第4話 黒炎

 妖刀に魅了され失敗した者の結末は、蝋人(ロイド)になるのだと老人は、言った。


「そいつには、剣はおろか銃さえも効かず多くの霊界師が惨殺された。残った霊界師が力を合わせてやっとのことで封印する事が出来たのじゃ。もちろん倒すことなど無理な話じゃった。倒せるとすればそいつを生み出した妖刀だけじゃ。事実そやつが暴れた時に跳ね飛ばされた。妖刀は、そやつの腕を切り落としたのじゃから。」


 腕を切り落とされて怯んだ隙にようやくロイドを封印する事が出来たのだと言った。50人いた霊界師は、わずか5人しか生き残れなかったそうだ。


「今は、結界を厚くして何とかやり過ごすしか方法は、あるまい。」

 と言って老人は、何やら呪文を唱えた。


 もしかしたら、ロイドは主人のいない妖刀につられてここに来ているのでは無いだろうか? ふと、そんな考えが俺の頭に浮かんだ。


「俺に考えがある!」まずは、妖刀のありかを教えてくれ……


 やつは、遂に結界まで辿りついたようだ。バリバリと結界を削るような音がしている。俺たちは、家の隅に息を潜めて隠れていた。


 バキッと言う音と衝撃があり遂に家の壁が突き破られた。無理もない、ミツキは怯えた顔をしてじっとうずくまっていた。季節は、春。暑い時期でもないのだが俺は、全身にびっしょり汗をかいていた。


 玄関からの侵入を想定していた俺は、脇の壁を突き破られた為に思惑がはずれた事を悟った。


「まずい、俺がおとりに……」

 言い終わらない内にジイさんが飛び出していた。


「ほら出来損ない、こっちじゃ。」

 ロイドは、のっぺりとした顔に紅い目を光らせ老人の方を見た。近くで見ると人間よりひとまわり大きく長い手足が際立っており大きな手の爪は、鋭く尖っていた。


 この時、俺は甘く見ていたのだ。おそらくジイさんも……

 この位置にはロイドの攻撃は届かないものだと。


 一瞬の出来事だった。

 ロイドの伸びた腕が、老人の身体を貫いた。「がはっ」ジイさんは、ゆっくりと床に崩れ落ちた。


「おじいちゃん!いやあぁ」

 ミツキが、叫んだ。


 ロイドが、こちらに気づき一歩踏み込んだ瞬間だった。


 "バキッ"と床が割れロイドは、床下に転落した。この辺りの家の床下は、湿気避けの為かかなり深く掘られておりロイドの身体がスッポリ入るほどの高さが、あった。


 俺は、そこに封印を解かないままの妖刀を刃先を上にして突き立てておいたのだ。もちろん床を割れ易くして


 妖刀は、ロイドの身体を貫きヤツは断末魔と共に動かなくなった。


 俺とミツキは、老人に駆け寄った。


「儂は、もう駄目なようじゃ。イオリ殿、どうかミツキの事をお願い出来んかな。儂は、あんたの事が気に入ってしまったようじゃ。」

「嫌だよう、おじいちゃん死なないでっ!」俺が答える間も無くミツキが、泣きながら叫んだ。

 やがて老人は、静かに目を閉じそれっきり動かなくなった。


 すべてが終わったと思ったその時だった。バギッ、バキバキと恐ろしい音と共に床が崩れ落ちた。


 "致命傷は、与えられなかったのだ。"


 やはり封印されたままの妖刀では、動きを止める事は出来ても倒すまではいかないようだ。


 どうする?どうすればいい

 逃げるか?いや、本気のこいつから逃げるのは難しいだろう。

 答えは、決まっていた。


「ミツキ、悪い」


 俺は、まだ動きが鈍くなっているロイドに近づき刺さっている妖刀を抜き取った。

 そして巻き付けられた霊符を外した。


 "なんじ力を欲する者よ、我が身に代償を払う覚悟があるか"


 頭の中に声が響いた。妖刀か?


