第3話

「ほいよ」


 私の主担当である配達課のは、資料を渡してきた。死神は色味が黒いだけで私と同じ格好をしている。異なっているのは、配達課に関した言えば、帽子に配達課特有のバッジを付け、また肩からショルダーバッグを提げているところだ。言うならばそう、郵便局員。


 場所は、いつもの場所。地面の上に軽く見上げる程度の木が1本と三角状に積み重ねられたねずみ色の土管が横向きで置かれていている、空き地だ。頭に例の、と付くぐらいに私と死神にとって、代わり映えのしないいつもの場所となっている。


 空き地の配置や見た目に昔、ドラなんとか、とかいう近未来からきたロボットが主役の漫画に出てくる空き地とよく似ていると言っていた。流石は、若手ながら死神随一の物知りとして名を馳せている死神である。

「帰る前にな心配させまいと、夜中空き地で対決を申し込んでさ、何度殴られても立ち上がって、最後ボロボロになりながらも相手に『負けた』って言わせるんだ。それを見てたロボットに男の子が『僕勝ったんだよ。だから安心して未来へ帰れるだろ』って声かけるんだ。とめどなく涙を流しながらも笑顔で『うん』って返すシーンなんかもう、感涙モノ。涙なしには読めないよ。あぁ、思い出して泣けてくる」

 いっぺん読んでみろという推奨半分、何で読んでないんだよという怒られ半分で言われる。少なくとも、数十回。

 勧めたい気持ちは分かるがおそらく、話したところがかなりの肝心要の目玉シーンではないかと思うのだが、なぜそれを言ってしまったのだろうか。感情高まってつい口から出てしまったのか、性格的な問題なのか、未だに答えは出ない。


 兎にも角にも、そんな思い出の深いか浅いかよく分からない場所で、今日も私は封筒を受け取った。いつも通り、分厚い。手が軽く沈んでしまうほどの重みがある。縦に立つのではないか、そう思ってしまう。


「相手は弁護士先生だとよぉ」


 手ぶらになった死神は脇に置いていたショルダーバッグからカラーボールを取り出した。同じタイミングで、私も封筒から中身を取り出す。


 中身はこれまたいつも通り、死確者の情報が書き連ねられていた。最初は顔写真から始まり、名前、性別、出身地や育った場所、現住所に電話番号、家族構成から関係性、そして死確者個人の人生略歴、その他迅速な未練解消のために使えそうなモノに加え、いつ死ぬかのおおよその推定死亡時刻などの様々な情報が何枚、いや何十枚もの紙に詳細に明記されている。今回の死確者の名は、橋下はしもと佳苗かなえ。女性である。


「相当怖いらしいから気をつけろ〜」


 死神は壁にボールを当てて、1人キャッチボールをし始めた。


「そうか」


 特に怯えることのなく、パラパラと中をめくり、確認を始める。


「あのさぁー」


 唐突な話題転換だ。


「何?」仕方なしに私は返事をする。


「現世では、資料とかをメールでやりとりしてるじゃん?」


「へぇーそうなのか」


 私の反応に、死神は驚いた表情を浮かべてきた。同時に、死神はボールを壁に投げた。だが、先程までとは力加減が明らかに弱くなった状態で、当たっても全然はね返ってこなかった。


「『そうなのか』って……相変わらず現世情報に疎いな、お前は。そんなんじゃ置いてけぼりにされちまうぞ」


 勢いを失ったボールは地面をコロコロと転がってくる。だんだん失速しながらこちらへ向かってくる。


「どこに?」


 足元までやってきた。


「時代に」


 死神は屈んで「よいしょっ」とボールを拾い上げた。


「なら心配いらない。時代は生き物じゃないから、置いていくなんてことはない」


 私は鼻高々にそう応えた。物知りな死神よりも知っていることがあった。


「ったく、天使ってのはどいつもこいつも屁理屈なやつばっかだなぁーっ!」


 死神は投げるのをやめ、バッグに突っ込んだ。屁理屈を言っている気はない。至極当然に本当にそうだろう。


「そこ広げても面倒になるのは見えてるから、話戻すぞ。でな、俺は思うんだよ。冥界でも死確者情報をメールでやりとりできるようになれば、直接天使に送ることだって可能になる。つまり、誰もが幸せになる。最高じゃないか」


「幸せなのは配達担当の死神たちだけだろう。天使には、前後の変化は無いではないか」


「んじゃんじゃ、こちらも言わせてもらいますけどね、俺たちゃこんな分厚い封筒を、わざわざ役所にまで取りに行かなきゃならねえんですよ」


「でもそれは」


 私は、頻度は少ないのだろ、と続けようとした。しかし、「週1とか2じゃねぇぞ?」という一言によって、口籠った。


「ひどい時は1日に10回以上往復してる。10回だぞ!? いい加減にしろって感じだよ。幾ら仕事でも流石にメンド臭過ぎるってのっ!」


 あまりにも不機嫌な表情を浮かべている死神。相当遠いのだろう。私は「大変だな。そんなに家から遠いと」とねぎらいの気持ちを込める。


「いや、歩いて3分」


 私は思わず土管から落ちそうになる。


「なら、ワガママ言うなよ」


「違う違う」死神は手を目の前で左右に振って続けた。「時間とか距離とかの問題じゃないの。ここ」胸の真ん中を軽く叩いた。「気持ちの問題だよ」


「気持ちって……私たちには心臓なんてものは無いだろう」


「味気ないこと言うなよ。例え心臓が無くても、心はないわけじゃないんだ」


「別にあるってことか?」


「俺はそう思ってる。裏を返せば、誰にだってちゃんとあるの!」


「どこに?」


「へっ?」素っ頓狂な返事をする死神。


「どこら辺に心はあるんだ?」


「えぇっと……」


 死神は全身をまじまじと見て、「この辺?」と自身の一部分を指差した。へぇー、初めて知った。覚えておこう。


「てか、場所なんてのはどこでもいいんだよ! それよりも仕事の話。今回は扮していくらしいけど、どんななのだ?」


「そ、そうなのか」私は慌てて資料に視線を落とす。「えぇっと今回は……」


 資料をめくる。確か、死神から始めたものだと言うのは一旦無視して。さて、どこに書いてるのか……あっ、あった。


「離婚の法律相談をしに来た夫、らしい」


 まあどうせすぐに天使だって名乗ることになるから、これはあくまで接点を作るための口実みたいなものだ。となると、今回は特段の事情があるのか。なぜなのかは私は分からないが、必要だと判断したからそうしたのだろう。まだまだ分からないことだらけだ。


「そうそう、思い出した! この法律相談の予約もインターネット使ってやってんだ。てことはだよ、冥界だからってインターネットが使えないことはないんだよ。なのに、天使に渡す封筒は未だ手渡し。やっぱおかしいよなぁ!? あー、話してたら苛立ってきた。今度文句言ってやるっ!」


 死神は「アナログに断固反対っ!」と叫び、腕を高々と上げた。


「まぁ……ほどほどにな」


 私の肩は少し沈んだ。

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