第5話 名前

 ミツキのいたオオミカサの町を離れた俺たちは、次の宿場町レイドを目指していた。随分サイバーな名前のその町は、昔、高名な氷の霊界師がいたことに由来しているらしい。


 そして俺は、ミツキをおぶって歩いているのだが、なんでこうなった?


 町を出て間もない頃、俺は、懐にアメが入っているのを思い出しひとつ取り出し後の袋は、ミツキに渡した。2人でガラゴロとアメを舐めているとふと思い出した事があった。


「なあミツキ、お前もひょっとして結界張れたりするのか?ガラゴロ」

「おじいちゃんに習ったからあたしも少し出来るけど結界を張るより怪我を治す方が、得意かな。ひどい怪我は無理だけど……ガラゴロ」


 そうだよな、出来たらジイさん治してたよな。


「いや、でも怪我を治せるなんてすごいよ。ガラゴロ」俺は、素直に感心した。

「へへっ、ガラゴロ」とミツキは少し照れて笑った。


「実は、ガラゴロおじいちゃんのガラゴロ霊界師入門書をガラゴロ持って来たんだガラゴロ。」

 ガラゴロ多すぎるだろ。


 峠に差し掛かると団子屋があった。バリバリガリッ突然アメを噛み砕くような音がした。


「アメも無くなっちゃったから

 ソロソロ何かお腹にたまるものでも……あっ、イオリあんなところにお団子屋さんがあるよ。」


 知ってました。そう言ってくるの知ってましたー。


「しょうがないなぁ。あまり食べ過ぎるんじゃないよ。」

 保護者としては、少し甘い俺だった。

「やったぁ!おばあさん、お団子10本ちょうだい。」

「じゅっ、じゅっぽん⁉︎」

 ミツキさん5本づつは、多過ぎないですか?


「イオリさん、さーせん食べ過ぎました。」ミツキは、きっちり謝った。

 結局俺は、団子を2本食べ、このだんご娘は、8本を完食したのでした。


 そして食べ過ぎて動けないミツキを俺は、おんぶしているのだ。

「おいミツキ、あの団子屋のおばあさんが言っていた怪しい霊界師のところに本当に寄るのか。」

「何を言っているんだ。小村丸先生は、あの霊界師入門を書いた人なんだよ。」

 強く反対する理由もないので俺たちは、その足のつりそうな先生のもとに行くことにした。


 ロイドの話も聞ければ何か役に立つかも知れないという考えもあったからだ。


「さっき聞いた話では小村丸先生は、未来を見通す目を持っているそうなんだガラゴロ」

 お前アメ食べてるよね。本当は、もう歩けるんだろう‼︎


「食べてない……ガラッ」

 その後、ミツキは町まで自分で歩いた。


「あった!ここがこむらがえり先生のウチだぞ。」

「こむらまる先生ね。」

「しかし大きな屋敷だなぁ。どうやって中に入るんだろう。」

 屋敷の前には厳つい顔をした門番が2人立っていた。まさに"ザ・門番"という感じだ。


 しょうがないので、俺たちは門番Aに話し掛けた。


「あのー、先生は、お見えでしょうか。お取り次ぎ願いたいのです が……」ミツキは、懐の"霊界師入門"をチラチラ見せながら申し出た。


 ミツキ、それはあかんパターンやぞ。「先生は、忙しいからお会い出来ません」と断られるに決まっているぞ。


 門番Aは、口を開いた。

「あっ、先生のファンの方ですね。ささっ、中へどうぞ。」


 ほら、ダメだったよね。って、今なんて言った⁉︎

 ザ・門番としておかしいだろう。


 とにもかくにも、俺たちはすんなり中に入る事が出来たのだ。


 客間に通された俺とミツキがしばらく待っていると小村丸先生がやって来た。服装は、公家様のそれで、いかにも"おじゃる"と言いそうないでたちをしていた。そして若いイケメンだった。


