第8話

 目を覚ました。少しして、瞬きを何度か繰り返す。長く閉じていたため、目が固まっているらしい。次第に目へと血が回る。同時に神経も元に戻ってきたのか、体の違和感に気づいたようで、目線を回転しながら上下左右に見始めた。自分の置かれた状況に気づき、眉間にしわが寄っていく。


「な、なんやこれ……」戸惑いの声を漏らした。瞳孔の開き具合から、明らかに動揺している。


 まだ16時半だというのに、雨がひどいため、かなり暗い。加えて気温がとても低い、らしい。そんな中、下着一枚というほぼ裸のまま、コンクリートブロックに刺さった木の棒に縛り付けられている。手首、足首、胴、と体の要所要所を縄できつく巻かれており、うっ血して肌色から赤に、ひどいところは擦れて出血したり、青紫色に変化していた。


「目ェ覚ましたか?」


 目の前から聞こえた声に顔を向けると、「お、お前っ……」とさらに眼球を見せた。同時に、みるみる顔が曇っていく。


「久しぶりやの〜」

 ポケットに手を入れる死確者。片方の口角を上げてにんまりとしている。


「な、なんでこんなこと……お前、こんなんしてただで済むと思ってんのか!」


「アホ。そんなん、はなから思っとるわけないわ」死確者の声色が急に変わる。低く重みのあるものに変化し、会話途中だが思わず口をつぐんだ。


「こっちは親殺されとんねん。命張っとるに決まっとるやろがいっ」


 低くまくし立てた死確者は咳払いをし、「早速やけど」と声色を戻した。


「聞きたいことあんねん。協力してくれや」


 全身を小刻みに動かしているまでも震えているように見えてしまうほど、混乱と恐怖で慄いているのだ。

 いや寒さもか——と脇から観察している私は、寂れた倉庫の壊れたトタン屋根から滴る雨水を見ながら、そう思った。




「知ってるのか?」


 私は突然固まった死確者に声をかける。だが、反応はない。スピーカーの向こうで聞こえる声に耳を澄ましているようである。


「おい……聞いてるの」と言い終える前に、死確者は勢いよく立ち上がる。予想だにしなかった突拍子もない行動に私は肩を上下に動かして驚く。


 「どけ」とか「邪魔や」とかは無かった。何も言わず、死確者は片手をソファの背につき、足を上げて軽々飛び越えると、奥にある部屋一点を見つめて足早に駆けていく。戸のレバーを下ろすと、力任せに開けた。そのままどんどん奥へ。戸は閉めずに。荷物置き場として使っているのだろうか、積み上げられたいくつもの段ボールの山がここから見える。


「どっかに……どっかにあったはずや」

 辺りを荒らしながら、小声で呟いている死確者。どうやら何かを探しているみたいだ。段ボールを逆さにして中の物を出したり、倒れた山のことには眼中にない様子から相応切迫しているのが分かった。


「あった」


 先ほどより速度を上げて、死確者は戻ってくる。手には少し埃の被ったヘッドホンが握られていた。繋がっているコードがぶら下がり、揺れている。そばまで来ると、ついた埃を息と手の平で払うと、「どういう流れか、後で教えてくれ」と、なぜか手渡された。

 目つきに圧倒され、不明な理由を聞くことなく「りょ、了解です」と思わず敬語で応え、受け取った。ヘッドホンを両耳に被せるようにつけると、死確者は繋がったコードの先を手に持ち、金属部分を小さい穴に差し込む。ぶつり、と音がした後、会話が聞こえる。


 続けて、内ポケットに手を入れ、何かを取り出す。白いガラケーだ。まさかここでお目にかかるとは……随分と見たのは久々だ。誰かに電話をかけ始めた。こんな時に電話か?


