第39話 疑惑

「転送術を覚えました」


「えっ、なんだって、ミツキ」


「転送術をおぼえたんだよ、あたし」


 朝から俺の部屋に飛び込んできたミツキは、嬉しそうに報告しにきたのだった。


「す、すごいじゃん、おいっ」

 ミツキと俺は、ハイタッチをした。

「いえーーーーぃっ!」


「お前、そんなの練習してたのかよ」

「してないけどお父様に教わったら、たまたま出来たから」


 さらりと言うがそんなに簡単なもんじゃないような気がする。

 そういえば前にクダンに聞いた事があるが、物理攻撃を防ぐ結界を張るのはかなり難しいようなのだ。ミツキは、以前、俺達が影に襲われた時、当たり前のようにそれが出来ていた。

 小村丸とキリハの娘であるミツキが高い霊力を受け継いでいても不思議ではないのかも知れないな。


 俺とミツキは、小村丸先生の座敷に向かった。俺が、小村丸先生のことを小村丸とか小村丸先生とか思うのは、その時の気分によるものだ。大抵は、小村丸のおっさんみたいに思っているが、今は先生だ、小村丸先生だ、頼み事があるからだ。


「先生、ネネのことなんですが彼女は、占い師なんですよ。それでなんとか生活できるようにさせてやりたいんですが」

 俺は、小村丸先生に相談として切り出したのだが、筋違いもいいところだということは承知の上だ。


「ふむ、イオリ殿は、ネネさんに何か商売を世話したいということですね」

 小村丸先生は、何やら考えている様子だ。


「何かお知り合いの方がいらっしゃるのなら紹介いただきたいのです、お父様」

 ミツキも畏まって先生に頼み込んだ。


「いや、当てはあるのですよ、ただ……。ネネさんは、しばらく目の届くところに置いておいた方がいいような気がするのです」

 言葉を濁したような小村丸先生の言い方は、なにか違和感を覚えさせる。


「わかりました。またあらためて相談します」

 俺は、早々に話を切り上げたのだがミツキは、不満そうにしてペンダントをいじっていた。


 小村丸先生は、どうやらネネの事を疑っているようだ、あれは俺へのメッセージに違いない、はっきりするまでミツキには知られたくないんだろうな。


 俺は、街の案内も兼ねてネネを昼飯に誘う事にした。いいですね、と快諾したネネを連れて裏口から出ようとするとミツキに先回りされていた。

 内緒で出かけるつもりだった俺の計画は、失敗したようだ。

 裏口の戸を開けたところにミツキが仁王立ちをしていた。


「おいっ、若僧っ、あたしを置いてどこに行くつもりだ」

 ミツキは、怒っていた。

 随分、言葉遣いが悪いな、若僧って……


「いや、昼飯を食べてからネネに街の案内をしようかと思ってさ」

 俺は、嘘を言ってないよね。


「ふ、ふたりで出掛けるなんて、デデデ、デ、デートにま、間違われるんだからね」

 落ち着けミツキ!


「だったら俺は、ミツキと何回もデートをした事になるけどな」


「な、ななな、何言ってるのっ、あ、あれは任務だから、その……」

 ミツキの声は、だんだん小さくなり、真っ赤になって俯いてしまった。


 くすくすとネネが笑い出した。


「イオリ様、ミツキさんをからかうのはやめて下さい、一緒に行った方が私は楽しいと思いますよ」

 ネネは、俺とミツキをみて嬉しそうに言った。


 しょうがないな、今日のところは諦めるとするか。


「ミツキ、お前の霊力で美味しそうな定食屋を探してくれるか」


「うん、任せてよ」

 ミツキは、嬉しそうに答えたのだった。


 俺たちは、繁華街を歩いてミツキの勧めた定食屋に入った。確かに美味しい店でネネもミツキの嗅覚に感心していた。


 3人で水路沿いの道を歩いていると一件の道場があった。中から剣を打ち込む掛け声が聞こえてくる。


「へえ、こんなところに道場があったんだ」


「イオリっ、ここ無限流の道場だよ」

 ミツキが、道場の看板を見て叫んだ。


 "無限流"

 霊力研鑽会、氷堂の流派だ。無限流は、実戦的な剣術を旨とし稽古中の門下生に度々、死人が出る事でも有名だ。


「氷堂の事が、何かわかるかも知れないね、イオリ」

 ミツキは、ワクワクした顔を俺に向けた。なんかろくでもない事にしかならないようなイメージしかないんだがな俺としては……


「私も監禁されていた身ですから気にはなります、同じような目に遭っている人もいるのでしょうから」

 ネネも後押しをしてきた。


 意見は、一致したようだ! 俺以外のね。


 ミツキは、門の前に立つと声を振り絞った。


「たのもーーーーっ」

 昼飯を食べたミツキの元気な声が高らかに響いたのだった。

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