「わたしのファンというのは、そなたたちでおじゃるか。」

 言うのかよ!おじゃる


 俺は、期待を裏切らないおじゃる先生の事が、好きになって来た。


 ミツキは、さぞかしワクワクしているのだろう。もしかしたらサインをお願いしかねないなと俺が思っていると


「雑賀ゲンシンをご存知でしょうか。わたしは、孫のミツキと申します。」


「なんとこれは雑賀師範のお孫さんでしたか。」


 あれっ、なんかおかしいミツキが、キチンとあいさつをしているし、先生もおじゃるは、どうした。


「そちらの方は?」

 先生は、俺の方を向いて言った。


「イオリと申します。剣術修行中の身ですが今は、ミツキ殿の護衛をしております。」

「なるほど良い刀をお持ちですね。」「お恥ずかしい。なまくらですが、大根ぐらいは、切れるようです。」


 俺は、妖刀の事を悟られないか少し警戒して言った。


「なかなか、愉快な護衛の方だ。」と小村丸は笑ったが目だけは笑っていなかった。


「実は、あなた方がここに来ることはわかっていたのです。」

 未来を見通す者、小村丸は、言った。道理ですんなり中に入れたはずだ。あらかじめ門番には指示を出してあったのだろう。


「先生は、どこまでご存知なのですか。」ミツキが、ストレートに問いかけた。


「部分的でしか知りえないのですが妖魔つき、ロイド、師範の死そして妖刀の事ぐらいですね。」

 ほぼ、お見通しじゃないか!


「あなた方が、聞きたい事もその事だと認識しておりましたが」小村丸は、鋭い目をして言った。


 俺は、傍らに置いた妖刀をチラリと見てから小村丸に今までのいきさつを話したのだった。


「なるほど、だが少々腑に落ちない点がありますね。」話を聞いた先生が言った。

「と言いますと。ガラッ」ミツキが、問い返した。

 さっきからどうも黙っていると思っていたらまたアメ食べてたよねコイツ‼︎


「ふむ、イツキ殿、あなたの性は、何とおっしゃるのかな。」先生、いま俺たちの名前混ぜましたよね。半人前だからですか、半人前だからですよね。


「雑賀と申します。」

「……。」

 ミツキ違うだろ。先生は、俺に聞いてるんだよ!しかもあんた来た時名乗ったじゃん!


「ふっ失礼、イオリ殿あなたの氏を教えて貰えないですか?」

 ミツキが、顔を赤くしている様子が視界に入ったが気にもならないほど俺は、困惑していた。


 しばらくためらった後、俺は呟くように言った。

 "佐々木と申します……"


 小村丸先生は、「なるほど」と納得した様子だった。


 おそらく妖刀に取り込まれた俺が、なぜ元の姿に戻れたのか不思議だったのだろう。思い当たる点は、俺にもあるのだから…


 "佐々木の血"


 その話は、それで終わったのだがさっきの件がまだ恥ずかしいのかミツキは、何も言わなかった。


「実は、お二人にお願いがあるのですが……それは……」


 内容を聞いた俺は、自分はともかくミツキには無理だと断ろうとした。


「やります。」

「!?」

 ミツキが、言った。


 お前今の話を聞いてたのか!

 簡単な事じゃないだろう。


「でも、あたしは、やらないといけないんだよ。」

 今までの事を思い出したのかミツキは、ぐっと唇を噛みしめている。


 やれやれ、「わかったよ、でも危険だと思ったらすぐやめるからな。」俺がそう言うとミツキは、パッと嬉しそうな顔になった。


 小村丸先生は、申し訳なさそうに言った。

「無理を承知の危険なお願いなのは、わかっております。お受け頂き感謝しております。」


 それを聞いてミツキは、本題に入った。

「先生、実はわたしからもお願いがあるのですが……」

「何でしょう?できる事であれば。」


 これが、ここに来た本当の目的だったのだ。


「サインもらえますか?」

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