第4話
「灯台下暗し」
死確者の答え方はなんともぶっきらぼうであった。足を投げ出す歩き方も相まって、はたから見れば不貞腐れている風にも見えてしまう。
けれど、特には気にはならなかった。理由は単純なことで、それ以上にようやく辿り着いた答えに意識が向いたからだ。
「ああっ!」
そういえばそんな言葉でした、という意思表示のため、私は握り拳を作った手を、もう片方の広げた手に強く叩いた。
そもそも、きっかけは私。探し物が見つかった時によく使われる言葉って何でしたっけ、と死確者に尋ねたことから全ては始まった。
死確者から、余りにもヒントが足りない、ということで、注意が向かなかったり視野や意識が遠くにいってしまったせいで、意外と身近にあるのに気づかないこと、と詳しく付け加えた。それで、ようやく答えが出た。
おそらくだが、と頭に付けてから話してはいたが、間違いないだろう。心当たりも聞き馴染みもある。
灯台下暗し……そうだ、これこそが私が思い出したかった言葉だ。
死確者は舌打ちをし、「てかよ、そりゃあ嫌味かなんかか」と白いTシャツについた埃をつまんで捨てた。
「いいえ、嫌味ではありません」
私は慌てて弁解のため、身体の前で手を振る。不機嫌さが深刻になる前に手を打たなければ。
「ただ、ずっと教えてもらえず知らなかった娘さんのお墓が、お住まいから近くにあるので、ふとそう思っただけです」
死確者は両手をポケットに入れ、私を見てくる。喋らない。静かにまじまじと。
「な、なんでしょう?」
細く冷たい目に耐えきれず、私は思わず問いかけた。
死確者は視線を歩いていく方へと向けると、「なんだろうな……」と眉間を親指の爪で掻いた。微かに震えている。
「バカなのか正直者か、はたまた無神経野郎か。何にしろ、わざとらしさが無い分、お前に余計腹が立つ」
し、しまったっ。どうやら私は次なる打つ手を見誤ったらしい。余計なことを言わなければよかった。
口は禍の元とはよく言ったもの……あれ? こういうの別の表現でなんと言っただろう。火に……火に……ダメだ。結果的に注ぐことになるはずなのだが、思い出せない。
「申し訳ありません」
答えは気になるが、後回し。私は頭を下げて、誠意を伝える。
呆れたように溜息をつくと、「今度は気をつけろよ」と、死確者は念押しをしてきた。
「はい」
頷き交じりに返すと、「んで、なんだっけか。さっき話してたこと」と死確者は問いかけてきた。
「ええっと……」虚空を見て記憶を遡る。「あっ、死神との関係についてでしたかね」
「あぁ、そうだそうだ」
細かく数回首を縦に振ると、死確者は「意外だよな。天使と死神が仲良いなんてよ」と言ってきた。
にやりという表現が適した、口の端に小さな笑みを見せてくる。直りきってはいないとしても、多少なり緩和されていることに安堵する。
「そんなに珍しいことなのでしょうか」
「なんか言いたげだな」
「私が担当する方、担当する方、死神について話すと、同じように言ってきます。びっくりだなー、とか、意外だねー、とか、仲悪いのだとばかり思ってたー、とか、まるで、まあこう返そうと口裏合わせたかのように」
「既に三つ出てきてるじゃねえか」
なんとなく分かった。揃ってない、そう言いたいみたいだ。
「意味合いが、という意味です。ニュアンスというやつですよ」
「まあそこは目をつむろう」
死確者は早く続きでも話したいのか、さらりと流した。
「そもそもの話ですが、仲が良いわけではないのです」
「ホントか?」
どうやら疑われているみたいだ。
「ええ。あくまで仕事仲間ですから」
「仕事仲間ってだけで、休みの時に遊んだり、本音で話したりしねぇだろ」
「えっ、しないんですか?」
思わず眉が浮く。体験談がまるで御伽噺かのような言い方をされたからだ。
「仕事仲間ってのは、仕事の仲間。要するに、こなさなきゃいけねぇ事を片付けるために必要だから嫌々ながらもいる存在が仕事仲間ってんだ。そんな奴ら、お前のプライベートに入らせたりするか?」
「入らせ……ないですね。入らせたくないです」
少し考えてはみたが、結果は一緒だった。
「だろ? つまりだ。プライベートでもつるむようなやつはそういう関係を超えてるってことだ。仕事仲間ではなく、友人なんだよ」
「友人、ですか……」
「一個上に昇格したんだ」
「ランクアップ、というやつですか」
「まあそうだな」
「ほぉ」
口を縦に開き、軽く頷く仕草を見せると、「ま、人間のエゴなのかもな。天使と死神が仲悪いなんて思うのは」と死確者は付け加えた。
ふと視線が動く。「あそこか」
死確者が見つめる先には、
「ええ」
「ちなみに言っとくけどよ、まだ信じちゃいねえからな。嘘だったらただじゃおかねえ。間違っててもただじゃおかねぇ」
「構いません」
この怖い台詞に、私は全く恐怖を感じなかった。私に心がないとかそういうわけではない。
まず、嘘つく意味がないから。
何にせよ、可能性があるかもしれないと、事前に娘の墓の場所を調べておいてよかった。やはり経験を積むということは全部が全部悪いことではない。
墓地の入口を探す。ぐるりと大きく回り込むと、墓地入口と矢印が書かれた白い鉄板を見つける。所々赤く錆びて、小さな穴が空いているのが長くここにあることを表していた。
