事件編 【憤怒】の殺人者

「あ、日が昇ってきました。雨も止んでます。あとは応援を待つばかりですね」


西木刑事が眠そうに言った。時計を見るとやっと5時だ。


「ああ、この調子なら応援もすぐに来られるだろう。そしたら一眠りさせてもらうか」


郷原警部もフワアと大きな欠伸を一つした。 しかし6時を回った頃、悪いお知らせが郷原警部の携帯へ届いた。メールの文面を読むなり警部は「おいおい…。」と気の抜けたように言った。


「どうかしましたか」


「ここへ来る途中の道が土砂崩れを起こしてて道が塞がってるそうだ。こっちに応援が来るのはもっと遅くなるそうだ」


西木刑事の顔にも明らかに失望の色が見える。まあ、こんな朝早く第三の事件は起きないだろうが二人の刑事はともに昨夜の殺人と今日の徹夜でへとへとだ。しかし何もしないわけにはいかないので一応朝食をとって外へ出てみる。海は昨日と違い、穏やかに朝日を反射している。


「昨日の事件が嘘のようですね」


僕がそういうと

「人の生死に関わらず朝日はいつでも美しいものだ」

と郷原警部が達観したことを言う。


僕たちは三人で地区内のパトロールをすることにした。まずはじめに田島医院へ向かう。


田島医師に話を伺うと刑事たちが帰ってからは特に異常はなかったという。また書斎から持ち去られたものなども分かる範囲では特にないそうだ。洋祐医師は土砂崩れのことを知らずに朝になったので総合病院の方へ向かってしまったそうだ。どうやら総合病院の方に重要な患者がいるらしい。医者になると家族でも死人より生きている人を優先するようになるのだろうか。


 地区を一回りして戻ってくると8時半になっていた。応援はまだ来ない。歩いたせいでまた疲れてしまった。仕方なく僕たちは30分ずつ仮眠をとることにして、始めに郷原警部が床に就いた。


「なんだか、こうして天気も良くなって青空のもとで見る浦鳴の海は一段ときれいですね」


「ええ、事件のことなんて忘れさせてくれます」


西木刑事の言うとおり昨日の無残な殺人なんてなかったよう、海鳴とともに現れた怪物は嵐と共にどこか遠くへ去って行った。僕はそう感じていた。


しかし事件はまだ終わっていなかったのだ。


時刻は9時を少し回っていた。そろそろ郷原警部を起こそうかという話を西木刑事としていた。そこへ集会所に走ってくる者がいた。あれは……谷さんだ。しかし彼の着ているTシャツはなぜか赤いしみのようなものがついている。


「た、谷さん! どうしたんですか。その血は!」


西木刑事が叫ぶように聞く。その声で郷原警部も目覚めた。


「は、えと、これは…あの、私、人を殺してしまいました」


「おい、どういうことだ。何があったんだ。谷さん」


谷さんは明らかに動揺している。というか我々も全員動揺している。殺人鬼による第三の殺人というのならまだ納得できるが谷さんが殺したとはどういう事なのか。


「あ、あの人に事件のことで聞きたいことがあるって。そしたら殺されそうになって…それで揉み合っていて気づいたら、し、死んでいたんです」


「その『あの人』って誰だ!」


察するに第一の事件の第一発見者である谷さんが何らかの理由で犯人に口封じをされかけたに違いない。それに抵抗しているうちに誤って犯人を殺してしまったんだろう。正当防衛だ。


「あ、あ、田島、田島先生です」


現場は地区のはずれの方にある谷さんの自宅だった。中に入ると昨日と同じ血液のにおいが玄関の方までする。谷さんは両親も亡くなり独身なので一人暮らしなのだそうだ。扉を開けると早速ダイニングの真ん中に男が倒れている。後姿だが分かる。確かに田島医師だ。数時間前に彼の家を訪れて会ったばかりだ。その彼がここで事切れているというのはどうも信じられない。


写真を撮ったあと、郷原警部が手袋をして遺体のポケットに手を突っ込んで何やら紙を引き抜いた。開くと例のメッセージだ。どうやら今回も一件目と同じ紙に印刷したものらしい。



憤怒は大罪なり



「憤怒か…。谷さん、あんた何か怒ってたのかい」


「え、いや、別に。あ、あれのことかもしれません」


「ん? 何だね」


「わ、私の母のことなんですが、私の母は父が昔漁をしてる時に事故で亡くなって以来、ずっと女手一つで私を育ててきてくれたんです。でもあるとき体の不調を訴えて田島先生のところへ行ったんです。でも歳のせいだろうと言われて風邪薬だけもらったんです。でもあとでもっと悪化してから総合病院で検査したら末期癌で…結局亡くなってしまったんです。亡くなってから私は田島先生の病院へ行って少し言い争いをしたことがありました」


「なるほど、そうでしたか」


遺体を調べたところ田島医師の死因はどうやら首にナイフが刺さったことのようだ。凶器のナイフはホームセンターなどで買えそうな小型のナイフだ。ここから入手ルートから裏どりをするのは難しいだろうと警部が言っていた。


 事件の状況について谷さんの話をまとめるとこうだ。


今日は日曜なので自宅でゆっくりしていた谷さんのお宅を田島医師が8時半ごろに訪ねてきた。要件を聞くと美海さんの遺体を調べていて気が付いたことがあるので第一発見者の谷さんに話を聞きたいと言われたそうだ。谷さんは彼をそのまま家に招き入れ、さあ話を…となったところ突然ナイフで襲ってきて抵抗しているうちにナイフが彼の首へ刺さったという。それで急いで警察のいる集会所へ駆けてきたそうだ。


幸い警察の応援がもうすぐ着くようなので現場は保存したまま西木刑事が留まって、僕と郷原警部は谷さんを連れて集会所へと戻った。


「それにしても田島さんの孫が犯人だった何てなあ。いったいどうしてあんなことしたんだか」


「そういえば田島医師には第一の事件、第二の事件でアリバイはなかったんですか?」


「んー、どうだろうな。始めの事件もおじいさんの事件も事件が起きた頃は地区の老人の元へ回診する時間だろ」


田島医師は毎日午前中は医院で外来を行い、午後は3時ごろに診療所を閉めて、出歩くのが難しい老人の家を毎日回診していたのだという。


「だから老人の家を回る間を縫ってうまい具合に犯行を起こすのはできたかもしれんなあ」


すると谷さんが聞いてきた。


「あの、第二の事件ってなんですか?」


確かに昨日の夜に起きた幸三郎氏の事件は夜の時点では田島家の周りの家の人ぐらいしか知らなかったので地区のはずれに住んでいる谷さんの耳に届いていなくてもおかしくない。


「実は昨夜ね、田島幸三郎さんも殺されたんだよ。だから彼は実の祖父も手にかけたことになるんだな」


谷さんもそれを聞いて驚いたようだ。


結局この小さな漁村で起きた殺人は犯人が返り討ちに遭い死亡、それで終わりなのだろうか。あっけないと言えばあっけない終わり方だ。


 ほどなくして待ちに待った警察の応援が来た。今朝の事件のことも連絡したためかなり大勢だ。谷さんは改めて聴取されるらしくもう一度現場に連れて行かれた。僕はというとやっとお役御免になったので郷原警部に「本当に助かった。ありがとう。」と礼を言われて再び民宿に戻ってこれた。1日も立っていないというのになんだか久しぶりの帰還のようだ。民宿の家族へは事件のことを少し説明して寝させてもらうことにした。

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