 すると、電話の向こうで着信音が。随分とタイミングがいい。


 向こうの若い声の男が『ちょっとスンマセン』と言い、電話に出た。


「あっ、どうも」


 今度はこっち。死確者が声を発する。


『おお、どないした?』


 不思議なぐらい電話が噛み合っている。


「ヒロオカのカシラから連絡がありまして。何やらさっき電話したそうなんですが」


『なんやて?』


 それにしても噛み合い過ぎではないか? 違和感が全くない。


『こっちには来てへんけどな』


「そうですか」


『俺からヒロオカんとこのカシラに折り返そか?』


 いや、これはもう偶然なんかではない。ヒロオカという名前が一致した。死確者がかけた相手は、向こうの若い男なのだ。


「いえ、ワシが確認しときます」


『そうか。頼むわ』


「それで、今もまだ隠れ家にいるんですか?」


『……なんでそないなこと聞くねん』


「いやぁ……」笑って誤魔化す死確者。


『せや。いつ襲われるか分からんからの』


 死確者の顔から笑みが消える。何もない表情になる。


「分かりました。十分気ぃつけて下さい」


 死確者は電話を切る。


「どうやった?」


「会話が成り立っていた。気持ちが悪いくらいにな」


「なら決まりや」そう発した死確者の表情は苦々しかった。


「何がだ?」私は首をかしげる。


「柳瀬の事務所にがおることが、や」




「まあ、あんなコーヒーの言い方を少し上ずった声ですんのは、世界中どこ探してもカシラしかおらん。けど、電話に出た時は流石に驚いたわ」


 死確者は歩き出す。一歩また一歩と、柳瀬組の組員に詰めていく。


「要するに、ワシが言いたいんわな」そして、柳瀬組の組員の顔の前まで。「なんで、うちのカシラとおのれのカシラが会っとったかっちゅうことや。もっと言えば、んかっちゅうことや」


 彼は、沈黙を貫いた。口を真一文字に閉じて。


 死確者は、はぁー、と深いため息をついた。


「名前なんや? あ、上だけでええで」


 それでも変わらず、黙ったまま。


「その口は飾りもんか、コラァ。ケチケチせんでそれぐらい答えんかい」


 声色を変えて威嚇した死確者に恐々としたのか、柳瀬組の組員は「……わか、ばやし」と口を開いた。


「わかばやしっちゅうと、あれか? 若いっちゅう漢字に、雑木林の林で若林か」


「そう」と強めに言った後で「です」と丁寧語をくっつけた。


 死確者は数回頷き、「あのな、若林君。言いにくいんもよー分かる」と続けてから、眉間を指で掻いた。


「直接にしろ間接にしろ、うちのカシラがしたのは親殺しや。そんなんウチらの世界じゃ、ご法度中のご法度。若林君もこの世界に足突っ込んどるんやったら、それがどんなに重罪か分かっとるはずやしな。てことは、そんなんチンコロしたら、今度は若林君の命が危ない。何より、仲ようなろうしてるおのれのカシラさんは黙っとらんやろ」


「けどな」首を左右に倒す死確者。固まっていたのか、勢いが良かったからか、ぼきぼきと大きな音が鳴った。「今の状況考えてみ。先に心配したほうがええのは、自分とちゃうんか?」


 若林君はまたしても黙り、視線をそらした。


「それにな、もう調べはついとんねん。あちこち走り回って疲れたわ」


 得た情報と状況から推察したことの証拠などを集めるため、あちらこちらへ出向いた。昨日という貴重な一日を全て使って。


「カシラはそちらさんと手を組みたかった。けど、ヤク嫌いのオヤジがいるからの、それは不可能。せやからシンプルに、オヤジ殺すっちゅう策に打って出たわけや」


 首の後ろを掻く死確者。


「オヤジが死ねば当然カシラが後継ぐ。そうなれば、柳瀬と手ェ組もうがヤク売ろうが好き放題できる。んで、シノギ襲ったんは大方、仲ようなることで最低でも組として命令を出したとは疑われへんようにするためと、あまり外に出えへんオヤジを動かして襲う機会を増やすためやろ」


