2-3 そもそも妹の友達とは何なのか
「……ちっ、最近の若者は冷めてやがる。地球は温暖化する一方だというのに」
結果から言うと、弟と優子ちゃんを結婚させ、義理の妹となった優子ちゃんの友達と付き合うという、名付けて『義妹の友達と付き合う作戦』はキーマンである弟により却下された。
友希曰く、そもそもまだ結婚できる年齢に達していないとの事で、それはたしかにその通りなのだが、仮にそうでなくても、あの様子だと二人は結婚を前提にという感じではなさそうだった。若者の性の乱れは恐ろしい。
「おかえり、柊くん。それに、椎名さんと海原さんも」
後を追ってきていた柚木と可乃は、やはり何か勘違いしていたようで、俺が友希に説き伏せられると同時に事態を理解したのか大人しくなっていた。
「あっ、漁らないでって言ったじゃないですか!」
そして、一人俺の部屋に残っていた月代先輩は、見てはいけないものを平然と手に取り目を通してしまっていた。
「ああ、ごめんね。あんまりって言ってたから、少しはいいのかと思って」
「あんまりの範囲から逸脱してますから! と言うか、いつまで読んでるんですか!」
「あっ……いいところだったのに」
先輩の手から、一冊の漫画をひったくる。漫画と言っても、エロ漫画、それも部活の先輩モノのそれをよりにもよって月代先輩に見られるとは、非常に恥ずかしい。
「うわわっ……ひろ兄、本当にえっちな漫画持ってたんだ。しかも、これなんか従妹の女の子だし……」
「こらこら、子供がこんなの読んじゃダメだぞ。お兄ちゃんに返しなさい」
更に、いまだ先輩の回りに積み上げられた漫画の内一冊の中身までを柚木に見られてしまった。これも相手の悪い事に、従妹とあんなことやこんなことをする奴を。
「ちょっと、猫派と犬派で別れた元カノが出てくるのはないの!?」
「あーっ、崩すな崩すなっ。探してもそんなピンポイントなのはないから」
可乃が崩したエロ漫画の山を抱え、まとめて机の二番目の引き出しに戻す。友希のさっきの余計な一言が、先輩にブラックボックスへの興味を抱かせてしまったのだろうか。
「まったく、ダメじゃないですか先輩。男の子の部屋は目に見えるところ以外全部見ちゃいけない感じになってるんです。彼氏の携帯から大量にハートの付いた赤ちゃん言葉の気持ち悪いメールが出てきたらどうします? もしくはクローゼットを開けて裸の女が出てきたりしたら? もう一巻の終わりですよ」
「えぇ……それはもう、見つけなくてもどうしようもないんじゃないかなぁ」
「なるほど、たしかにそうだね。今度からは家探しする時は心中する覚悟でやる事にしよう」
「怖いよ! なんでそっちに走っちゃうの!?」
俺と先輩の会話に、逐一柚木がツッコミを入れてくれる。流石は俺の従妹だ。
「……へぇ、これが弘人の言ってた書ってやつ?」
そんな中、可乃が俺直筆の『妹の友達と付き合う!』の書を発見する。
「お、見つけたな。どうだ、上手く書けてるだろう」
「まぁ、結構上手いけど……」
可乃がなんとも言えない表情で書と俺を見比べる。
「本気で言ってるの、これ? あんた妹いないんでしょ?」
「ああ、弟もまだ黄金の玉と真珠入りの棒を手放す気はないみたいだな」
「片方はただの金玉じゃない」
はしたないツッコミを平然と口にし、可乃は話を続けていく。
「じゃあ、相手は? ……誰か好きな相手がいる、とか?」
「いないに決まってんだろ。いたらわざわざ『妹の友達』なんて書かんわ、バカ」
「そう、ならよかった……」
バカと言われて、なぜだかバカは喜んでいる。やはりバカの考える事はわからない。
「少し違うかもしれないけど、恋に恋している、みたいな事なのかな」
「そう言われると、そうなんですかね? 自分ではよくわかりませんけど」
「とにかく、妹の友達と付き合いたいと」
