2-8 おみやげとか財布とか

「おかえりー、ひろ兄?」

「ああ、ひろ兄が帰ったぞー」

 玄関に入るなり、すぐに飛んで来た柚木の声に返事をする。

「早かったね、どうだっ……」

 廊下まで飛び出してきた柚木の言葉が、不自然に途切れる。

「……ひろ兄、それは?」

「これ? これはあれだ、おみやげ。友希と半分こしてくれ」

「怖いからっ! 半分こしないでっ!」

 みっともなく足掻くおみやげに、柚木は冷たい視線を向ける。

「私はいらないから、全部とも兄にあげちゃっていいよ」

「そうか、じゃあ友希にあげて、ちょうどいいところで友希の彼女を呼ぼう」

「修羅場だね、修羅場っ!」

「えっ、何、ちょっとっ……」

 柚木と二人で可乃の背をリビングへと押していく。

「友希、これいる? おみやげだけど」

「ん? ああ、兄貴の元カノの、どうも」

 こたつに入っていた友希が、顔だけをこちらに向けて適当に挨拶をする。

「で、どれがおみやげだって?」

「だからこれだって、こいつこいつ」

 可乃を指差して言うと、友希はテレビへと向き直ってしまった。

「いらねぇ」

「いらない、って、弟くんまでひどくない!?」

「残念だったな、可乃。君は買ってきたはいいものの棚で埃を被るだけのおみやげだ」

「そもそも、おみやげじゃないから!」

「なんだ、やっと気付いたのか。相変わらずバカだな」

「最初から気付いてたわ!」

 一通り会話が終わった時点で、可乃はすでに息切れしていた。若いのにスタミナのないやつだ。

「それで、どうして海原さんを連れてきたの?」

「神社でたまたま会って、金を借りたんだよ。財布持ってくの忘れてたから」

 ポケットからおみくじを取り出して、柚木へと渡す。

「ほら、柚木の分。中はまだ見てないから」

「そっか、ありがと。海原さんも、ありがとう」

「私は、別に……どうせお金は弘人に返してもらうし」

 意外にも素直に礼を言う柚木に対し、照れくさいのか、可乃は視線を逸らしてしまった。

「……おおっ、ひろ兄、大吉だよ!」

「えっ、マジで? どうしよう、素直に心から喜べない」

 どうせなら大吉の方を自分のものという事にしておけばよかった、とどこかで思ってしまう俺はきっと心が捻くれているのだろう。

「小吉の俺に見せつけてくれやがって、この、この」

「いふぁい、いふぁい、なんで鼻引っ張るのー」

 ほっぺたを引っ張るのはかわいそうなので、代わりに鼻を引っ張ってやる。鼻の高い美人さんになるがいい。

「まぁ、大切なのは大吉なんて肩書きよりも内容だ」

「そうだね、ひろ兄が言うと説得力があるよ」

「そうだろう、そうだろう」

 よくわからないけど、褒められたので威張っておく。よくわからないけど。

「えっとね、恋愛は……『望み叶わずとも、結果的に吉』? やっぱり、おみくじはよくわかんないなぁ」

「なんだ、恋愛なんか気にしちゃって、このおませさんめ」

「えへへ……って、だからなんで鼻なの!?」

 頭の代わりに鼻を撫でてやるも、反応はあまり良くなかった。

「全然関係ないけど、鼻がデカいと男性器もデカいっていうよね」

「関係ないなら言わなくっていいよね、それ!」

 頬をほんのり赤く染めた柚木に、鼻を撫でる手を払われてしまう。あまり下ネタへの耐性がないのは、変わっていないようだ。

「そ、それなら、女の人の鼻はどうなるのよ!」

 こちらも顔を赤くした可乃の叫びは、触れてはいけない気がしたので無視。

「じゃあ、金取ってくるわ。400円で良かったか」

「私も着いてく。あんたの事だから、ほったらかして寝かねないし」

「どんだけ信用無いんだ」

 部屋へと向かおうとしたところ、可乃がそそくさと後に着いてくる。

「私も! それなら、私も行く!」

「だから、どんだけ信用無いんだって」

 更に、柚木が可乃を追い越して俺の腕を掴んできた事に関しては、もはや何と言っていいのかわからない。

「……友希は来ないのか?」

「なんで行くんだよ」

「だよなぁ……」

 常識人の弟の反応が冷たく感じてしまうあたり、多数派は強い。

「ほら、入れ。変なとこ漁るなよ」

「漁らないわよ、私だって変なもの見つけたくないし」

 言葉通り行儀良く立つ可乃と対称的に、柚木はすぐにベッドに飛び乗った。まぁ、柚木なら大丈夫だろう。

「っと、400円……は、無いな。可乃、100円あるか?」

「多分あると思うけど。ん……10円5枚と50円でいい?」

 互いに小銭が噛み合わず、無駄に細かい額でのやりとりになる。

「ほら、500円」

「はい、100円」

