第7話インディアンスカウト

…『ちょっとお待ちを。失礼承知で申し上げさせて頂きます。そのビモータでタンデムは安全とは言えません。今回は私のと交換して頂けませんか?外国人の私が言うのも何ですが、オートバイは日本製程信頼出来るマシンはござません。今回は私の指示に従ってそちらに乗って下さい。』

奥の電灯が点いた。振り返るとホンダCBR1000RR。

…『ガソリンは満タンにしてあります。こちらも南カスタムですから、そのグローブで起動出来ます。』

黒澤『そこまで御好意に甘える訳には参りません。』

…『しかしながらお乗りになられてたビモータにはタンデムシートが付いておられないようですが。それではご婦人のお尻を納める場所がございません。そのまま乗せるのはいささか気の毒かと。』

黒澤『しかし…』

…『勘違いなさってるようですので申し上げさせて頂きます。南様も私共も日本の警察組織の灰汁を除外したいだけで、私に至っては貴方達には何の思い入れもござません。ツールはより良い状態で磨きあげて使いたい。それだけです。私共に利用されるからにはそれ相応の対応で交通費位は支払いませんと。』

黒澤『何だか押し問答しても敵いそうもありませんね(笑)解りました。交通費お借りします(笑)』手を差し出し握手を誘うが手の甲を取り、上にCBRのキーを乗せられ。その上から握られた。

…『貴方の働き次第では菅野組が仕切る我が国での目に余る犯罪。誘拐や麻薬に汚職等、数々の汚れた人間達に大きく変化が起きるはずです。プレッシャーかける訳ではありませんが、御武運を期待しております。』

黒澤『必ず期待に答えてみせます。』

真由『何か黒澤さん変わって来ましたね。以前はソーシャルスペースでしか会話しなかったのに、今は普通にパーソナルスペースへ招き入れるようになりました。』

黒澤『それって良いことなんでしょうか?』

真由『黒澤さんにとってどうなのか解りません。私はインティメイトゾーンに入りたいとは思ってますけど。』

黒澤『初めて乗るバイクなんで、しっかり掴まっていて下さい。私の動きに合わせて体重預けて。』

真由『解りました。』

エンジンスタート。

ビモータとは違い静かな重低音。

暖気が終わるのを待つ。

黒澤[真由さんはとっくにインティメイトゾーンのど真ん中に居ますよ。玲子さんも。]

真由[やっぱりどこに居ても3人一緒ですね(笑)]

軽く会釈をし、静かにスタートさせる。

低回転でもエンジンにばらつきは無くどこからでもトルクが盛り上がる。

やはり性能だけなら日本車はすごい。

守衛も敬礼して送り出してくれた。

黒澤[会長が入院してる病院に向かいます。すんなり入れないはずなので、今日は周辺の建物から警備の確認を行います。もちろんチャンスがあれば進入を試みますが。]

真由[了解です。]

入院している病院を通り過ぎ、周辺の高い建物を探す。残念ながら見下ろせる程の建物は無い。

正面玄関に向かって向かい側の左手の建物を選んだ。建物の裏手にバイクを停めヘルメットを脱ぎサングラスとマスクを付けた。非常階段にも防犯カメラがある。

真由の手を取り建物内に入る。エレベーターを使い屋上に向かうが外に出られる扉には鍵がかかっている。私のジャケットにピッキングツールが入っている。開錠に20秒程かかった。

真由『そんな事も出来るんですね?(笑)』

黒澤『探偵やってると時々必要になるんです。もっともそれで掴む証拠には法的な効力は皆無です。あくまでも調査上のシナリオを描く目的にしか使えません。』

屋上で身を屈め病院側を眺める。病室が解らないが、警備の厚い所に会長が居るのだろう。

スマホを取って電話する。

黒澤『…南さん。会長とは連絡取れましたか?…それで病室は?…警備は会長側の人間でしょうか?…そうですか。解りました。ありがとうございます。また連絡先します。』

真由『どうでした?』

黒澤『病室は最上階です。この辺りからでは見上げる事になるので確認出来ません。なので下で騒ぎ起こしますので、真由さんはフルオートでアサルトライフルとサブマシンガンの弾が無くなるまで奴等を撃って逃げて下さい。当てる必要はありません。少しでも数減らして貰えれば、病室までの警備は黙らせます。私から連絡あるまで適当にGT-Rでその辺流してて下さい。』

