第4話

 訝しげな目線を向けられたあの店に居続けることは流石に気が引けたのか、「続きは外で」と店を出た死確者。私もついていく。


 時刻はもう13時。往来の激しい大通りから人のまばらな住宅街まで来た。すれ違うのは、杖をついているお年寄りやベビーカーを構えながら井戸端会議に花を咲かす母親たちだ。少ないながらも前から後ろからやってくる途切れぬ人らに遠慮を、いや警戒をしたのか、ほとんど会話の無いまま、淡々と道を歩いていく。


「……さっきの続きだけど」


 死確者が口を開いたのは、ついに辺りに誰もいなくなった時だった。


「私はどういう風に?」


「どういう風に、とは?」


「その……」躊躇っているのか、少し口を閉ざす。「私はどういう風に死ぬの?」


 きた。毎度聞かれる質問、死因についてだ。まあ、気になるのが性分というものだろう。


「申し訳ありません。死因をお伝えするのはできない決まりなんです」


 実のところ、我々天使さえも教えられていない。話によると、口を滑らさぬようとのこと。失礼な話である。まあそこはいい。


「どうして?」


「死を避けられてしまう可能性があるからです」


「死を、避ける?」眉をひそめ、首を傾げた。


 えぇっと……どこからどう言えばいいのだろうか。


「輪廻転生はご存知ですか?」


 ここから話した方が分かりやすいだろう。少し長くはなってしまうが、何事も満足度は高いほうが本題に行きやすい。


「……本当にあるの?」


「ええ。ちゃんとあります。しないと冥界が定員オーバーになってしまいますから」


 軌道修正をしよう。


「人間の方々が亡くなると、皆さん平等に冥界へ逝きます。代わりに冥界にいる死者が転生していきます。バランスを保つために、長く居た順に。しかし、転生ができない場合があります。それが、生前に何かしらの未練が残ったまま亡くなってしまった場合です」


 死確者はこちらに顔を向け、興味深そうに聞き入っている。


「些細な未練であれば連れて行けるのですが、現世との結びつきが強ければ強いほど引き離すことが難しくなっていきます。もし無理に結びつきを解こうとすると、最悪の場合悪霊に変化してしまい、他の死者のみならず人間にまで害を及ぼしてしまうんです」


 基本的に物を触れられないため、死後に未練を解消しようとするには、何かしらの霊的現象を起こすしかありません。ですが、変に霊的現象を起こすと人々は怖がるんです。一番ダメなのはそれを第三者が面白がりもてあそびますと、霊体が怒り、これも最悪な場合、悪霊となってしまう恐れあるため、死後に未練を解消するのは至難の技なのです——というのは、今回は別に言わなくても問題はないだろうという事で省略した。


 それとは別に、何か言い忘れてる気がするのだが、うーん……なんだろうか。


「そのままにするのはまずいの?」


「ええ。転生が滞ってしまうのは、非常にまずいです。何がまずいのかを細かく正確に話すとなると1日では全く足りませんのでここでは省かせてもらいますが、端的に言いますと、食物連鎖と同じなんです」


「食物連鎖?」興味津々、といった表情だ。


「現世では下位層にいる生態が乱れたら連鎖的に上位層の生態系に影響を及ぼしていきますよね。そうなると、下位層にも影響が出てくる。半永久的に巡り巡って、悪影響は大きくなっていく。まずいでしょ?」


