第2話

「へいよ」


 いつもの如く、死神から渡される。


 慣れた空き地。いつもの場所なのだが、風景は少し異なっていた。真ん中に積まれていた土管が無くなっているのである。どうやら亀裂が入っていたらしく、新しいものと換えているそう。今は、その交換真っ最中、というわけだ。

 死神と座って話ができないということ以外、特に不便さはないのだが、妙に寂しさを覚えていた。

 たった1箇所だけ少し変化しただけで、景色は別の顔を見せてくる。巨大だったからということもあるだろうけれど、不思議なものだ。


「どうも」


 私は受け取り、封を開ける。今回の死確者は、男。久々だ。最近はなぜか妙に連続して女性であった。名前は、上村うえむら卓弥たくや。今年で38歳になる……ん?


「1ついいか?」


「おっ、いつものか」


 いつもの? 私が首を傾げたからだろう。死神は「ほら質問だよ、質問」と応えた。


「そうだ」私は縦に頷いた。「この、ペンネームとは何だ?」


 目についた特記欄の“なお、ペンネームと本名は同一”というところを、指でなぞる。


「職業欄をよく読め」


 言われた通り、目を凝らして読んでみる。


「職業は専業作家。カッコ、数年前まで地方銀行の行員として勤務しており、デビューをキッカケに退職、カッコ閉じ。デビュー作の売り上げが芳しくなく……」


「そこまで読めと言ってないし、読めっていっても黙読のほうだ。読んで字のごとく、黙って読め」


 とは言っても残りは少ない。現在半分無職状態である、だけだ。


「ほら」


 ほら?「何がだ?」


「もうなんとなく分かんだろ?」


 私は腕を胸の前で交差させ、目を閉じ悩む。なんとなく……なんとなく……


 瞼を開く。ひとつ閃いた。「犯罪でもおかしたのか」


「何でそぉなるの」呆れ顔の死神。


「だって、生き辛いから偽の名を名乗ることにしたんじゃ……」


「そんなこと、どこに書いてあったよ?」


「書いてない。私の推測だ」


「だとしたら、偏見エグ過ぎ」呆れ顔が強くなる。


「なんとなくと言われたから、私は……」


 自分でいうのもなんだが、ここまでしつこく反発するのは稀である。その理由は分からない。


「また捉え方が極端……」死神は眉をひそめる。「偽名と言っちゃ偽名だけど、ちっと訳が違うんだ。ペンネームってのは、第二の名前なんだ」


「何故だ?」疑問でならなかった。「何故、生来の名前を使わず、そちらを?」


「芸術家とか芸能人が好んで使うんだけどな、まあ……仕事が生活や生きることに阻害しないようするためかな。ほれ、人間みんなが声高々に唱える、プライバシーを守るため、ってやつだよ」


「成る程。ならば、芸術家や芸能人は皆ペンネームを使っているのか?」


「そういうわけじゃない。本名をそのまま使う人も大勢いる」


「何故だ?」


「相変わらず、無限弾な質問マシンガン持ちだな……」死神は小声で呟いた。「ほら、その、あれだ。気分の問題。別にバレてもいいなら、本名で活動した方が使い分ける必要がないから楽ってこと。違うか?」


 違うかと言われても……私の感覚から申すのならば素直に、はい、と言えなかった。それを知らないのだから。


「まああくまで多分、だけどよ」死神は背を伸ばした。「そういうのは一定数いるって覚えとけ」


「分かった」


「話は変わるがな」死神の声色が戻る。「この前、久々に休暇もらって。5日間。フェス観に行ったんだよ」


「お祭りか?」


「違う違う。違うフェス」


「違うフェス……あっ、前に話してた、色々な歌手が少しだけ歌っていなくなるアレか?」


「うん。間違ってはいないけどね。ファンいる前でその言い方、逆撫でするだけだから気をつけようか」


 穏やかな顔で死神は注意する。悟りを開いた仏のようだが、逆に怖さを演出している。

 死神なのに仏……自分で言っておいてなんだが、なんとなく滑稽である。


「まあいいや。でな、会場がアリーナだったんだけど、外れ席でさぁ~アーティストが殆ど見えなくて」


 アーティスト?「色んな芸術家がいたのか?」


「は?」


「いや、アーティストと言って……」


「この場合のアーティストは芸術家って意味じゃなくて、音楽家とか歌手の事を言うんだよ」


「ほぉ……」


「てかさっき、自分で歌手って言ってたろうが」


 あっそういえば。


「それで、ステージから遠かったのか?」


「遠い……わけじゃなかった。ただ、ステージの真横……いや、斜め後ろぐらいだったんだわ」


「ほうほう」


「もっと見たかったなぁーって」


「だが、音楽は聞こえたんだろ?」


「ま、まあそりゃあ……けどさ、それだったらCDと変わらなくなるだろ」


「けど前に言っていたじゃないか。フェスは、その場の空気やその時しか聞けない掛け合いや歌を楽しむものだ、と。なら、それでいいのではないのか?」


「あぁー確かにそう言った気が……あっ、いやいやダメだ!」


 死神は激しく首を横に振った。


「飲まれそうになったぁー。違うよ違う。いや違くはないけど、その……やっぱ顔見たいよ!」


「そうか……」


 そういうものなのだろう、フェスというのは。


「よく分からないが、残念だったな」


 そこまでこちらが迷惑することでもなかったので、気持ちを正直に返す。死神は眉間にしわを寄せる。そして、深いため息をつくと、私の顔を睨んできた。マズい……何か癪に触ることを言ってしまったか?


「そういう時は余計なこと言わなくていいんだよ!」


 やはりそうだった。


「すまない。気持ちもよく分からなかったのに、残念だと余計なこと言って……」


「そこじゃねえよ!」


 えっ?


「そこじゃねえ! 俺が言ってんのは、『よく分からない』のにって部分だっ!」


「で、でも本当に何も分からないのだが」


「『よく』から『何も』に悪化してんだろうが! さっきから湯水のごとく本音が飛び出してくるなっ!」


 死神は左足を折り曲げて、よりこちらを見てくる。


「いいか、こういう時はフリしろ。分からなくても分かったフリをするんだ。百歩譲っても『よく分からなくて』とか余計中の余計なことは口が裂けようとも海が割れようとも言うんじゃない」


 要は、何があっても言うなというのを強調したいのだろう。海が割れるなど、モーゼか天変地異かだ。


「お前だけに限らずだけどよ、天使は何でもかんでも本音を言い過ぎだぞ。本音ってのはな、相手と深い仲になれるかもしれねえし、傷つけちまうかもしれねえもんなんだ。使い方を誤れば元に戻らなくなる、諸刃の剣だ。気を付けろよ」


「しかし、嘘をつくというのは良くないだろ?」


 死神は体勢を整え、私との距離を縮める。


「相手をいたわる嘘は嘘じゃない。思いやりっていうんだ」


「思いやり?」


「ああ」死神は一度深く頷いた。「よーく覚えとけ」


「そうか。分かった」


「よしよーし。よくできました!」


 なんか褒められた。子供をあやすような言い方に、私はムッと頬を膨らませた。

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