第6話 崩壊

 レイドの町の近くには、最近妖魔つきが、頻繁に出る様になったそうだ。わかっているだけでも3体の獣が、いると報告されている。


 俺たちは、その獣の退治ではなく結界の張り直しを先生から依頼されたのだ。


 ミツキは、先生からサインをもらい上機嫌で歩いていた。途中にあった商店で、蜂蜜を買ってやったせいもあるかも知れない。


「ミツキ、あまり先に行くんじゃないよ。この辺りはもう結界の効果もあやしいんだから。」

 俺は、ミツキに諭すように言った。


「そうでござる。慎重に行くでござるよ。」と同じくミツキに諭すように言ったのは、先生のところの門下であるヨシツネという大男だった。


 むしろベンケイと呼ぶ方が、しっくり来るのだが。


 小村丸先生は、結界の場所案内に人をつけてくれたのだった。後の報告の為もあるのかもしれない。


 ヨシツネさんは、もともと忍者の家系の出身で、ござる言葉が抜けないのでござるよと道すがら自分の事を話してくれた。ネコが、好きで先生の屋敷で飼えないのがつらいというのは全くどうでもいい話しだったが。


「べ、ヨシツネさん、おたくの先生は、あなたみたいな強そうな人がいるのに何故今回俺たちに依頼をしたんでしょうかね。」ヨシツネは、困ったような顔をしたが、正直に答えてくれた。


「実は、何度も結界を張り直しには来ているのでござるよ。

 しかし、その度に妖魔つきが現れて邪魔をされるのでござる。

 妖魔つきは、我々霊界師の匂いを本能で嗅ぎ分けてござるのではござらんかと思うのでござる。」とヨシツネは、ござるの3段活用みたいな事を言った。

 ござる、ござらー、ござりすと


 妖魔つきは、霊界師であるヨシツネさんにも反応するんじゃないのかと俺が、聞くと

「自分の霊力は至って低いので心配する必要は、まったくござらん。」と胸をドンと叩いた。


 いや、すごく心配になって来た。


 少し先を歩いていたミツキを呼び止めて俺たちは、昼食を取る事にした。先生の屋敷で用意してもらった風呂敷包みを開けると笹に包まれたおにぎりが入っていた。


「うわぁ、ベンケイの風呂敷かわいい!」ベンケイ言っちゃったよ。この娘。


 ベンケイは、ネコ柄の風呂敷におにぎりを包んでおり、ほめられた事を喜んでいた。


 昼食を終えた俺たちは、暗くならないうちに依頼を終える為、先を急いだ。


 ヨシツネの案内によるとそろそろ結界のある場所に近いはずだ。


「ヨシツネさん、そろそろ近いんじゃないの。」

「ええ、もう少しで着くと思うでござる。」


 林を抜けた所に小さな滝がありそこに結界を張るそうなのだ。

 滝は、昔から霊界師の修行に使われていたのだが、妖魔つきがウロツキ出した為に今は、使われていないようなのだ。


 歩いていると少し開けた所に出た。その地面のあちこちにある程度の大きさの石が並べて置いてあった。20個程あるだろうか。


「これは、なんだろう。なんかお墓みたいだよね。」ミツキは、石をペタペタ触っていた。


「亡くなった霊界師の墓でござる。こいつらは、妖魔つきに殺されたのでござる。その度にこうして仲間の遺体を埋めて弔っているのでござるよ。」


「お墓は、べ、ヨシツネさんが作ってあげたの?」

「そうでござる。毎回ひどい事になって」

「優しいんだね。」


「ヨシツネさん、思い出させて申し訳無いんだけど今まで襲って来た妖魔つきがどんな獣だったか知りたいんだよ。」


「俺たち二人も同じ目にあわないよう少しでも情報が欲しいんだ。」

 今、三人だよね。とミツキは、思ったがベンケイさんは、慣れているからイオリは、そういったんだと納得した。


「そうでごさるなぁ、1体目は、クマの妖魔つき、2体目は、イノシシの妖魔つき、そして3体目は、狼の妖魔つきでござった。毎回木の上に逃げたりして何とか命を落とさずに済んでいたのでござるが仲間を救えなかった事は、悔やんでも悔やみきれないのでござる。」


 もし、妖魔つきが出たらすぐ木の上に逃げるようヨシツネは、言った。

 ミツキは、真剣な顔で頷いた。


 俺たちは、目的地である滝に辿り着いた。滝は、小さいとはいえ10m以上の高さがあり普通の人間が打たれれば首の骨が無事なのかと思われるほど水圧があるよう感じられた。


「試しに打たれてみるでござるか?」

 俺「嫌です。」

 ミツキ「はい。」


 おいぃぃぃっ‼︎ ダメだろお前首なくなるだろ!