矢印の方向へ進む。細かな砂利が敷かれた道の通りに右や左に曲がって、奥へと進んでいく。百メートル程だろうか、進んだ先に水汲み場があった。壁際に水桶が並べられており、中には無造作に刺さった柄杓が入っている。
「来てないな」
「いや、人はいるみたいですよ」
ここに来るまでにあった駐車場に数台車が置いてあったことや、水桶が幾つか無くなっていることは確認できている。
「違う。娘のところにだよ」
「えっ、ああ。そうなんですか?」
どうして分かったのだろう。
「あそこ見てみろ」
死確者に指差された先に顔を向ける。そこには、“
「別れた女房の苗字だ。今使われていないってことは、誰も来てないってことだ」
「成る程」
何故誰も来てないと考えたのかについては納得できた。けど……
「ですが、何故松元という名だけで、判断のですか」
「だから、ここに娘の墓があるって言うんだったら、別れた女房の苗字があったから、そうだと……」
「だとしても、再婚しているかもしれないじゃないですか」
「いや、してない……はずだ」
そうだ、結論としては間違っていないのだが……
「何故、ご存知なんです?」
「えっ、いや。まあ……」
返事とも言えない歯切れの悪い反応をすると、死確者はこの墓地の名前が書かれた水桶と、箒と塵取を手に取った。
蛇口を開け、水を汲んでいく。水道の圧が強いからか、柄杓がくるくると回転する。桶いっぱいになみなみと入れると、持ち上げた。眉間に軽く皺が寄る。
「運びましょうか」
とはいえ、私が持つと他の人には水桶が浮いているようにしか見えない。
「いい、自分でやる」
「なら、軽くしましょうか」
「だからいいって言ってんだろ。余計なことすんな」
死確者は強い口調でそう言うと、おもむろに歩き出した。
「は、はい……」
遠慮がちに返事をし、「あっ、場所はこちらです」と少し前に出て、案内を始める私。
川原にあるような少し大きめの砂利を踏み鳴らしながら、進んでいく。手の震えで水面は激しく揺れ、容器に跳ね返った水滴が地面へと落ちる。
不機嫌な理由に心当たりがあった。おそらく、根掘り葉掘り聞いたからだろう。踏み入って欲しくないところだってあるはずだ。確認の意味も込めて、話題を変え、様子を伺ってみることにした。
「昔、暴力団に所属していたんですよね?」
「所属ってお前……中坊の部活動じゃあるまいし」
「中坊?」
「学生のことだよ、中学生」
あぁ。「成る程」
「そうだよ、俺は元極道だ」
つまり、ヤクザ。
「近所でコワモテだのなんだのと呼ばれてんのも、どこで仕入れたか知らねえがそのせいだ。けど、突然なんだ?」
「いや、最初お会いした時に、色々とお名前を言ってたじゃないですか。ほら、カニモトだとかエビハラだとか」
「ああ、それか。そうだよ。お察しの通り、他の敵対してた組の名前だ。昔、悶着起こしてな。今更だが、いつ怨み晴らしてやるなんて、血相変えてくるか分かりゃしねえ奴らだからな、色々挙げてみたってわけよ」
「そうだったんですね」
少しばかり、ほんの気持ち程度だが、機嫌が戻ったのを確認しながら、私は墓の場所を見つける。
「こちらです」
天井も壁となく開放的ではあるものの、二畳半程の狭い囲いの中は白い小石で埋め尽くされていた。
その真ん中、二段の短い階段の先に、墓石がでんと立っている。彫られているのは、|松元家之墓、の五文字のみ。
死確者はその名前を目にすると、目を細め、俯いた。視線を逸らし、深く息を吐くと、再び墓石を見て、深々と頭を下げた。
「嫌だと思うが、綺麗にさせてくれ」
死確者は水桶を地面に置き、箒と塵取を片手ずつ握った。辺りに散っている枯葉を丁寧に掃いていく。塵取の半分が埋まると、墓石から少し離れた場所に捨ててくる作業を繰り返す。
「手伝いましょうか」と声をかけてはみるものの、「いい。俺がやる」とだけ告げ、黙々と続けていく。無理矢理行うのも、失礼な話だ。私は静かにその動作を眺めていた。
枯葉を綺麗にすると、今度は水桶に持ち替え、墓石の斜め前に立った。おもむろに柄杓で水を掬い取ると、天辺から水をかけ始めた。乾いた墓石が潤いを取り戻していく。
水鉢の緑に濁った水を適当に捨てる。綺麗な水を一杯弱入れ、軽く回してこびりついた汚れをすすぎとる。またも捨てると、今度は新しい水で一杯にし、元の位置に戻した。これを水鉢の個数分、四回繰り返す。
十五分ほど、一人黙々と作業をし、死確者は「よし」と小声で呟くと、階段を降りて、全体を眺めた。
「綺麗になりましたね」
「ああ」
「どうして……」
ふと後ろから声がした。振り返ると、そこには水桶を持った女性が立っていた。酷く戸惑った表情は、まっすぐ死確者に向けられている。
「どうしてここにいるの?」
「アケミ……」
死確者は力無い声でそう口にした。確か、死確者の
驚きはすぐさま怒りに変わり、近づいてくる。反動なのか、死確者は目を逸らし、俯いてしまった。
「何しに来たの」
「……墓参りに」
「誰の?」
死確者は何も答えない。それが何よりの正解だった。
「墓参り? あんたにそんなことする資格なんかない。あなたが、あの娘を、
なんとも物騒で、私が知りえてなかった予想外な言葉が出た。
こ、殺した?
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