第9話レガシィS402

案の定あれだけの騒ぎを起こし、目撃者も多数いたにも関わらず、一切報道される事は無かった。警察にも追尾される事無く、予定通りに宿に到着。

坂下『これで私達がこっちで何かしようとしてる事は向こうに伝わりましたね。指導員達も少しは楽に動けるはずです。』

玲子『だといいけど…。こっちはもう1人の義理の兄である亮介と、組織の長である義父の菅野を引きずり出して、その裏側にふんぞり返ってる奴等を突き止められれば百点だね。』

坂下『それじゃぁ今夜ご飯食べて、一っ風呂浴びたら出掛けますか?♪』

玲子『そうね。やるなら早い方がいいかもね。』

食事を済ませ、風呂も満喫した。部屋に戻るとスマホに着信があった。前川賢一からだ。

前川『指導員達が動き出した。俺もデカい収穫あったからそれ持って大使館に向かうよぉ。そっちはどぉ?』

坂下『こっちも1人目とは顔合わせは済んだ。美しい姫様と食事して別々の風呂満喫して、これから次の面談に向かう予定♪』

前川『俺は指導員の応援行くから、そっちはテキトーに怪我せんよぉに遊ぶだけにしときなよ(笑)弱いんだから(笑)』

坂下『ぬかせ!中3までは俺が勝ち越してたっつぅの!高校からはお前に指導員が乗り移っちまったから勝てなくなったがな(笑)』

前川『違うだろ?おめーは優し過ぎるんだよ。そーゆートコは指導員に似てるよな(笑)殺そうと向かって来る相手に情けかけて殺されるって間抜けなB級シナリオは要らんからな。』

坂下『大丈夫だよ。だから指導員は俺に玲子さんと同行させたんだろ?俺が死んだら玲子さんも死ぬって事になるからな。』

前川『だな。指導員の気持ち理解してるなら大丈夫だ。玲子さんも血の気多いタイプだから、真由さんと離れてブレーキ効かなくなってるかも知れん。その辺も気を付けてあげなよ?』

坂下『おう。気を付けるよ。お前もむちゃすんなよ。』

前川『あぁ。じゃぁまたな。』

坂下『ん。またな。』

電話を切り着替えを始める。

坂下は防弾効果の期待できるケブラーカーボンの肌着のようなシャツとパッチを着る。その上に今日買い与えられた光沢のある糸でステッチをあしらったトレボットーニカラーの

ドレスシャツ。今どき珍しい肩幅やワタリにゆとりのあるシルエットの黒地に紺色のピンストライプをあしらったダブルのスーツ。

ミリタリーベストは諦め、ショルダータイプのガンホルスターとヒップホルスターにそれぞれ一丁ずつ。さらに革靴ではなくミリタリーブーツを履きブーツナイフの代わりに、フォールディングナックルナイフを挿しておく。他は不自然に着崩れ無い程度の弾丸を持つ。

坂下『玲子さん。防弾スーツだけは着ておいて下さい。』

玲子『解ってるわよ。左腕持ち上げると少し痛くてホルターネックが上手く結べないのよ。坂下結んで?』

坂下『いいですよ。後ろ向いて下さい。』

玲子『…。』

坂下『どうしました?背中向けないと上手に結べませんよ。』

玲子『少し体温貸して。』

返事を待たず坂下に抱きついた。

玲子『スーツ似合ってんじゃん。』

坂下『玲子さんの見立てですから、洋服に着られる訳にはまいりません。何と無く玲子さんに負けた気分になっちゃうじゃないですか?』

玲子『はは。大丈夫。坂下はかなりいい線いってる。いい男だよ。だからちゅーさせろ(笑)』

坂下『何言ってるんですか?(笑)』

玲子『もしかしたらこれが今生では最後のキスになるかも知れねーんだから、ちゅー位いいだろ?減るもんでもねーし(笑)』

坂下『…指導員には言わないで下さいね。』

坂下は玲子の腰を引き寄せ優しいキスをする。唇を放して。

玲子『ありがと。』

坂下『こちらこそ。御前や指導員じゃないですが、玲子さんは本当に素敵なお尻ですね?(笑)』

玲子『しっかり触っとかなくていーのか?(笑)』

坂下『それはまた次の機会に取っておきますよ。さぁ後ろ向いて下さい。結びます。』

玲子『アタシはさぁ…。本当は黒澤や貴方達のように優しくなれない。復讐するつもりはないけど、あの連中が居る限り色んなとこで、色んな人が苦しめられてる。それも一部の人間が贅沢したいが為に、関係無い家族が引き裂かれたり、踏みつけられたり、死んでいったり。それ思うとアイツ等全員死んでもいい要らない命じゃないかって…。』