「冗談だ。でもあたしもメンツがあるからさ。」とウインク

 誰に対してのメンツだ。


「万が一に備えて登り易い木を探しておく方がいいかなあ。」

 俺は、ヨシツネさんに少し待ってもらってミツキと登り易そうな木をペタペタ触っていた。


 ヨシツネは、その間滝の方をジッと眺めていた。


「ヨシツネさんお待たせ。さあ行きますか。」


 結界の霊符は、滝の裏にある洞窟に貼るのだそうだ。ヨシツネは、自分が外を見張るので洞窟の奥に札を貼って来て欲しいと俺に頼んだ。


 俺は、わかったと言ってミツキと洞窟に入っていった。屋敷でもらったロウソクの火を頼りに進んでいくと俺の予想が当たっていた事にガッカリした。


「残念だな。ミツキ」

「そうだね。」

 ミツキも力なく答えた。


 そこには、山猫の妖魔つきがいた。ロウソクの光は、山猫の赤い目を照らし出していた。


「しょうがないか。」

「……ござるね。」

 ミツキは、ベンケイ口調で答え

 俺は、妖刀を静かに抜いた。


 俺たちが、洞窟の外に出た頃には、もう夕方近くになっていた。妖魔つき(ヤマネコ)との勝負は、一瞬でついた。妖刀の一閃は、山猫の声を聞く事もなくその体を霧散させたのだ。


 俺とミツキは、妖刀により鬼?の姿に変わった体が元に戻るのを待っていたのだった。


「誰の墓を作っているんだい?ヨシツネさん」霊界師の墓地で石を運んでいたヨシツネは、俺たち2人の姿を見ると驚きを隠せない顔をした。

「ご、ご無事でござったか。よ、よかったでござる。」


「何とかね。洞窟の中に妖魔つきがいたんだ。俺たちは、慌てて洞窟の窪みに隠れてやり過ごしたんだが、凄い勢いで飛び出して行ったんでヨシツネさんが無事だろうか心配してたんだ。」


「そうでござったか、拙者も洞窟から白い山猫が、出てくるようすに驚いたのでござったがあの一番近くの木に登りやり過ごすことができたのでござる。拙者もあのような山猫の妖魔つきは、初めて見たのでござる。」


「嘘がヘタだよね。」

 ミツキが言った。

「蜂蜜。」「は、蜂蜜でござるか?」ミツキの言葉にヨシツネは、意味がわからないと言うような顔をして答えた。


「あんたが、登ったはずの木には、たっぷり蜂蜜が塗ってあったんだよ。だけどあんたの体には、それが付いた様子が少しも無いんだよ。」


「蜂蜜なんかどこから……」

 とヨシツネは、言いかけてミツキが途中で買った蜂蜜の事を思い出した。


「申し訳ないでござる。実は、山猫を見た恐怖ですぐ逃げ出した事が言いづらかったので今のような嘘をついてしまったのでござるよ。」


「もういいよ……」

「許してくれるでござるか」


「嘘は、もういいって言ったんだ!」俺が、怒鳴って言った。


「あの時、ヨシツネさん、あんたが山猫の妖魔つきを見ているはずは無いんだよ。そいつは俺が洞窟の中で斬り殺したんだから……」

 ヨシツネは、驚いた後、目に怒りの色を表したが俺は、構わず続けた。

「なのにあんたは、山猫と知ってたんだ。俺は、妖魔つきとしか言って無いのに。」


「あいつらは、餌だったんだよ。」ヨシツネが、穏やかな口調で言った。もはや、ござるではなかった。

「いつの頃からか、あの山猫は、あの洞窟を住みかにするようになったんだ。最初は、逃げたんだ仲間が食われているうちにね。でも俺は、あの山猫の美しさに取り憑かれてしまった自分にも気付いてしまったんだ。

 妖魔つきにやられたことは報告したが山猫の存在は、無意識に隠してしまった。後は、山猫を退治させないよう繰り返してきたんだ。」

 もはや精神が崩壊しているのだろうか。


「ふざけるな!あんたのせいで何人死んだと思うんだ。」

 ミツキが堪えきれず怒鳴った。


「……。」突然、腰の短刀を抜いたヨシツネは、ミツキに斬りかかろうとした。


「ミツキっ!」俺が叫んだその時


 "結束っ!"


 ヨシツネの体が、拘束され動かなくなった。


 振り返るとそこには、小村丸先生の姿があった。

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