「嫌だね。何もやらねえ、だが残りの人生おまえに付きやってやるよ。だから力を貸せ」俺は、そう答えた。


 "お前のような者は、初めて見るぞ。面白い、我に人生を捧げよ"


 妖刀の刃先は、黒く炎のように揺らめいた。


 ロイドは、狙いをミツキに定め

 ると身体をわしづかみにした。

「く、苦しいっ」ミツキの身体が握り潰されようとしたその時、黒い炎が舞い妖魔の両腕を切り落とした。


 腕は、炎に焼かれるように消失しミツキは、床に落とされた。


「イオリっ、あんたなの⁉︎」

 そこには、髪が白く紅い目をした鬼の姿があった。頭には2本の角が生えており紫に近い黒炎を身にまとっていた。


「ああ、俺だ。もう人ではないようだが」

「イ、イオリっ」

「だがお前を守る事は、出来そうだ。」


 俺は、ロイドに向かって妖刀を振り下ろした。そしてヤツの体が霧散するのを確認した途端、体の力が抜け俺は、意識を失った。


 気がつくと俺とミツキは、床に倒れていた。もう夜は、すっかり明けているようだ。


「イオリ、あんた元の姿に…」

 そう言えば、いつの間にか俺は、人間の姿に戻っていた。

 妖刀の呪いみたいなものが解けたのか、逆に今が人間の姿に変身しているのか?いずれにしろもう普通の人間ではないのだろう。俺は、約束したのだから。


 ミツキは、おじいさんの亡骸を見つけるとまた、泣きそうな顔になったが、ぐいと堪えた。

 何か思うところがあるのだろう。


 俺たちは、おじいさんを丁重に墓に埋め手を合わせた。

「俺たちが、助かったのはジイさんのおかげだ。ありがとう。」その言葉にミツキは、少し複雑な嬉しそうな顔をした。


 ジイさんの埋葬が終わりミツキから普通の長剣を譲ってもらった俺は、また旅立つことになった。

 ミツキに一緒に来るかと聞いてみたが、断られてしまった。

 俺としても安全な旅ではないだろうから無理に誘うこともなかった。


 俺とミツキは、ここで別れた。



◆◇◆◇



 あたしは、村に向かいながら昨日からのことを思い返していた。妖魔つきに襲われた事、ロイドに襲われた事、妖刀の事、おじいさんが死んだ事、そしてひとりぼっちになってしまった事、あいつに出会った事。

 良い事はひとつもなかった。


 いや、あいつにあった事は、嫌じゃなかった気がする。でもそんなあいつももう旅立ってしまって会う事もないんだろう。


 一緒に行こうと誘ってくれた事は正直嬉しかったのたが行ってしまったものは仕方がない。

 おとうさんの店もあるのだから


 程なく村の近くに来たわたしは、様子がおかしい事に気付いた。誰一人通りに出ている人がおらず静まり返っている。

 自分の店があった場所は、粉々に壊れ残骸が散らばっているのみであった。


 よく見ると町の家々は、皆壁や建物自体が壊れており辺りには、血が飛び散った様子があった。何軒かの家の中を調べたわたしは、昨日何があったかを悟った。


 昨日のロイドだった。人は、喰らい尽くされた様子で死体すら残っていなかったのだ。


 しばらく茫然としたわたしは、その場にヘタリ込んでしまった。


 もう誰もいない。本当にひとりぼっちになってしまったのだった。


 店のあった場所に戻ったわたしは、母親の形見のペンダントやらいくつかの食べ物なんかを探し出した。ひとりでは、店はもう建て直す事は、出来ないし

 出来たとしても誰もいないのだから……

 そう思うとなぜか腹が立ちひとり叫んでいた。


「何でみんな居なくなっちゃうんだよ!誰かあたしに返事してよ!ひとりぼっちにしないでよ!」


 "ひとりじゃないよ"


「!?」そらみみ?

 後ろから聞き覚えのある声がした。あたしは、振り返って言った。


「ど、どうしてイオリが……」

 イオリは、気まずそうに笑って立っていた。


「その、なんだ道に迷ったんだ。」


 ウソが、ヘタすぎるよ。

 でもなぜだか涙がボロボロあふれて止まらない。


 イオリは、オロオロしながらわたしの頭に手を置き

「一緒に来ないか?」と同じ事を言った。


 わたしは、黙ってうなずいた。

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