2-4 送り狼にはならない
「げっ……そっちも今かよ」
「なんだ、鶏肉だと思って食ってた肉が実はササミだった時みたいな顔して」
「ササミは鶏肉だろうが」
日が落ちてくるまで俺の夢についての話や他愛もない雑談に華を咲かせた後、先輩と可乃の帰りを見送るべく部屋を出ると、ほぼ同時に友希とその彼女も廊下に姿を現した。
「どうも、弟くんに彼女さんも。今帰るところかな?」
「はい、お兄さんと……お兄さんの彼女さんたちも?」
「「彼女じゃない!」」
弟の彼女の勘違いを、柚木と可乃が即座に否定する。
「そういうわけで、優子ちゃんには早く友希と結婚してほしいね」
「はは……それは、ぼちぼちってところですね」
友希の視線が厳しいので、これ以上は踏み込めない。
どちらにしろ、友希の年齢からしても、今から交渉する事の意味は薄い。二人が結婚できる年齢になる時まで俺が夢を叶える事も諦める事もなく、なおかつ友希が今の彼女と付き合っていたらその時に考えよう。
「じゃあ、また明日な」
「うん、また明日ね」
玄関に着き、友希と彼女が別れのやり取りを交わす。
「なんだ、送ってかないのか」
「別にいいだろ、外さみぃし」
「まぁ、それもそうか」
今となっては、弟と彼女がどのように付き合っていこうと大した興味はない。友希を背に、玄関から外に出る。
「兄貴はどっか行くのか?」
「いや、俺は送って行こうかな、と」
「優子に余計な事言うなよ」
「別に優子ちゃんを送ってくわけじゃないし」
「……まぁ、それならいいか」
少し悩んだ後、結局友希は部屋に戻っていった。それを見送り、弟の彼女も一礼して玄関から出ていく。
「じゃあ、行きましょうか、先輩」
「ん、私を送ってくれるのかい?」
声をかけると、先輩は意外そうな顔をこちらに向けた。
「他に誰がいるんですか」
「私がいるでしょ!」
すぐ隣から、距離感を考えない大声。うるさい。
「いや、俺、可乃の家知らないし」
「別に知らなくっても、着いてくればいいでしょ」
「そんな手探りで行くくらいなら、わかってる先輩の家まで行く方がいいわ」
「う……じゃあ、家の場所知ってたら私を送ってくれるわけ?」
「えっ、嫌だけど」
「結局そうなるんじゃない!」
可乃がまたしても喚き散らしてしまう。一体何が気に入らないのか。
「じゃあ、私はとも兄と遊んでるね。ばいばい、月代さん」
「うん、また今度、柚木ちゃん」
話が一段落ついたところで、柚木が小さく手を振りながら別れの挨拶を口にした。人懐っこい柚木はこの短時間で月代先輩との距離を縮めており、先輩も柚木を気に入ってくれたようだ。
「私ももう帰るんだけど?」
「そっ、じゃね」
「やっぱり、なんか嫌われてる……」
一方、可乃と柚木の関係は、むしろ初対面より悪化したようにすら見える。それも、どうも柚木の方が可乃をあまり良く思っていないらしい。
「まぁ、そろそろ行きましょうか」
「そうだね、いつまでもこうしていても仕方ない」
「あっ、ちょっと、待ってってば」
玄関の扉を開け、先輩と並んで外に出る。やや遅れて、可乃が後ろからついてきた。
「なんだ、お前もこっちなのか」
「何よ、悪いの?」
「悪いか悪くないかで言えば、万引きより少し悪いくらいだな」
「それは言い過ぎでしょ!」
明確に悪いと答えてやったにも関わらず、可乃は離れていこうとはしない。
「二人は仲がいいね。いつもそんな感じなのかな?」
笑みと共に先輩の口にした問いに、可乃が顔を歪める。
「仲良くなんかないです。普段はこいつとなんか話さないし」
「たしかに。まぁ、話す時は大体こんなもんですね」
「そっか、なるほどね」
俺と可乃の返事を聞き、先輩は小さく一度だけ頷いた。
「そう言えば、先輩と可乃は前から知り合いだったんですか?」
どうせ三人で歩くなら、と、二人にお互いの面識を聞いてみる。
「いや、特にそういう事はなかったかな」
「私は名前くらいは聞いた事あったけど、たしかに直接会ったりはなかったわね」