坂下『その気持ちは解らない訳ではないです。でも実際は至福を肥やしてるのはその組織の上に居る者だけだったりして…。そいつ等を守り最前線で仕事してる人にも待ってる彼女や奥さんや両親居たり、何も知らずに父親の帰りを待つ子供居たり?…好き好んでその業界での頂点目指して就職決めたのはどの位の割合居るのでしょうかね?』

玲子『うん。 学校や育った環境で落ちこぼれて、そのこぼれた連中に手を差し伸べたのが彼等の先輩達で、その連鎖が未だに断ち切れずに続いてるだけなんだろーね。だけど、何度だって気付いてやり直すチャンスはあったはずだよ。恐らく今日のだってそのチャンスになってるはずだよ。きっとほとんどの人は命のやり取りする事無く引退したいはずだもの。それでも組織に残る連中はやっぱりクズだよ。』

坂下『そうかも知れません。でも私は指導員の行いに信念感じてますから、命を取る戦いかたはしません。手足の2~3本貰う事はあっても。』

玲子『うん。アタシは身内の恥でもあるし、場合によっては責任取らせる。罪を償う事を拒否したら裁判待たずにアタシか刑を執行するよ。』

坂下『…その時は私も止めたりしません。ですがどんな手を使ってでも玲子さんは守り通します。菅野を殺る事になった場合は自供も意味をなさない程に証拠捏造した上で私が出頭します。残念ながら玲子さんが殺った事実は世に一切出ません。その覚悟もお忘れにならないように。』

玲子『それはズルいよ…。』

坂下『さぁ。それでは余り待たせたら悪いし、そろそろ行きましょうか?(笑)』

玲子『うん。』

フロントに出掛けることを伝えキーを預けた。駐車場に向かう。

坂下『銃をもった奴等が車を見張ってます。ちょっとの間ロビーでコーヒーでも飲んでて下さい♪』

玲子『1人で大丈夫?(笑)』

坂下『玲子さんこそ(笑)ロビーに居る二人の見張りはご自身で遊んであげて下さい(笑)』

坂下は入り口を出て駐車場に向かわず送迎用のシャトルバスの影に身を潜める。シグを取り出しサイレンサーを取り付けた。

上着のボタンを外しクラムシェルホルスターに挟む。見張ってる連中同士それぞれの死角を見極める。下からタクシーがエントランス前のロータリー目指して上がってきた。ライトが駐車場に当たる。その隙に見張りの裏手に回るルートを確保した。

1人目。背後から忍び寄る。トリガーに指はかかっていない。

鎖骨の括れの上に中斜角筋と前斜角筋の隙間に軽く手刀を落とす。強く打つ必要は無い。角度と打つポイントできまる。彼は構えた銃の重みに耐えられず腕が下がる。地面に着地する前に奪い、失神している男を隠れていた車の後部へ引きずり寝かせておく。

東側の列に潜んでた連中はこの要領で済ませた。自分の車が止まってる場所には身を潜めたまま出て行くのは無理だ。

銃を取り出す。

ゴム弾とはいっても当たり所によっては一生背負う傷になる。再就職に支障出ては気の毒だ。衣類の生地の薄いとこに当たると皮膚が裂け出血もする。顔面はタブーだ。だが屈んで銃を前に構える人間に対しては武力を無効化するのは少々難儀だ。立ち上がって急所を晒して貰う必要がある。

