第2話

「今回は大学教授だよん」


 いつもの場所でいつもの土管の上に座り、私に封筒を渡してくる死神。相変わらず軽い口調である。

 分厚い。ということは、年齢層は高いか山あり谷ありの人生を生きてきたかのどちらかだろう。


「前々のに比べたら、薄いだろ」


「あれは異例だ」私は受け取る。


「まあ、縦に置いて立つなんてのは早々あるこっちゃないよな」


「教授ということは、文系? それとも……」


「残念ながら、それともの方」


 ということは、理系か。はぁ……


 理系の場合、オカルトを信じてない人間、信じていても用心深い人間が多い傾向にある。だが、あくまで多い傾向にあるだけ。近年はオカルトに対してある程度の許容ある人が増えてきたと耳にしたことがある。希望は捨てずにいこ……


「オカルトを目の敵にしてるみたいだから骨折れるだろうけど、頑張れよ〜」


 死神の一言で、私の希望は潰えた。大きく深いため息をつきながら、細かいところに目を通していく。


「あれ、天使に骨はないんだけどな、みたいなこと言わないの?」


 私の真似をするな。


「ねぇ〜」


 無視だ無視。


 なかなか信じない死確者は今まで何人も見てきた。大抵の場合、未練を解消できないまま、の傾向にある。以前担当した死確者も、それにより残念ながら。その人は別にオカルトを信じてないわけではなかった。ただ私を信じてくれなかっただけ。それでもダメだったのに、今回はそれ以上。嫌な予感しかしない。不安しかない。


 あっ、しかもコーヒー好きだ。


「なあ」


「あ?」素っ頓狂に口を開けている死神。


「コーヒ、好きか?」


「好きだよ」


「どれくらい?」


「どれくらいって言われても、うーん……」虚空を見て、数を数え出した。「現世行ったら飲むぐらい、かな」


 えっ!?「そんなに好きだったのか?」


「あれ、知らなかった?」


「全然。なんで言ってくれなかったんだ?」


「そりゃ、訊かれなかったからな」


 体制を倒しながら、後ろに手をつく死神。

 確かに訊いたことはない。というかそもそも、好きかどうか興味がなかった。


「なんで私は嫌いなんだろうか」ボソッと呟く。一応独り言だった、一応。


「別に好き嫌いなんてそれぞれだからいいだろうが」


「そうなんだけどな……」


「まあ、考えられるのは」死神は体勢を起こして、私に上半身を向けた。「甘いものが好きだからじゃねぇの?」


「私もそう思った。だから、以前甘くして飲んでみたのだが」


「ダメだった?」


 私は首を縦に振った。


「量の問題じゃねえのか。ほら、ある程度だったら、コーヒーの苦さが勝つだろ。ちなみにどれくらい入れたんだ?」


「うーん……」今度は私が虚空を見て、光景を思い出す。「液体が消えるくらい」


「……ん? 液体ってのは??」


「コーヒーだ。当然だろ」


「当然なわけねえだろ、パニックだよ」呆れ顔の死神。「あのな、液体の消えたコーヒーはもうコーヒーじゃない。別の何かだ」


「だが、コーヒーは入っていた」


「ほらぁ」指をさされる。「入っていたって言っちゃってんじゃん! 入れ過ぎたあまりに消えて、過去形になっちゃってんじゃん!!」


「だとしても間違いなく入ってはいたんだ」


 ちょっと眉間にしわを寄せてから、死神は「じゃああれだよ。コーヒーそのものが体に合わないんだよ。うんそういうことでいいな、もう」と放った。


「アレルギーみたいなことか?」


「んな感じだ」


 死神の対応が少し冷めたような気がするのは気のせいだろうか。


「結論。お前はコーヒーと共存していけないってことで、ファイナルアンサー?」


 ……ん?


「何だ、ファイナルアンサーって?」


「ああ」小刻みに頷く死神。「いや、分からないんだったらいい」


「いいじゃなくて」そっぽ向いた死神に私が見えるように体と顔を近づける。「ファイナルアンサーとは何なんだ。教えてくれ」


「余計なこと言って悪かったって」


「いや何も悪いことなどないから、そのファイナル……」


 突然、死神は座ってた土管から跳ねた。両足で地面に着地すると、すぐさま遠くへ駆け出した。


「ちょ、どこ行くんだ!? まだ話は終わってないぞ!!」


 声をかけるも聞こえない。後を追おうとしたが、あまりの速さで姿が小さくなっていったため、やめた。あそこまでのスピードだと、走り出したではなく逃げ出したの方が正しいかもしれない。


「彼にあそこまでの力を出せるとは……ファイナルアンサーとは一体なんなんだ?」

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