真由『その作戦は聞けません。黒澤さんではなく私が騒ぎを起こす元凶になる方が確率上がると思います。黒澤さんが中に入ったら私も後を追います。中に入った時点で警備の目は私から黒澤さんに移ります。そうなったら援護する者が居た方が効率的です。』

黒澤『その通りですが、それは援護出来る能力がある場合です。振り返ったら真由さんが捕まってたなんて事にでもなったら、恐らく実弾使っての撃ち合いになります。関係の無い人にまで犠牲者が出るかも知れません。』

真由『援護出来る能力…足手まといって事でしょうか?』

黒澤『厳しい事を言うようですが、ここまで連れて来る事を決めた時点で真由さんをどうやったら守れるか、そればかりを考えてます。確かに真由さんは人並み外れた潜在能力はあると思います。ですが磨かれた能力ではありません。真由さんは玲子さんとは違います。玲子さんなら例え相手が男性だとしても五分五分で戦える可能性あります。…今回は一対一の公平な戦いではないのです。真由さんは真由さんの戦う場所があって、撃ち合いや殴り合いは私や他の人達がやります。真由さんの戦いはそのあとです。真由さんが百パーセント全力で戦える場所を作る為にたくさんの人が戦ってます。その前に倒れてしまったら皆の戦いが無駄になるかも知れません。大事なのは身を呈して私を守る事ではなく、私を弾除けに使ってでも敵の大将まで辿り着く。これこそが皆が願う勝利なのでは無いでしょうか?』

真由『言いたい事は解ります…ですが、大きな成果を得るために何かを切り捨てるというやり方は…。』

黒澤『私も逆の立場ならそう言うと思います。ただこれだけは言えます。真由さんが解決すべき問題は私達には解決出来ない。出来るのは会長の意思を伺って、それを社長とより良い方向に導く為の話し合いをする機会を設ける。そこまでです。それぞれがそれぞれの役割を果たしましょう。』