他に見付からず1人ずつ自分が見える場所に移動する。

初弾は足元の地面を狙い撃つ。

気付いて立ち上がるか慌てて尻餅をつく。

極力心臓の位置を1発で仕留める。耳馴染みは無いと思うが、心臓震盪という症状で失神させる。ボクシング等のハートブレイクショットも呼吸や心拍等を読める人なら失神させられる技術だ。

とは言っても1度の心拍で合うタイミングは0.02秒間だけらしいのだが。

まぁそんなこんなやってるうちに何とか現時点では誰も死んでないし発砲もさせずに沈黙させた。

残りはG63の斜め後方に居る車の中に居る。

気付かれ無いように乗り込みエンジンをかける。6輪の車軸は3本。それぞれに搭載される合計で5個のデファレンシャルギアは全てロック可能。簡単に言うとデコボコのきつい場所を走ってタイヤが浮いても、全てのタイヤに駆動力が働き空転しにくいって事。

7速オートマのシフトをリバースに入れ、アクセルを踏み込む。テールランプが光り敵も気付いたはずだが、降りて逃走する者は無く顔を手で覆う者、体を倒し隠れようとする者。車内の後方に出来るだけ下がろうとする者。

搭載される360度カメラで逃げ惑う様子も丸見えだ。

しかし5,5リットルV8ツインターボのパンチ力はすさまじく、車外に逃げる暇も与えられる事は無かった。

まぁまぁ大きな音を立て車高短のスクラップの上に登る。

前進し停車。割れたガラスから1人選び引きずり出す。前席の二人は運が悪く骨折位はしてるかも知れないが、後ろの偉そうな服装してる男は無傷だ。

坂下『カイ君だっけ?』

カイ『はっ…はい。』

坂下『せっかく温泉でゆっくりしたいから連れ回さずに解放してあげたのに。こんな早く戻って来ちゃうなんてさ(笑)君、色々終わっちゃったね。この際だからこっちの提案飲んだら?そしたら終わりかけの人生に少しは延命の可能性あるけど。ただし昼間のあれは…ねぇ?(笑)』

カイ『も…もちろんもう騙し撃ちも裏切りもしません!』

車の衝突音…プレス音を聞き付けたロビーの見張りも様子を窺いに外に出た。

玲子は後を追い後ろから渾身の回し蹴りをこめかみ付近にヒットさせる。

もう1人の男がそれに気付き反撃に転じる。

武器を出すには間合いが近く間に合う距離では無い。潔くタックルを仕掛けて来た。ウェイト差がある以上受け止められるわけが無い。そんな事は玲子も承知であるがかわす気配は無い。回し蹴りの後はすぐ正面に向かい合い、からだを低くした姿勢で突進してくる相手に対して空中転回。その遠心力を利用し踵を脳天に落とした。ミリタリーブーツの重い踵が頭にめり込んだ。実際はめり込んだ用に見えた。右手は地面に付いたが華麗に着地する玲子。