 先に500円玉を渡し、差し引き100円を可乃から受け取る。枚数が多いためか、握るようにして小銭を渡してきた可乃は、そのまま手を離そうとしない。

「なんだ、そんなに手が寒いなら手袋でもすればいいのに」

「ち、違うから! 別にあんたと手を繋いでたかったわけじゃないから!」

 非常に噛み合わない返答と共に、慌てたように離れていく。

「お前はあれだな、無理矢理ツンデレちゃんだな」

「ツンデレちゃうわ! どこにもツンが無いでしょうが!」

「そっちかよ」

 とにもかくにも金を渡し終えたので、もう俺の部屋にいる理由はない。

「ほら、もう出るぞ。柚木も、寝てないで」

「……んー、はーい」

 ベッドに寝転がっていた柚木は、名残惜しそうに枕を手放して起き上がる。

「そう言えば、ベッドに枕二つあるけど、もしかして……?」

「なんだ、俺と友希が一緒に寝てるとでも思ったか?」

「えっ!? そ、そうなの!?」

「んなわけあるか、気持ち悪い」

 興奮を露わにする可乃を、一言で切り捨てる。どうしてこう、女というやつは。

「そっちの大きいのがひろ兄の枕で、ピンクのが私の枕だよ」

「や、やっぱり……このケダモノ!」

「枕が大きいだけで獣扱いは流石にひどいと思わないか」

 柚木が自慢気に言った言葉を受けて、可乃は目を見開いた後こちらを睨んできた。

「年下に手を出すなんて最低よ! 同級生にしなさい!」

「妹の友達と付き合うと言っている俺に、無理難題を言うもんだ」

 そもそも、手は出してない。一緒に寝ただけで手を出した事になるなら、俺は一流のクマのぬいぐるみf○ckerだ。しかし、やはり部屋にいると余計なものが見つかると再確認できたので、俺から率先して廊下に出る。

「いや、待ちなさいよ。妹の友達って言っても、年下とは限らないんじゃないの?」

「どういう事だ?」

「妹って言っても、年子の場合もあるし、普通に年下の妹だとしても、その妹に自分より年上の友達がいてもおかしくないじゃない」

 まぁ、そもそもあんたに妹なんかいないけど、と余計な一言が地味に痛いが、言っている事は可乃にしては珍しくまともだった。

「……んー、それはまぁ、そうだが……でも、逆にいいのか?」

 想像していなかったパターンを持ち出されて、判断に困る。同い年、もしくは年上辺りにお兄さんと呼ばれるのもアリな気がしないでもない。

「友希、年上の妹の友達についてどう思う?」

「拗らせてんな、と思う」

 戻ってきたリビング、俺達が出て行った時からほとんど動かずにテレビを見ていた友希に意見を求めると、ひどく的確な言葉が返ってきた。ひどい。

「まぁ、その件は置いておいて。金も返したし、可乃はそろそろ帰れ」

「そんなにすぐ帰そうとしなくてもいいじゃない。……せっかく着物着てきたのに」

「ひろ兄、流石にひどいと思うな」

 そろそろ昼になるし、と何気なく告げた言葉に、しかし可乃は意外なほど落ち込んでしまった。その上、柚木にまで責められると、まるで俺が悪かったような気になる。

「そう拗ねるなって。お前と俺は元々その程度の関係だろ」

「それ、慰めになってないから! もう少し気の利いた言葉無いの!?」

「気の利いた? ……月が綺麗ですね」

「関係無い! そもそも昼!」

「いや、着物の柄」

 黒を基調にした着物の胸元を指さすと、可乃がそこに描かれた月柄へと目を移す。

「……そうだけど! でも今言う事じゃないでしょ!」

 少しだけ悩みはしたものの、やはりごまかすまでは至らなかったらしく、可乃は依然として顔を赤くしてまでこちらを睨みつけてくる。

「じゃあなんて言えばいいんだ、えぇ?」

 俺も万策尽きたので、真っ向から睨み返してやる事にした。

「『財布も持ったし、せっかくだからデートでもしようか』くらい言いなさいよ!」

「その財布ってのは、お前の事か? それならいいけど」

「えっ、いいの?」

「えっ?」

 冗談のはずだった言葉を受け入れられてしまい、俺の方が間の抜けた声を漏らす。

「それなら、早く行かなきゃ。お正月なんて、どこも混んでるんだから」

 抵抗しないでいると、腕を引っ張られてそのまま玄関へと連れて行かれる。

「……くっ、さっき庇っただけに口を出せない」

 柚木が悔しそうにこちらを見るも、どうやら俺達を止める気はないらしい。友希においては言わずもがなで、スマホなんかを弄っている始末。

 可乃と出かける事自体は嫌というわけではないものの、先程外の寒さを知っているだけに、二人のいる暖かい部屋を後にするのが少し名残惜しかった。

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