「まぁ、先輩は有名だしな」
高校内に限れば、月代花火の名を出してこれまで通じなかった相手はいない。それでいて、なぜそうなのかがわからないところが、月代先輩の不思議なところだ。生徒会長などの役職についているわけでもなければ、皆の前で表彰されたわけでもないはずだが。
「先輩こそ、弘人と仲いいですよね。写真部なんてろくに活動してないって聞いたけど」
「写真部としては、ね。雑談部としてはそこそこ活気もあるよ」
「そうみたいですね。こいつのバカにも慣れてるみたいですし」
「お前のバカには慣れてなさそうだけどな」
「うっさい、バカ」
先輩の頭越しに、可乃とバカを投げ合う。
「……ん、じゃあ、私はここで」
ほどなくして辿り着いた比較的新しめのマンションの前で、先輩が足を止める。
「はい、また新学期、ですかね」
「そうだね、少なくとも始業式には行くから、その時に会うかな」
三年生である月代先輩は、三学期はほとんど登校する必要がない。すでに推薦で進学先は決まっているらしく、気分が乗れば出てくるつもりらしいが、必要もないのに頻繁に学校に顔を出すとも思えない。
「ここに住んでたんですか。本当に近いんですね」
「そうだね、柊くんと同じように、家から近い高校を選んだから」
可乃の問いに簡単に答えると、先輩は踵を返して遠ざかっていった。いつまでも背中を見ている必要もないので、俺も体の向きを変える。
「そっちじゃないわよ、こっちこっち」
「何言ってんだ、俺の家はこっちで合ってる。合ってる、よな?」
首を傾げてみせると、呆れたように溜息を返される。
「そりゃそうだけど、そうじゃなくて。どうせだから私も送ってけって事」
「どうも、人にモノを頼む態度じゃないな」
「あんたに頭を下げるくらいなら、偏差値を2下げた方がマシよ」
「みみっちいな。へその位置を3ミリ下げるくらい言えや」
「あんた、偏差値の2がどれだけ大きいかわかってないでしょ?」
なぜか得意げに言う可乃に、これ以上この話題を続けるのは不毛だと判断。何も言わずに去ろうと決断。今年の我が家のおせちは三段。
「……yeah,yo,yeah」
「ぶつぶつ言ってないで、いいから来なさい」
しかし三歩進んだところで、背後から腕を掴まれてしまった。
「人のリリックの邪魔をするとは。夜道には気を付けるんだな」
「だから、着いて来てって言ってるんでしょうが」
どうも理解に乏しい可乃に、もう期待はしないと何度目かの決意を固める。
「別にそんなに遠くまで行こうってんじゃないし。そこの駅まででいいわよ」
「駅? なんだ、電車通学だったのか」
「そう、流石に電車に乗れとまでは言わないから。ねっ」
そらそうだ、と思いながら見上げてくる可乃の視線を受け止める。
「そもそも、お前は送ってもらいたいのか?」
「それは……あんたが私をわざわざ送るって事に意味があるのよ」
「つまり、俺を無駄に歩かせたいと」
「そうとも言うわね」
「帰るわ」
やたらと偉そうな態度に腹が立った、というわけでもないが、踵を軸に半回転。
「待って、待ってってば! 冗談だから! ……その、本当は弘人と話したいの」
「……デレるの早くね?」
「え? なに、なんか言った?」
「いや、なにも」
少しだけしおらしくなった可乃に心が揺らぐが、今の俺に妹の友達でないこいつと付き合うつもりはこれっぽっちもない。妥協は許されぬゆえ。
「まぁ、駅までくらいなら別にいいか」
「本当!? よし、じゃあ早く行きましょっ!」
「急げば急ぐだけ話せなくなるけどな」
浮足立って、という表現がそのまま当てはまるような早足で駅へと向かう可乃に、聞こえない程度に呟いて後を追う。
可乃と話すのはやたらと疲れる。ただ、それも駅までの少しの間ならば別に構わないだろうと、今はなんとなくそう思った。
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