 死確者は推理を展開する。


「オヤジは喧嘩するといつも仲ようなろうとするし、誘導するよりは自ら動いてくれた方が気持ち的な面でも都合ええからな。大方そんなとこちゃうか思ってんねんけど、どや? 当たってるか??」


 若林君は動揺し出した。どうやら当たっているようだ。


「まあ犯人さえ分かれば、細かいことはこの際どうでもええんやわ。あくまで犯人が誰かの確認するためにどこいるかすぐ分かる若林君を、よぉ入り浸ってるパチ屋から誘拐しただけやからの」


 若林君の瞬きが増える。


「喋らんのなら別に必要ない。でもな若林君、そしたら君はもう用済みや。このままバカ正直に帰して、密告なんかされたら逃げられてまう」


「せやからのぉ」と、死確者が向こうを指差した。先には、荒く波打っている海が見える。


「棒の先っちょに付いとるブロックごと落として、底で静かにしといてもらう」


 若林君の呼吸は余計荒くなる。震えも瞬きも、頻度が異常に増える。


「か、仮にですよ?」唐突にがらりと態度を変えた若林君。「仮におたくのカシラとうちのカシラが会って、悪いことでもあるんですか?」


「悪いってお前……」嘲笑うように鼻で笑うと、すぐに無表情になる死確者。小刻みに震えている若林君とは真逆。微動だにしていない。


「好き放題サバキ荒らして、詫びに指詰めた言うて持ってきたんはニセモンって……えぇ? 仲引き裂いたキーパーソンはどこのどいつや、どアホ」


 またしても詰め寄る死確者。詰め寄られるほどに、俯き加減は大きくなっていく若林君。


「もう1回だけ親切に聞いたるわ」死確者は鼻先まで顔を近づけた。「なんで、うちのカシラが、柳瀬のカシラさんと、会っとったんや?」


 死確者は言葉を細かく割り、それぞれの単語をこれでもかと強調する。


「こ」若林君が顔を上げる。「ことを穏便に済まそうと、そちらさんのカシラが動いてくれとったんですよ」


「済むわけないやろっ。こっちはアタマ取られてんやぞ? つくんならもうちょいマシな嘘つけや、ボケ」


「そ、そちらさんが考えてるようなことは、うちらに他意は何もないんですって」


「んなわけないやろ? カシラが隠れ家で身ぃ潜めとる言うて、嘘ついたんやから」


「隠れ家?」若林君は反応する。「もしかしてそれって昨日の……なんでそれを?」続けて、何かに気づく。「ま、まさか、うちに盗聴器かなんか仕掛けとったんじゃ」


「どうやろな……」


 下手くそに、わざとらしくはぐらかす死確者に追求はしなかった。代わりに「とにかく何も知らないんですよ」と主張する若林君。


「嘘つくな、コラァ」死確者は声を荒げ、木を蹴る死確者。しなるように揺れ、動揺を見せる若林君。


「昨日うちのカシラが来た時、『お見えになりました』言うとったやろ、えぇっ?」


 これは、私の聴力を使って確認を取っている。だから、間違いない。


「やっぱり……」若林くんの目が鋭くなる。「あんた、いつの間に盗聴器なんか仕掛けたんや?」


 どうやら誘導尋問だったようだ。罠にかかったことを悔しそうに舌打ちをする死確者。主導権が移ったと感じたのか、若林君の表情から緊張が薄まった。