「そうですね、それはたしかです」
夜明け前から比べると少し落ち着いてきてはいるものの、妹の友達と付き合いたいという気持ちはいまだ変わる事なく俺の中にある。そうでなければ、弟とその彼女に頭など下げるものか。
「なるほど、それはなかなか面白いね」
「笑わないんですか?」
「後輩の夢を笑うほど、私は落ちぶれたつもりはないよ」
「せ、先輩っ!」
感動して抱きつくと、先輩は頭を優しく撫でてくれる。
「……さっきはめちゃくちゃ笑ってたよね?」
誰かが何か呟いているが、気にしたら負けだ。
「しかし、現実的な話、妹がいないのに妹の友達を彼女にするというのは少し難しいんじゃないかな」
「難しいっていうか、無理でしょ。おとなしく諦めなさいよ」
「無理じゃないもん、諦めないもん」
「気持ち悪いから、その喋り方やめて」
可乃は一貫して冷たい。先輩に慰めてもらおうと頭を差し出すも、なぜか今度は無視されてしまった。自分ではそんなに気持ち悪くはない、むしろかわいいと思うのだが。
「いくら難しくっても、こればかりは譲れない。やれる限りやってみるさ」
「でも、とも兄も彼女と結婚してくれないみたいだし、もう手詰まりじゃない?」
「うっ……それは」
痛いところを突かれてしまう。だが、それは最初からわかっていた事だ。
「今は思いつかなくても、何か手があるはずだ。みんなもいっしょに考えてほしい」
軽く頭を下げ、それぞれの顔を見回す。
「こうなったら、私はひろ兄が満足するまで付き合うよ」
「話を聞いた以上、私も元からそのつもりだったよ」
「いやよ、バカバカしい」
二人からは肯定、一人からは否定の声が帰ってきた。
「よし、じゃあ可乃は帰れ。それで、まずはやっぱり妹を……」
「自然に話し始めんじゃないわよ!」
「なんだ、可乃。まだいたのか」
「当たり前でしょうが!」
噛みついてくる可乃に、自然と溜息が漏れる。とかくこいつはめんどくさい。
「俺の部屋で俺がしたい話をするのに、何の文句があるんだ。嫌なら出て行きなさい」
「……っ、だって、あんた、万に一つもないだろうけど、その話が上手くいったら妹の友達とやらと付き合うつもりなんでしょ? そんなの……っ」
「海原さん、ちょっと」
「なんですか、先輩。あなただって……」
「いいから、ね」
言葉に詰まった可乃に、月代先輩が何か耳打ちをする。
「さっきの友希と柚木みたいだな」
「うん、たぶん話してるのも同じような事なんだと思うよ」
柚木は何か複雑そうな表情のまま、小声でやりとりする二人を見つめていた。
「……仕方ないから、私も協力してあげる事にするわ。感謝しなさいよ」
やがて、話が終わったと思いきや、可乃はあっさりと前言を撤回した。
「いや、むしろ俺としては帰ってくれた方が嬉しかったんだけど」
「感謝しなさいよ!」
「ひどい親切の押し売りだ」
こう言っては何だが、可乃は相当なポンコツだ。邪魔になる事こそあれど、助けになるとは到底思えないのだが。
「まぁ、いいじゃないか。頭数があって困る事はないだろう」
「先輩はこいつの事を知らないからそんな事が言えるんです」
「そもそも、帰りたいって言ってたのを無理に引き止める事ないよっ」
「なら、邪魔だと思ったら帰ってもらうという事にしようか」
「なんか私の扱いずっとひどくない!?」
俺と柚木の反対も虚しく、可乃はとりあえずこの場に残る事になってしまった。先輩は頭のおかしい奴を気に入る傾向があるので、可乃の事も気に入ってしまったのかもしれない。
「じゃあ、話を戻すけど、今のところ両親に新しく妹を生んでもらう作戦と、弟を適当な女とくっつけて義妹を作る作戦は失敗に終わった。だから、それ以外で俺が妹を作る作戦を考えてもらいたい」