坂下からはその武功は確認出来なかった。

車を停めてある場所に玲子が優雅に歩いて向かう。

玲子『坂下ぁ?なぁに?事故?(笑)』

坂下『うっかりバッグにギアが入ってまして、こうしてお詫びをしてる最中です。』

玲子『今後の保障等詳しいお話し必要ですね。アタシ達の車に乗って頂いて納得して頂けるまで丁重にお詫びして。』

坂下『解りました。さぁこちらへ。』

カイ『か…勘弁してください!だっ誰かぁ警察を…ぐっ!』

坂下が腰を支えるふりで肋骨下の背中に親指を差し込む。

坂下『警察はすでに手配しましたので、皆さんご迷惑お掛けしました。お引き取り頂いて結構です。』

野次馬がおおよそ捌けたところで車に押し込む。

玲子も乗り込み。

玲子『カイ。亮介と菅野はどこ?』

カイ『言える訳ねーだろ?アダッダッダッ!止めて!言う!言うから!』

坂下がデコピンを連打。

赤くなった額があっという間に紫に変色してきた。

坂下『んじゃカイ君ナビお願いね♪』

結束バンドで親指同士縛りあげ、縛った指の内側通して後部座席のグリップに吊るしておく。

坂下『玲子お嬢様。お手間取らせますが後ろでこの方のおもてなし頼めませんでしょうか?』

玲子『丁重に承るわ(笑)で?カイ?』

カイ『兄貴はこの時間は事務所だ。オヤジは自宅に居なければ誰かと会食に出てるはずだ。』

坂下『それではお嬢様。出発致します。』

繁華街の外れに道路に面して奥に細長い敷地。手前は駐車場で向こう側に2階建ての事務所がある。

カイ『駐車場に兄貴の車がある。中にきっと居る。』

坂下『きっと?』

カイ『いや!絶対居る(汗)』

坂下『玲子さん。後ろからショットガンとシェルホルスター取って貰えますか?』

ベレッタSO5と弾が連なるベルトを取って渡す。

ドアをぶち破る為に実弾も用意してきてる。

坂下『二人ともむち打ちならないように、首に力入れててね。』

高速バックで入り口に突っ込む。入り口に立つ門番は横っ飛びで植え込みに頭から突っ込んだ。

坂下『下は任せていいよね?』

玲子『任された♪』

坂下は外に飛び出し2階の窓を撃つ。ガラスを破壊した後は弾をペッパーガス弾に替え、植え込みに倒れてる男の頭部付近を狙い撃つ。入り口の隙間にももう1発。

水包弾に替えて車の屋根に上がり2階から侵入した。近くに寄るものを片っ端から撃つ。射ち尽くしたら岩塩弾に交換。手当たり次第射ちながら奥の部屋に向かう。ディスインテグレイター弾装填。扉の蝶番を射ち壊す。俗称マスターキーってヤツだ。

壊れたドアを力任せの前蹴り。ドアが吹っ飛ぶ。すぐ壁に背中を合わせると敵も発砲。

連射が止んだ隙に中に入る。影から銃床で殴りかかる者が居るが僅かに状態を反らせ、正面を向いたまま裏拳で鼻を潰す。

ベレッタのストラップを肩にかけ、懐からシグを取り出す。問答無用で視界にはいった者の足の甲を撃つ。ゴム弾とはいえ暫く松葉杖か車椅子と親友にならなくてはならない。

正面のデカい机で微動だにせず睨み据えてるヤツが居る。

きっとこいつが亮介。

亮介『入り口は一階にあるんだが、気付かなかったのか?』

坂下『番犬が怖くて勝手口を利用させて貰ったよ。』

亮介『で?用件は?金でも欲しいのか?だったら曜日を間違えたな。週末ならみかじめ料の集金して金庫にも持ち合わせが少しはあっただろうけど、生憎今日はこれしか無いぜ。』

上着を開き内ポケットから財布を取り出し目の前に放り投げた。

坂下『まぁお宅等の命の値段なんてこんなもんだよな。』

拾ってポケットに入れる。

亮介『もう用は済んだんだろ?帰んな。帰ったら毎晩俺達の影に怯えて寝るんだな。』

坂下『いや。用件は別でね。君の弟君の紹介でここまで連れて来て貰ったんだよ。』

亮介『…そーか。てめぇが玲子のツレか。』

坂下『ツレって意味が君の言うものとは違うかも知れないが、俺の…私達の大切な人達で、君達に指一本触れさせる訳にはいかんのですよ。』

亮介『それは聞けねーな。アイツは俺の所有物だ。今日までの事は忘れてやってもいいから、二人を置いて帰んな。足りないならもっと金を用意させるぞ。』

坂下『別に君に何か相談に来た訳じゃないんだよ。今夜のパーティーメンバー足りなくて参加者募っててさ。』

亮介『へぇ~…興味はあるが今夜は都合悪い。また今度に…っつぅ訳にはいかねーよな?じゃぁ行くか?そんな鉄砲向けられてちゃ聞かねー訳にはいかねぇし。』

坂下『何?これ仕舞えば答え変わるの?』

亮介『止めとけ。わざわざ痛い思いする事あるまい。』

シグのマガジン抜き、チャンバーからも抜く。目の前のデカイ机に置き、肩にかけたベレッタもその手前に置く。

亮介に向かい微笑みながら手のひらを上に向け人差し指を2度招く。

亮介は上着を脱ぎプレジデントチェアにかける。ヒップホルスターからグロックを抜き、マガジンを抜いて同じように置いた。そのまま片手を机について飛び越え横蹴りを狙う。周囲で悶絶してる男の中に、懐に手を入れた者が居た。