真由『…解りました。』

黒澤『それでは外来終了し会計窓口が閉まる18時位に決行します。暗くなりすぎては誤射の危険もありますから。』

真由『了解です。』

黒澤『それでは一旦撤退します。』

エレベーターに乗り一階に向かう。

黒澤『真由さんはオートバイには乗らないんですか?』

真由『…自転車も乗った事無いので(笑)』

黒澤『あら…』

真由『興味無い訳では無いんですけどね。』

黒澤『じゃぁ全て終わったら運転教えますから免許取ってツーリング行きませんか?』

真由『いいですね♪是非♪』

黒澤『とりあえず今日の所は後ろで感覚だけ味わって下さい。』

真由『はい。』

大きな分岐点に向かう…

その前に保険をかけたかった。

絶対生き残るって。

外に出てサングラスとマスクを外しヘルメットを被る。CBRが置いてある場所まで急ぎ足で向かう。

跨がってエンジン始動。

真由は走り出してもいないのに強く抱きついてきた。

真由『ここで止めて海外で3人静かに暮らすって選択肢は無いのかな?』

黒澤『本気でそれを願うなら出来ない事は無いです。海外で金積めば死亡診断書位手に入りますし。ただし本気でそれを望むならです。』

真由『そうですよね。もうたくさんの人の意志が集まって背中を押してます。立ち止まる事すら出来なくなっています。』

黒澤『人の意思の力を背負うというのは大変な事で、誰しもが出来る事ではありません。』

真由『私の事ではありません。黒澤さんに意思の力が注がれてます。私を守ろうとする黒澤さんを助けたくて南様達は力を貸してくれてるんだと思います。』

黒澤『いいですか。まだ通過点でゴールではないんです。変なフラグ立つ流れ止めませんか?(笑)』

真由『はは…私は何を返せばいいでしょう?黒澤さんのこれまでの働きとこれから起こるかも知れない代償への対価を。』

黒澤『もうだいぶお支払い頂いてますけど、残りの分は考えておきます(笑)』

真由『はい。しっかり考えておいて下さい♪』

CBRをスタートさせた。


前川はどこかに電話している。

前川『久しぶり…。前に聞いてたあれ。…うん。それ俺に試させて貰えないかな?…。ん?今から取りに行くよ。データはそのまま渡す。…それで良ければ。報酬はもちろんアレで(笑)…あぁ。久しぶりに連絡したのに無理言って悪いな。』

屋敷のガレージで装備の確認をする。シグのフルサイズバレルにレーザーポインダー、サイレンサーを捩じ込んだままホルスターに納めた。マガジン数本。音響閃光弾二個。

両脛脇にトンファーをベルトで固定。

ダブルのライダースジャケット、チャップス、カップトゥブーツ。こてこてのアメリカンライダー風な出で立ちで、逆に目立ちそうだ。

マシンはインディアンスカウト。ライバル車よりタンク容量大きく燃費もいいのにパワーも走りにも定評がある。

跨がりエンジンをかける。ガレージ内に重低音が響き渡る。

坂下『そいつの振動で棚の物落ちるから、外で暖気しろよ!』

前川『あっわりぃ!』

坂下『いつも言ってんだろぉが。』

前川『気持ちが逸ってしまってな(笑)…チャップス擦れて傷付くから押すの手伝って(汗)』

坂下『変なとこ細かいし拘るよなぁ…。』

文句言いながらも押すの手伝ってあげる。

外に出て屋敷から少し離れた所でエンジン再始動。

坂下『さっきどこに電話してたんだ?』

前川『君のように暴力に訴えてばかりじゃダメなのよ。その暴力以外を準備中(笑)』

前川『お前が言うかぁ?(笑)…じゃぁそろそろ行ってくるわ♪』

坂下『いつも通りに軽く済ませて無事に帰ってこい(笑)』

前川『あぁ♪』

ゴツン!って音がするフィストバンプ。

前川はインディアンスカウトを自転車でも操るかのように軽々と左右に振りながら門から出て行った。

市街地を過ぎると見覚えのある車のテールがチラッと視界に入った。スマホを取り出し黒澤に発信。

ヘルメット内のマイクに向かって語る。

前川[追い抜いたっす。お先っす(笑)]

返事が返ってきた。

指導員にようやく恩返しが出来る。ずっと引っ掛かっていた。

俺達を助けに暴力団の下部組織の溜まり場に飛び込み暴れ壊滅させた。当時は揉み消せる力もツテもなく地元紙や地方局で報道された。将来有望視されていた指導員がなぜブランクを明け道場に戻って来たか解らないが、戻って来たことでようやくまた海外に行ったっきりの頂点の座を持ち帰る事が出来ると、協会も連盟も期待していた。

