、ツッキーと結婚して義妹になった先輩の友達と付き合おう作戦の実行の意思を告げた時の、先輩の第一声はそれだった。

『弘人くんが決めたなら、あまり私が口を出す必要は無いんだろうけど。ただ、これは提案というか、ただの雑談として聞いてくれるといいかな』

 淡々とした先輩の言葉を、あえて拒絶する理由は無かった。

『まず、君自身も言っていたように、弘人くんはまだ結婚できる年齢ではない。それまで待つならともかく、そうでないなら話は大なり小なり思い込みの世界になるわけだ』

 俺としても、正直なところ、ではすぐに婚姻届を役所に提出しましょう、というほどの覚悟はまだ無い。事実婚にしろ思い込みにしろ設定にしろ、当面はそういった方向で話を進めていくつもりだったわけで。

『だから、ひとまずはお姉ちゃんとデートでもしてみるといいんじゃないかな』

 先輩曰く、一度会っただけの相手と結婚したと思い込むのは無理がある。また、本当に作戦を貫くのかどうか決めるためにも、ツッキーとの距離を縮めるべきだ、との事で。


「やっぱり、水族館は落ち着くね」

 ツッキーが好きだという水族館のチケットまで都合してもらい、意気揚々とデートに臨む事となったわけだ。

「魚が好きなんですか?」

「うん、魚もだけど、水槽に囲まれた感じが好き」

 青の光に照らされて表情が今一つ読み取れないが、声は心なしか弾んで聞こえた。

「それに、水族館はいかにもデートっぽい。ロマンティック」

「たしかに、ロマンティックですね」

 水族館という類の場所に来た記憶は、幼少期に一度あるか無いかだ。一度くらいある気がしていたが、つい先日、そのなんとなくな思い出は友希により完全に否定されてしまったので、あれは頭の中だけで作り上げた偽りの記憶だったのだろう。人生初かそれに準ずる水族館は、想像していたものよりも広く幻想的な場所に見える。

「しかし、見事に家族連れとカップルしかいないなぁ」

「私はたまに一人で来たりするけど、やっぱり普通はそうなのかな」

「まぁ、俺も男連中と来ようとは思わないですしね」

 適当に会話を交わしながら、水槽を一つ一つ眺めていく。

「……弘人くん、私、ちゃんとデートできてるかな?」

 ちょうどマンボウの水槽に差し掛かったところで、ツッキーが窺うようにこちらを見た。

「どうなんでしょう、多分、大丈夫だと思いますけど」

「そう? だとしたら、嬉しいけど」

 俺の中でのデートとは、とにかくイチャつきまくり、周囲に嫉妬と羨望を振り撒きながら練り歩くものという印象しかない。その基準に当て嵌めてみると、イチャつき度が少々足りないような気がしないでもないが。

「じゃあ、あれですね、手とか繋いでみますか」

「手っ!?」

 軽い気持ちで提案を口にしたところ、やたらと大袈裟なリアクションと共に大きく距離を取られてしまう。ぐぬぬ、こんな事では俺は傷つかないぞ。

「いや、嫌なら全然大丈夫ですよ。はい、欠片も気にしてませんから、はい」

「そ、そんな、嫌じゃないよ。でも、私の手、冷たいし……」

「気を遣わなくても大丈夫です。わかってますから、わかってますとも」

「本当に嫌じゃないの。弘人くんがいいなら、私は繋ぎたいな」

 拗ねたフリをしてみると、ツッキーは年上の女性の包容力で優しく接してくれた。

「それなら、早速繋ぎましょう」

「う、うん……初めてだから、優しくしてね」

 なんだろう、最近、周囲の女性がみんなあざとい。あざといと思っていても心が揺れ動いてしまう辺り、男というのは哀しい生き物だ。

「じ、じゃあ行きますよ」

「うん……来て」

 青色の照明の下でもわかるほど、顔を赤くしたツッキーに釣られ、こちらまでやたらと恥ずかしくなってくる。こういう時に『小学生かっ』とツッコミを入れてくれる存在が欲しくなるが、実際にいたらデートの邪魔ってレベルじゃないんだろうな。

 ツッキーの左手と俺の左手の間の距離が、互いの努力で少しずつ縮まっていく。触れる直前まで来て、繋ぎ方を決めていなかった事に気付くも、それを考えるよりも先に二人の手は重なっていた。

「……っ」

 絹のような、と表現するのがふさわしい、きめ細やかで柔らかな肌。冷たく、それでいてわずかに人の温もりを感じさせるツッキーの手は、俺の手と手の平を合わせ、互いにしっかりと握り合う。

「……握手だ、これ」

 二人の間に生まれた妙な間の後、俺の呟きと同時に小さくズボンのポケットが震える。

『政治家か』

 取り出した液晶には、絶妙に微妙なツッコミが映っていた。

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