亮介『手ぇ出すな。少しは俺にも遊ばせろ。終わったらオメー等にくれてやっから、それまで待てや。』

坂下『君にはギャグのセンスは無いんだね。玲子お嬢さんとは偉い違いだ。観客席の御方も自由参加でどうぞ♪』

亮介『舐めんのも大概にしとけ。』

坂下『あ。私は口喧嘩は弱いからその辺で勘弁してね。』

亮介『てめ!』

ファインティングポーズから連打してくる。パリングしながらバックステップし、起き上がろうと左手を床に置き、右手を懐に入れている男に近付き、そのまま踵落としを左手の甲に突き刺す。

体を入れ替えその男に詫びを入れる。

坂下『ごめん。ごめん。気を付けて注意して見てないと危ないよ♪』

他に踞ってる男達は戦意喪失してるが、立ち上がろとしてる者の至近距離に移動し亮介と対峙する。

キック狙いでステップし詰めて来た。坂下はローキックを脛で受け止める。よろけたふりで宙に浮き、起き上がろうとする男に肘を立てて倒れ込む。

坂下『だから気を付けて見ててって忠告したのにさ。』

亮介『その辺にしとけよぉ~!』

脛に仕込んであったフォールディングナックルナイフを蹴ったせいで、足にダメージを受けたようだ。

亮介は素手を諦めポケットからバタフライナイフを取り出す。

坂下『近代化の流れですか?日本のヤクザならそこは短刀でしょう?詫び錆びっていう情緒を大事に出来ませんかねぇ。』

亮介『訳わかんねー事言ってんじゃねぇ!』

坂下『うん。私も訳わかんねーと思うよ。』

亮介『死ねや!』

坂下『やだ♪』

ブーツからフォールディングナックルナイフを取り出し指に嵌める。

亮介はナイフを振り回す。

坂下『そんなちゃちな刃物振り回したところで、薄皮剥ぐのが精一杯だよ。突かなきゃ致命傷は与えらんないって。』

亮介は突きに転じる。

坂下『案外素直なのね?(笑)』

向かってくるナイフを左手で支え右拳で殴り折る。

そのまま顔面にメリケンを打ち込んだ。

鼻血と涙でぐちゃぐちゃになる。

亮介『ぐあっ!』

坂下『どうする?まだやる?』

ナイフを仕舞い、机の上の銃器を元あった場所に戻す。さらにペンを2本取り、亮介の鼻の穴に挿して手前にスナップを利かせて引く。

亮介『ぎゃぁー!』

坂下『折れた鼻を戻してあげたんだから、お礼の1つも言えないとお仕置きされるよ。』

亮介『す…すまない…。』

坂下『私からのお仕置きは勘弁してあげるよ。さぁ行こうか。』

亮介を引きずり上げ歩かせる。

倒れてる男達に顔を向ける。

坂下『君達後片付け大変だろ?どのみち暫く経営者都合で休業するから、このまま帰って今のうちにリクルート活動しとくといいよ。』

捨て台詞に頷いてみせる男達。

坂下『なんか入り口の鍵壊れたみたいだから、こっから降りて。』

2階の窓から放り投げると慌ててジタバタしたが、G63の屋根にすぐ当たり、フロントガラスとボンネットを転がり落ちた。

坂下『君は助手席。早く乗らないと轢くよ。』助手席のドアを開け放ち自分はとっとと運転席に着く。

玲子『間もなくドアがしまりまぁす。飛び込みご乗車はご遠慮くださぁい♪』

亮介『玲子ぉ!』

静かに立ち上がり自分から乗り込んだ。

玲子『お兄様。お久しぶりでなんだけど、両手を貸して下さらない?』

結束バンドを取り出して顔の横でぶらぶらさせた。

亮介は無言で差し出した。親指を縛りカイと同じようにグリップにぶら下げた。

坂下『シートベルトする前に縛っちゃダメでしょぉ?』

玲子『どうせ警察に制止を促されても止まれ無いんだから同じでしょ?(笑)』

坂下『それもそうか。』

亮介『1つ教えといてやる。お前等探してるのはオヤジだけじゃないんだぜ。』

