2-9 寿司は回る、されど食はさほど進まず
「あんたの理想のデートって、どんな感じなの?」
「そうだな……一周回って、テニスとかしたいかもしれない」
乙女チックな話題に、ベタなデートスポットがいくつか頭に浮かんだが、それらをあえて却下してスポーツの方に走ってみる。きっと、こんな感じの方が健康的でいい。別にテニス経験ないけど。
「着物じゃできないじゃない!」
「……お、おう、そうだな」
幾分強めの発声は、おそらくツッコミだと思われるが、こちらはボケていないので反応に困る。もしかしてあれか、そういうボケか。
「着物ならそうだな、温泉旅館とかにでも行けばいいんじゃないか?」
「温泉旅館……も、もう、エッチ」
今度はボケはボケでも色ボケしているようだが、下手な事を言うと話が拗れるのでこの場は流す。
「まぁ、相手次第でもあるだろうから、ここで考えてもしょうがない面もあるな」
「じゃ、じゃあ、私相手なら?」
「金が無いお前相手だと、このくらいで妥協するしかないらしい」
左側で回っている皿を取り、手掴みで寿司を口に運ぶ。
「仕方ないじゃない、私だってもう少しお金入ってると思ってたんだもん」
自分から財布宣言しておいて、肝心の可乃の財布には一万円どころか五千円札すら入っていなかった。すっかり寿司を奢らせるつもりだった俺は、仕方なく回らない寿司から回る寿司にランクを落としたというわけだ。
「まぁ、若い内から美味いものばっかり食べてるとそれに慣れちまうから、たまには回転寿司なんかに来てみるのもいいんじゃないか?」
「あんたって、たまに知ったような事言うわよね」
「そう言われると聞こえが良くないな」
知ったような、とは実際は知らないという事だ。要するに、知ったかぶりをしているように見えるというのに近い。
「多分、先輩の影響だろうけど、もう少し上手くやらないと駄目か」
「先輩って、月代先輩?」
「そう、月代先輩」
あの人に出会った当初は、とにかく手の平の上で転がされた。一度など、本気で自分が実は女なのだと思い込み、女子更衣室に入りかけた事もあったくらいだ。
「ねぇ、デート中に他の女の名前出すのって、最低だと思わない?」
「名前出したのはお前じゃん」
「うっ……じゃあ、他の女の事考えるのが最低!」
「思想の自由に踏み込んで来るか。大体、デートっていってもそんな大層なもんじゃないだろうに」
デートという言葉の意味を正確に知っているわけでもないが、少なくとも俺と可乃は付き合っているわけではない。つまり、この場合可乃は、食事をする相手がたまたま異性だったというだけの事をデートと呼んでいるに過ぎない。
「まぁ、いいわ。私は心が広いから、今回は許してあげる」
「お前なんかに許してもらわなくても、こっちには憲法が付いてるから平気だ」
「拳法? 格闘技なんかやってたの? ……はっ、もしかして、私を殴る気!?」
腕を顔の前に構えて身体を揺らす可乃が、何をどう勘違いしたのかは大体わかる。言論と思想の自由の話は、少しばかり難しすぎたようだ。
「すいません、お会計いいですか?」
「ちょっ、変なタイミングで! 私が変なやつだと思われるじゃない!」
「大丈夫だ、多分馬鹿だと思われるだけですむ」
「同じだから!」
実際のところ、軽く構えをとっていた事などより、無駄に声を張り上げている事の方が普通に目立つ。奇声を上げる可乃を見て、呼び止めた店員が声を掛けるタイミングに困っていた。
「……えっと、お会計ですか?」
「はい、お願いします」
「1、2、3……16枚で、1600円になります」
税込みで100円のランチタイムは、小銭がわかりやすくて助かる。可乃が六枚しか食べなかったため、純粋に料金としても財布に優しい事になっていた。
「よし。行くぞ、可乃」
店員から料金表みたいなものを受け取り、レジにまで歩く。小銭を整理するのが面倒なので、千円札二枚で会計を済ませ、釣りを受け取って外に出る。
「ん、あれ? 私に奢らせるんじゃなかったの?」
会計が終わり、外に出たところで、やっと気付いたように可乃は首を傾げた。
「勘違いするな、別に俺が奢ったわけじゃない。ただ、店員の前で女に金を出させるってのはプライドが許さなかっただけだ」
「割りと本気で、あんたって最低よね。……本当、私も付いてないわ」
ぶつくさといいながらも、それでも金を出してくれる素直さは、きっと社会に出た時に可乃を苦しめるだろう。優しい誰かに守ってもらえるといいね。
「取るなら早く取りなさいよ。この守銭奴、甲斐性無し」
「いや、俺も鬼ではない。ここは特別に割り勘にしておいてやろう」
可乃の手から千円札だけを受け取ると、代わりに200円をそこに置く。
「いいの?」
「気にするな、そもそも、良く考えれば奢られる理由もないしな」
「あっそ、ありがと」
最初に全額奢らせると言っておいたおかげで、割り勘にしただけで礼を言われるというおかしな事になった。しかも、食べた額は俺の方が多いため、可乃は実質的には俺の分の金を払っておきながら礼を言っている事になる。まったく、こんな笑える話はない。
「ね、ねぇ、まだ帰らないでしょ? どこか行きたいとことかない?」
心なしか頬を赤らめ、次のプランを問うてくる可乃を見て、なぜか知らないが一瞬だけ自分が本当に最低な男であるかのような錯覚に襲われた。
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