「そんなん証拠にならへん。それよりかな、盗聴は立派な犯罪や。サツなり何なりにチクれば、自分どうなるか分かっとんのかいっ」


 敬語がなくなった若林君。


「その態度やと、話す気はもう無いっちゅうことやな」死確者はポケットから手を出し、軽く払う。


「あるわけないやろ」なぜか勝ち誇ったように元気を取り戻す若林君。


「しゃあないのー」


 諦めた死確者は背に手を回し、例のアレを取り出す。黒く光るアレだ。

 若林君はまた顔を引きつらせながらも威勢だけは失わず、「な、何や? それで脅そうっていうんか」と口にした。


「せや」


 死確者は真横に向けて、引き金に指をかける。が火を吹く。けたたましい音が空中にばら撒かれる。瞬間、若林君は「ひぃっ」と甲高い悲鳴を上げた。


「オモチャちゃうで」


 死確者は若林君の顎を掴み、口に銃を突っ込む。若林君はあまりの驚きように言葉を失いながら、目を見開く。「言うたやろ。心配したほうがええのは自分やって」


 喉からの声と鼻息を荒くさせる若林君。


「早よ言わんかい。言わんと……」死確者はさらに奥へ。「喉に風穴開くぞ、コラァッ」


 若林君は「んんんっ!」と叫んで、左右に顔を振りって抵抗する。だが、「動くなや。暴発してまうぞ」と死確者から言われ、すぐに動かなくなる。


 だが今、若林君のそばに天使はいない。ということは、これほどまでに脅してるが、殺しはしないだろう。情報を聞き出せたか聞き出せないかは別にして。あと、雨で錆び付いた屋根が上から落ちて頭に当たるという予想外の事故や、本当に暴発してしまうという不慮の事故、はたまた大事な情報を胸に閉まったまま自ら海に飛び込むという自殺も別にして、だが。


「イエスなら瞬きを1回、ノーなら2回。ええな?」


 表情を固めたまま、微動だにしない若林君。


「返事せんか、どアホ」


 より口に突っ込まれたため、慌てて瞬きを1回強く。少しだけだが、顔も縦に揺れる。


「ええ子や」


 死確者は不敵な笑みを浮かべ、少しだけ拳銃の位置を戻した。敵には回したくない、そう強く思わせる悪い顔だ。


「昨日の夜、柳瀬組の事務所にいたんはうちのカシラか?」


 結果は、瞬き1回。


「カシラはオヤジの殺しにも関わっとるか?」


 これも、瞬き1回。


「てことは、カシラが裏切りもんやってことやな?」


 1回。


「カシラ……いや、あいつ以外にうちから関わってるのはおるか?」


 2回。つまり、カシラ以外に関わっている人間はいないということだ。


「殺したんはあいつか?」


 2回。この流れだとてっきりそうだと思っていたのだが、違うのか……


「なら、誰が殺し……あぁ、すまんすまん。殺した奴は知っとるか?」


 2回、の反応に、死確者は眉間にしわを寄せる。


「嘘ついとらんやろな?」と、拳銃をさらに奥へ。 「ほんはにぃ……ほんはにひらんのへぇすっ」と必死に叫ぶ若林君。死確者はため息をついて、拳銃を口から離す。「ほんまにぃ……ほんまにしらんのですっ」だと分かったからだろう。むせる若林君。時折えずき、唾液を垂らしている。