玲子『警察の内部組織の連中でしょ?』

亮介『それ知っててこんな真似してんのか?命がいくつあっても足りねーぞ。』

坂下『命は1人一個でじゅうぶんだよ。君等みたいな悪党なら一個でも余計だ。』

亮介『口喧嘩苦手って言ってたはずなのに、案外やるようだな。奴等がマジんなったら俺等もオヤジも消しに来るぜ。』

玲子『あんた等みたいな小物はただの出汁よ。どうなった所で知りもしないわ。』

カイ『この辺にしとけ。今なら兄貴と俺でオヤジ説得して海外に逃がしてやっから!な?』

亮介『カイ。どうやら手遅れだよ。とっくに奴等の耳に入ってる。コイツ等の別動隊も動いてるらしいしな。そっちが本命なんだろ?』

坂下『カイ君と違って、ほんの僅かにお兄さんの方が賢いようだ。』

玲子『ほんじゃ皆仲良く家庭訪問と行きますか?先生(笑)』

亮介『…玲子…。』

玲子『なに?』

亮介『暫く見ない間に乳育ったな?』

玲子『あんたも前より鼻が高くなって良かったね。』

坂下『久々の対面で心踊るって?会話も弾んでるようだがスタートしていいかい?』

玲子『とっととスタートしなさいよ!』

菅野の自宅に着いた。門番は立って居ない。

寝るにも早い時間だ。

玲子『いつもは帰宅してから寝るまで2階のあの窓の部屋に居るわ。菅野の書斎なの。』

亮介『きっと誰かと会食だな。だいたい日付変わる頃にはお開きだ。ゆっくり待とうぜ。で、帰ったらどうすんだ?』

坂下『家庭訪問だって言ったろう?』

カイ『事務所があんな事になってんだ。帰って来ないかも知れないぜ。』

坂下『帰って来るさ。大勢引き連れてな。私達はさほど驚異と思われて無いようだからな。』

玲子『ちょっと喉乾いたからそこのコンビニで飲み物買って来るわ。坂下もわたしと同じお茶でいいでしょ?待っててね。』

坂下は何かしらの意図を感じたので返事もせず送り出した。

そこには塾帰りか夜遊びか、自転車の篭に学校の鞄を入れ店先でアイスを食べてる学生が二人居た。

玲子『ねぇ君達。お小遣いあげるからすぐそこの家に届け物頼まれて。』

一万円をチラつかせ語りかけた。

学生『もしかして組長の家?』

玲子『そうよ。』

学生『爆弾?』

玲子『んな訳無いでしょ?(笑)このボイスレコーダーよ。』

学生『…いぃよ。』

玲子『前金で払うから、知らないおじさんに頼まれたって会長さんに渡してって伝えて。たぶん出て来るのは奥さんかお手伝いさんのはずだから。』

学生『OK。サンキューお姉さん♪行ってくる♪』

買い物袋を持ち10分位で坂下達の待つ車に戻って来た。

玲子『亮介はブラックのアイスコーヒー。カイは砂糖とミルクたっぷりのアイスコーヒーだよね?』

カイ『良く覚えてたな。』

玲子『小さい頃からあんた達にパシられて、奴隷のように生きて来たからね。』

亮介『俺はそんなつもりは無かったんだがな。』

玲子『会長とカイがやってるのを、黙って見てて好きなようにやらせてた時点で同罪よ。』

坂下にお茶を手渡し、コーヒーにストローを挿してからそれぞれの口元にあてがう。

坂下『門灯が点いた。…?学生?中から誰か出て来たぞ。』

亮介『お袋だな。何か受け取ったようだ。』

玲子『こっち方面を窺ってるわ。慌てて中に入ってく。』

坂下『おそらくは今、菅野に連絡とったな。』

玲子『帰ってきたらカイの出番よ。大事になる前にあんたが説得してみせて。出来なかったら亮介と2度と会えないわよ。』

カイ『何すりゃいいんだよ?』

玲子『アタシと真由と真由の会社から手を引いてと。引いてくれないとすごく困った事になるかもって。それだけ伝えて。それすら出来ないなら死んで。1発だけ弾の入った銃を預けるから。』