「まずい……わね」


「でしょ? そこで我々天使はの未練を解消するために……」


「シカクシャ?」


 あぁ、これか。言い忘れてたことって。


「そのままなのですが、死期が確定した方のことです」


「確定……そもそも死期はいつ確定するの?」


「人によってバラバラです。大抵は半年前だったはずです」


 死確者の眉が怪訝そうに寄った。「なら、もっと早くに来てよ。なんで前日に来るのよ」


「それは至極ごもっともな意見なのですが、私たち天使も何故こんなに近くなってからなのか、詳しく知らないんですよ。というか、教えられていません」


「そうなの?」


「天使というのは冥界では、それこそ下位層の存在でして、言うならば大企業に勤めるヒラのヒラ社員みたいものなんですよ」


「そう……」


「だとしても、釈然としませんよね」私は立ち止まる。「代わりに謝ります。申し訳ありません」


 背筋を伸ばし、手を横にして、深々と頭を下げた。


 死確者も足を止めたのが見えた。


「死期を決めるのは、やっぱり死神?」


「ええ。正確には一部の死神ですが」


「一部?」


「一言死神と言いましても、人間の死期を定めたり、未練がある人の情報を我々天使に配達したり、亡くなった方が迷わぬよう冥界へ案内したりと様々な担当に振り分けられているんです」


「配達ってことは会ったり?」


 ん?


「はい、しょっちゅう」


「へぇー……」軽く数回頷く死確者。「天使と死神って仲良いのね」


 よくこのような現象は起きる。つまり、死神と天使は敵対関係だと思っている人間が大変多いのである。実際は違うのだ。


「特段そういうわけではありませんが、まあ……持ちつ持たれつ、といった具合です。どちらかと言うと、敵対関係にあるのは悪魔ですね」


「悪魔?」


「ほら、対照的な言葉を並べる時に、“天使と死神”ではなく、“天使と悪魔”と言うでしょう?」


「あぁ、そういえばそうね」


 しまった、かなり脱線してしまった。私は多少強引だが、「まあ要するにですね」と話を元に戻す。


「未練解消をして少しでも現世との繋がりを解き、スムーズに冥界へお越し頂けるよう、私たち天使がサポートをする、ということなのです」


 “最期の願いを叶える”と言った方が分かりやすいですかね、と付け加えると、死確者は「そうなのね」と口角を上げた。何故か力なさげだが、良かった。


「では、本題に戻ります。未練はありますか?」




 未練などない——そう応える人も少なからず一定数はいる。その場合、ないのではなく、気づいていないのである。だから、何かきっかけさえ与えれば思い出したり、思いついたりしてくれる。あとは、些細過ぎて本人が見落としている、なども無いことはないが、殆どゼロであるといっていい割合である。


 そういえば以前、未練などないと答えたある死確者から、「1人くらいいても、おかしくないでしょ?」と訊かれたことがある。その時は、状況が状況だったから「皆さん、何かしらあるもんですよ」と応えたが、正直曖昧な中での適当な受け答えだった。

 あくまで今までの担当してきた中にはいなかっただけで、本当はいるのかも……冥界へ案内する死神に引き継いでから、少しずつ不安になってきたことがあった。そこで私は、物知りな死神に訊いてみた。そしたら、まさかの回答が返ってきた。


「1%くらいはいるよ」


 その際、「なら、やることが無駄骨になってしまう、というわけだ」と肩を軽く落とした。


「そう言ってやんなって。何ヶ月も調査して最終的な結論を出すのは、機械じゃなくて俺たち死神なんだ。ヒューマン・エラーならぬリィーパー・エラーだよ。多少は大目に見ろって」


 少し叱られてしまった。「ていうか、俺らは骨ないだろ?」ともツッコまれた。


 あとは、「機械化とかは現世の方が全然進んでるんだから、こっちでももっと」みたいな、いつもの愚痴ばかりだったと記憶している。




 未練があるか尋ねた途端、死確者は表情を曇らせ、俯いた。そして今度は死確者が立ち止まった。私も歩みを止め、視線を後ろに向けた。

 ほんの数秒の沈黙後、決心したように死確者は顔を上げた。


「今死ぬんだとしたら、子供の……息子のことが心残りだわ」


 やはりそうか。


 略歴に“親権争訟中(なお、死確者の方が圧倒的有利)”と記載されていたから、あらかた予想はついていた。

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