なのに俺達のせいでそれが完全に断たれてしまった。

指導員は気にするなと言ってくれたものの、坂下も道場には来なくなった。

俺は指導員の代わりに世界タイトルを持ち帰ると心に決めた。

だが俺も志半ばで国際大会試合中に上腕骨近位端骨折と肩腱板断裂。準決勝で決勝と当たる選手の同門に故意に壊された。

怪我は完治したものの関節が外れやすくなってしまい結局引退を余儀なくされた。

無念で仕方がなかった。荒れこそしなかったものの俺の代わりを育てる為に行き過ぎた指導を指摘され道場から身を引いた。

坂下から連絡を受けたのはその時だった。

真っ暗だった世界に僅かな光をくれた南に指導員に対する恩を返す身代わりにする事にした。

そこで今回の話しが来た。

指導員の為に何か出来る事が嬉しくて仕方がない。

嬉しくてついついアクセル握る手にも力が入る。

思いの外早く寄り道予定の場所についた。

古い一軒家だが、屋根には建物の外観には似つかわしく無いパラボラや、太いアンテナ。電気メーターも勢いよくぐるぐる回っている。

呼び鈴は鳴らさずインターホン風監視カメラに手を振る。ロックが外れる音がしたのでかってに入る。

前川『よぉ~久しぶりぃ~♪』

…『オフ会で会ったのが最後…2年ぶり位でござるか?』

前川『お前も真面目に練習してれば格闘技でメシ食えるし、そこそこ有名にもなれただろ?コンタクトして髪セットすりゃぁ俺よりちょっとだけイケメンなんだからよ(笑)』

…『そんなもんには興味無いでござるよ。拙者は渡世人の生き方よりこっちが向いてるでござる。』

前川『まぁそのお陰で俺も自分の人生の負い目を清算出来る。』

…『それで報酬の件でござるが。』

前川『待ってろ。今電話してやっから(笑)』

…『待て!録音準備するでござる。お願いする台詞はこれで。』

1枚の紙を渡された。

前川『すげーな(笑)んじゃメールするから電話くるまで待っててくれ。』

…『かたじけない。』

暫く待つと電話がなった。パソコンとスマホをケーブルで繋ぐ。

前川『よぉ♪』

…[なぁに?賢ちゃん、これ?]

前川『黒澤さんへの恩返しに必要なんだ(笑)その今やってるヒロイン役の声でお願いしたいらしい(笑)』

…[別に下積み時代はこーゆーのもやってたから別にいいんだけど、黒澤さんへの恩返しってんなら私も本気でやらないとね♪]

前川『よろしく頼むよ。』

…[*$¥&#%+ΦΞΠΛΕδΙ¶〒&▲※*▽▲#%〒★]

…『昇天するでござるよぉ~~~!』

放送コード越えまくりの卑猥な言語を感情たっぷりでプロの仕事をこなした。

彼女は坂下と俺が惚れていた幼馴染。指導員に助けられたあの時の女の子だ。

その後スカウトされ芸能プロダクションに所属したらしいが、本人の希望で女優ではなく声優の道を選んだ。オタクだけでは無く幅広く支持され、アニメだけではなく、洋画の吹き替えもしている。

ここの家主はこの幼馴染がやってるアニメキャラの熱烈なファンでそこら中にグッズが展示されてる。

前川『ありがとう。恩に着るよ。またいつか3人で飲もう(笑)』

…[3人じゃなくて黒澤さんも連れて来て。]

前川『解った。言っとくよ。じゃぁまたな☆』

…[うん。またね。]

家主からUSBフラッシュメモリを渡される。しかもアニメキャラのデコレーションされたスティック。

…『これを挿すだけでOKでござる。それだけで特製マルウェア起動するでござるよ。起動するとその隠そうとしてるワードが入った物を抜き取り、それと同時に空データのデコイをあちこちに飛ばすでござる。ただしホストに繋がってるか、データ入力したPCじゃないと侵入出来ない欠点があるでござる。あそこの会社は一般回線ではなく独自のサーバーで遮断された環境で情報共有してるでござるから。

…難しい事言っても理解出来ぬであろうから、とにかく忍び込んで偉い人の部屋でパソコンに挿すか、セキュリティの分厚いコンピューター室に行くとよいでござる。んで強制的にシャットダウン出来ぬようバイ菌だらけのマルウェアであるから、たくさん抜き放題でござる。はぁ…はぁ…。』

前川『ベルト外すな!変態妄想は俺が出てからな。』

…『データ量にも寄るが、少なくとも10分は挿しっぱなしにしとくがいいでござるな。完了したらこの子が教えてくれるでござるから、抜いたら拙者に連絡するでござる。次の手順を説明するでござる。』