坂下『ちょっと。玲子さん。それはダメです。』

玲子『ごめん。坂下。ここは好きなようにさせて。万が一裏切ってアタシ達に銃口向けても1発じゃ二人は殺せない。死ぬ覚悟があればアタシだけは道ずれに出来るかも知れないけどね(笑)』

坂下『…解りました。』

玲子はカイの結束バンドを切りグロックを手に取りマガジンと弾装の弾を抜き、改めてマガジン内の弾も全て抜いて見せた。マガジンを銃に納めスライドを引きイジェクションポートより弾を込め、スライドリリースレバーを押す。

玲子『今度は本当に弾が入ってるわ。使い方は任せる。菅野へ向けるか自分の脳ミソぶちまけるか。若しくはアタシと心中するか(笑)』

ヘッドライトの光りが菅野の自宅に当たり玄関に車が横付けされた。

坂下『帰って来たみたいだ。早かったな。きっと奥さんが連絡したんだな。』

助手席から出て来た男が後部座席のドアを開ける。そこから降りてきた男が菅野だ。助手席から降りた男は荷物を持ち家の中まで同行する。

玲子『ほら行ってきな。』

カイは車の外に出てゆっくり歩き出した。

家の前に停めた車の運転席に向けて手を上げる。そのまま家の中に入って行った。

暫くすると銃声が鳴る。

亮介が振り返り玲子を見た。

坂下『どっちだ?』

玲子『菅野か菅野に付いてるボディーガードがカイを射ったのよ。』

亮介『なぜ解る?』

玲子『夕方カイと会った時にアイツがほざいた言葉を録音しておいたの。それをさっきの学生さんが菅野の奥さんに届けたのよ。』

亮介『オヤジがカイを殺すよう仕向けたって事か?』

玲子『まさかこんな上手く行くとは思わなかったけどね。…実の弟が死んだのにそっけないのね?』

亮介『俺も殺すのか?』

玲子『さぁね…。』

坂下『復讐はしないと言ってたじゃないですか?』

玲子『復讐では無いわ。社会を治療したのよ。あんな癌細胞は無くなって欲しいの。あの男のせいでこれからもたくさんの人が苦しむのよ。なら排除した方がいいに決まってる。』

坂下『それはごもっともですが、その判断を下せる立場に我々は居ません。生かしておけば他の使い道もあったかも知れない。』

玲子『かも知れないわね。だけどその使い道は亮介の方が適役なはずよ。カイの為に命は張る兵隊は0だけど、亮介の為なら体張れる連中は多いわ。菅野もそれは承知してるはず。どう使うにしても餌としてはこれ以上無いはずよ。』

坂下『ですが、私達は命のやり取り抜きでここまで進んで来たんです。玲子さんがそれでは真由さんも指導員の苦労も水の泡です。』

玲子『…。結局アタシも菅野の家に染まってたって事ね…。』

亮介『しかし、これであんた等の思わく通りにオヤジは本気になるぞ。で、当然奴等も何らかの対応してくるだろぉな。俺達と手を切り消しに来るか、それかお前達を消しに来るか?どっちかやらねぇと大人しく潜ってらんぬぇだろぉからな。』