仕方ないので、可乃を含めた四人で話を再開する。可乃も無意味に奇声を上げるタイプの頭のおかしさではないので、なんだかんだでそれほど邪魔にはならないだろう。
「思ったんだけど、絶対に妹の友達じゃなきゃ駄目なの?」
しかし、可乃はいきなり事の前提を覆すような発言を口にした。
「やっぱり、お前は帰れ」
「ちょっ、いや、そうじゃなくて! 弟の結婚相手は義理の妹で、義理の妹は漢字で書くと『義妹』じゃない? でも、ここには『妹の友達と付き合う!』って書いてあるし、なのに『義妹の友達と付き合う』のは目的を達成した事になるのかどうかって……」
「えっ? 妹がどうで、義妹の友達がなんだって?」
「だからぁっ! ああ、もう、説明しづらいっ!」
なんだか非常に複雑な話に首を捻る。義理の妹と妹の違いについて話そうとしているのはなんとなくわかるが、そもそもの本人が自信無さげなそれを理解するのは難しい。
「要するに、どこまでを柊くんのいう『妹の友達』と考えていいのか、とそういう事じゃないかな?」
「そう、それです!」
月代先輩のフォローに、可乃が大きく頷いた。
「ああ、それなら……」
返そうとした言葉が、途中で詰まる。
考えてみれば、情熱が先行してその辺りをしっかりと考えてみた事はなかった。
「実の妹の友達は、まず当たり前だろ? で、義理の妹もOKで、後は……従妹、柚木の友達はギリギリOUT、ってくらい?」
妹の友達、という括りにそれほど類型があるとも思えない。今のところ思いつくケースはそのくらいだろうか。
「つまり、どうにかして『妹の友達』と解釈できなければダメ、と?」
「そう、なんですかね? まぁ、場合による気もしますし、判断に迷うような時はすぐに俺に聞いて下さい」
「そんな事ほとんどなさそうだけど」
俺もそう思うが、だからこそ少ないチャンスを逃すわけにはいかない。
「思ったんだけど、弟の、とも兄の友達じゃダメなの?」
「ああ、それはダメだな」
早速投げられた問いには、迷いなく首を横に振る。
「なんで? 妹も弟も同じ、とは言わないけど、その友達ならいいんじゃない?」
「弟の友達、ならあんまり感じないかもしれないけど、弟の女友達、って言うとどうだ? 英語にするとガールフレンドだぞ。あぁ、やだっ! なんかやだっ!」
なんだかもやもやした感情を頭に乗せ、壁に叩きつける。
『んだよ、まだ何かあんのか?』
結果的に発生した壁から隣の部屋への衝撃に対し、友希から苦情が入る。
「用がないからこうなってるんだ」
『はぁ……そうかよ』
壁越しの会話は、溜息を最後に終わった。
「なら、弟くんの男友達ならどうかな? 男同士なら英語でもただのフレンドだろう」
「男じゃあ彼女とは呼ばないでしょう」
「これには付き合う、とは書いてあるけど、彼女、とは書いてないじゃないか」
「う、それはそうですけど……」
なぜか少しずつ近づいてくる先輩からの圧力に、思わずのけぞってしまう。
「とにかく、ダメなものはダメです! 妹の友達だったとしても、男は論外ですし」
「なんだ、残念」
先輩は本気で残念そうに目を伏せると、ゆっくり体を戻していった。
「一応言っておくと、妹の友達って条件を満たしてるだけじゃダメなんで。ちゃんとかわいくってスタイルも良くて性格も悪くない妹の友達と付き合うのが俺の夢なわけで」
「あんた、何様のつもりなわけ?」
「ふむ、なかなかに贅沢な夢だね」
「ひろ兄……」
一応の確認のためだけに口にした言葉に対し、何故か三人から妙な視線を向けられている気がする。
やはり、人に俺のこの夢を伝えるのは中々簡単ではないらしい。改めて自分の夢を叶える困難さを思い知り、同時にそれに負けない強い決意を胸の中で固めた。
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