「んで、今どこや?」


「えぇ……?」咳が収まってきた若林君は虚ろな目で死確者を見る。


「今、あいつはどこにおる?」


「し、知りませんっ!」首を左右に小刻みに振る若林君。「ただ、うちのカシラ達と一緒にいるかと」


「根拠は?」


「今日、スポンサーのお偉いさんと会食の予定なんです。それで……」


 枷が取れたようにペラペラと喋り出す若林君。


「なんや、そっちの後ろ盾になっとるカタギと飯食って取り入ろう、言う寸法かい。チッ、つくづく小賢しい奴やの」


 不機嫌そうに片眉を上げる死確者。


「あいつは柳瀬の事務所には」


「おそらく帰ってくるかと」


「何時頃や?」


「21時から23時の間、だと……」


「ホンマか?」死確者はチャカからカチャリと音を鳴らし、脅す。


「早う終わっても20時頃で、そっからスムーズに事務所帰ってきても21時にはなります。なると思いますっ!」


 叫ぶ若林君。あともう一押しすれば、泣き出してしまうほど顔には恐怖が浮かんでいた。


「ありがとな、よう分かったわ」死確者は拳銃を元あった場所へ戻す。「そんじゃ、ねんねしてもらえるか?」


 若林君は顔をこれでもかと歪める。


「お、俺泳げへんのです。せやから……せやから、堪忍してくださいっ!」


 必死に首を横に振り、抵抗する。目からは大量の涙が溢れ出していた。


「安心せい。ねんねはここでや」


 死確者は若林君の顔に1発拳骨を入れ、眠らせた。


 がくりと顔が落ちたのを見て、大きく息を吐く死確者。


「殺さないんだな」私は口を開いた。


「必要ない殺生は嫌いやねん。それこそ、オヤジのヤク嫌いと同じくらいな」


 続けて、「てか、天使がそんなこと言うたらあかんのちゃうんかい」と言われ、私は「それもそうだな。あははは」と笑って誤魔化した。


「笑って誤魔化すなや」


 どこかぎこちなかったからだろうか、いとも簡単に見抜いた死確者はそのまま「よっしゃ。あとは頼むわ」と踵を返して私の方へ歩き出した。


 私は、打ち合わせ通りに事を進めるため、人差し指をくるりと回す。木の棒はコンクリートブロックと一緒にゆっくりと倒れ、仰向けになる。


「用意から何から、天使っちゅうのはホンマ便利な機能持ってんな」


 振り向くと、しゃがんでポケットに手を入れている死確者が不思議そうな顔で見ていた。入れているのは、雨のせいで濡れている地面に乱雑に置かれた若林君の服。


「機能ではない。せめて能力と言ってくれ」


「すまんすまん」


 ポケットから手を出し、違うところへ。どうやら、何か探しているようだ。


「おっ」


 死確者は眉を上げ、口をとんがらせた。取り出したのは、ケータイ。「これやこれや」と満足そうに言いながら、死確者は自身の傘と共に手に持って立ち上がる。


「ま、とにかく、おかげで助かったわ。あんがと」


「いや、これが私の仕事だ。だから気にしなくていい」


「気にするしないやあらへんのや」死確者はその服を持ってこちらへ来る。


「年下でも階級や立場が下でも、やってもらったことには礼するもん。せやから、あんがと」


 寝ている若林君に着させることはできないと思ったのか、全身を覆うように服をかけてあげていた。


「……どういたしまして」不思議と笑みがこぼれた。


「それでええ」


 死確者は満足そうに頷くとその場で傘を広げ、海の方へ歩き出した。ここからだと見えないが、扉の陰に車を停めてある。4人乗りで、私の見た目と同じく全身真っ白。


「これからどうする」後ろをついて行きながら、私は尋ねた。


「決まっとるやろ。柳瀬の事務所前で張り込む。帰ってきたら、若林君同様、口ん中チャカぶち込んで尋問じゃ」


 外に出た瞬間、雨粒が傘に絶えず当たる。雨が勝手に避けてくれる私はそのまま出る。


 死確者は車の近くまで移動すると、上着のポケットから車の鍵を取り出し、スイッチを押した。車はガチャリと音を立てながら、バックライトをチカチカと二度点滅させた。


「ほな、運転頼むで」死確者は助手席へ。


「もし、だ」私はバックライト近くで立ち止まり、声をかけた。死確者は動きを止める。「もし本当に、カシラがオヤジさんを殺害していたとしたら……どうするつもりだ?」


 まだ推定の話なのだ。我々にそのように誘導するために話していたが、結局実行犯だったのかどうかの情報は得られていない。死確定は眉を寄せると、軽く俯き、小さくなった眉間を小指で掻いた。


「それももちろん、決まっとる」と、目を細めて右の遠くを見ると、「けどな」と私を見た。


「皆まで言わすな」


 すると死確者は突然、腕を真横に勢いよく伸ばした。同時に、開放された手から何かが飛んでいく。そのまま何かは、回転しながら綺麗な放物線を描き、海へ落ちていく。


 それが若林君のケータイだと気付いたのは、ボチャンと鈍く重い音が聞こえる寸前のことだった。

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