坂下『ん?何か車が来ましたよ。』

シルバーのキャラバンと、それに続いて黒いレガシィ…。

亮介『ウチでやってる警備会社が後始末と掃除に来たんだろ。それと、その後ろから来た車はあんた等が探してる連中の1人だよ。西署の安田警部補だ。ウチの連絡係だ。』

安田の車は夜でもシルエットで違いが解るブリスターフェンダーが装着されている。レガシィS402。2.5リットルターボエンジンの限定車だ。

覆面パトカーの仕様にはなってない。

個人の所有する車のようだ。

玲子『やたら協力的に喋るようになったわね?』

亮介『あんた等がどういった形でもこっちに居る限りは俺もオチオチ眠れないし、商売も出来ないからな。だからとっとと仕事済ませて消えて欲しいのよ。』

坂下『私達が仕事済ませたら君等の仕事に影響するだろ?』

亮介『オヤジの仕事には影響大きいだろうな。正直オヤジ達がやってる事には反吐が出る。…俺達はヤクザだ。時には人を騙し陥れ他人を不幸にする事もある。だがそれも需要あっての話だ。俺達には政治の善悪の判断なんて出来ねぇ。御得意さんが得をするよう交渉事を円滑にするのが役目だ。だがオヤジがやってる事は…まぁいずれ解る。カイもオヤジも俺も誰かの怨みを買って当然。今アイツがここで命を落としたのも必然って事だ。さらにはオヤジもくたばったトコで俺にはどうでもいい。自分が商売出来てウチの社員が食いっぱぐれなければそれでじゅうぶんだ。』

坂下『ドライな家庭だな。亮介さん、君はここまででいいよ。君はこの先私達のやる事には関わるな。病院行って鼻診て貰え。玲子さんもそれでいいですよね?』

玲子『…解ったわ。でもこの先私達に限らず、私達の関わる人達にとって不幸をもたらす病巣になった時は、またあんたの前に現れて排除するわ。』

坂下『その際は当然私も助手として同行しますので(笑)』

ナイフを取り出し結束バンドを切る。

坂下『その辺でタクシーでも拾って病院行っといで。これ少ないけど♪』

ポケットから財布を取り出し、中から紙幣を数枚取り出して握らせた。

亮介『その財布は俺が渡したヤツだろぉ?』

坂下『細かい事は気にするな(笑)』

肩をポンポンと叩いて送り出した。

玲子『とりあえず私達の方は例の組織の入り口が見えて来たわね。』

坂下『あの安田って刑事さんは御前に報告しつつ、私の個人的な知り合いに伺いたててみます。』

玲子『後片付け終わったようね。』

坂下『息子が殺されたんだ。普通はもう少し母親はリアクションしないかい?』

玲子『あの人も何人目か解らないけど後妻なのよ。亮介もカイも母親は違うわ。亮介の母親は私が来る前に対立組織に拉致されて廃人になって帰って来たって。その後自殺したそうよ。カイの母親は逃げたとか海外に飛ばして帰ってこさせないようにしてるとか色々言われてる。なんか他に男作ったって話よ。』

坂下『へぇ~。』

玲子『ところであの掃除屋さん死体どうするほかしら?』

坂下『最近一般的なのはバスタブに水酸化ナトリウム…厨房とかの床掃除や排水パイプ洗う時に使う苛性ソーダ溜めて、そこに漬け込み沸かす感じですかね。太い骨は残りますが、それは後から拾って砕いて廃棄です。』

玲子『一般って…、世間の一般的からは相当外れてる気がするけど。』

坂下『まぁ私達も奴等に殺られたら体験出来ますよ(笑)』

玲子『御免被りたいわ(笑)』

坂下『安田も出て来ましたね。尾行します。』

玲子『しかし公務員って給料いいのね?』

坂下『なぜですか?』

玲子『安田警部補が乗ってるの高いんじゃないの?』

坂下『安くは無いですが、小さなドイツ車買うのとたいして変わらないはずですよ。』

玲子『それでもなかなか買わないわよねぇ。やっぱり給料とは別な収入あるって事よね?』

坂下『あるでしょうねぇ。でもあの位の車ならバレにくい微妙ないい線ですし。』

尾行してると不自然なルートを選択した事に気付いた。ドアミラーとバックミラーに注意を払う。

坂下『どうやら気付かれてました。私達も尾行されてます。』

玲子『それなら尾行止めて宿に帰りますか。また日を改めて署に戻った安田に会いに行きましょぉ(笑)』

坂下『そうしますかね。』

ホテルに進路を変える。

尾行する車もついてきた。安田は引き返す事なくそのまま進んで行った。

坂下のポケットの中でスマホが震えた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る