前川『至れり尽くせりだな。ありがとう。感謝するよ。』

…『家宝に値するお宝げっちゅー出来たのだから、これくらいはお茶の子サイサイでござるよ(笑)』前髪の隙間から上げた口角がチラッと見え、サムズアップしてみせた。

前川もサムズアップ。

前川『じゃぁまた後で♪』

…『股…跡…で♪』

前川『…』

外に出てインディアンスカウトに火を入れる。

まだ冷えていない。

スキール音を立ててロケットスタート。

快調に走らせる。

念のため何度も給油に立ち寄る。いざというときガス欠ではたまらない。それと尾行の類いの確認中もしやすい。

【やはり御前の読み通り攻撃に転じるとは思ってもいないようだな】

ここまで来る間、見覚えのあるナンバーで怪しい車両は居ない。

真由の父が居ると思われる会社に着いた。

正面に路駐しヘルメットを脱ぎポケットから封筒を取り出した。

受付の綺麗なお姉さんに尋ねる。

予め聞いていた玲子さんの部署と役職名。

前川『バイク便でお届け物なんですが、御在社でしょうか?直接ご本人にお渡しするように頼まれてるんですが…。』

当然留守である事を伝えられる。

内線で確認中に各フロアに何があるかインフォメーションチェック。警備室の場所。このフロアに居ると警備員の数や立ち位置。

礼を言って再度配達に訪れる事を伝え自動ドアを出た。

建物の裏手に回る。裏手には白衣を着た社員と思われる喫煙者が灰皿の前で紫煙を燻らしていた。

前川は声をかけた。

前川『すみません。携帯灰皿いっぱいで、こちらでタバコ一本だけ吸わせて貰っちゃダメですか?』

…『あぁ…構いませんよ。ツーリングですか?』

バイクのナンバーが地元では無い事を確認して聞いてきた。

前川『いえ。里帰りの途中で。不況でリストラになりまして。早期希望退職の退職金でコイツ買って。』

聞かれてもいない事を同情誘うべく伝えた。

…『なんか悪い事を聞いたゃいましたね。』

前川『いぃえぇ。それよりも喫煙者には生きにくい社会になりましたねぇ。お互い苦労しますねぇ。はは…。』

…『そうですよねぇ。』

前川『大きい会社ですけど、貴方のように白衣でする仕事もあるんですね?』

…『輸入食品も取り扱いますので、細菌とか害虫など色々チェックしなきゃならないんですよ。ほとんどは港でやるんですが、一応加工する前にここの本社の研究室でもチェックするんです。』

前川『へぇ~♪』大袈裟に感心するたいどをみせ火を消した。

前川『それでは休憩中おじゃまして申し訳ありませんでした。』

…『いぃえ。道中気を付けてお帰り下さい。』

前川『ありがとうございます。』

背を向けてバイクに跨がる。白衣を着た男も背を向けて向け鉄の扉の脇にある箱の蓋を開け暗証番号を押しIDガードをかざす。ドアを開け中に入って行った。

【暗証番号とIDカードはともかく、入ってすぐに警備室か…】

その場で待機してると一時間位して先程の男がまたタバコを吸いに出てきた。

前川はバイクの調整してるふりをする。

…『どうしましたぁ?』

前川『いやぁ突然エンジンかからなくなって。買ったばかりでよく解らないんですよ。』

…『ロードサービスかバイクの屋さんに連絡してみました?』

ポケットからスマホ取り出し

前川『かけようとしたら電池切れで(笑)すみませんけど、少し手を貸して貰えませんか?』

…『私は機械の事はあまり分かりませんけど…』

前川『跨がってこのボタン押してセル回して欲しいんです。その間に燃料調整試してみますから。』

どうせ何を言ったところで解らないだろうとテキトーな事を言う。

…『そうですか?』

たいていの男は大きなバイクに跨がってみたい。そんな願望がどこかにある。そこを上手く擽って裏口から遠ざけた。

セルを回すがグローブ装着して無い者ではエンジンはかからない。

行き交う車や歩く人が途切れた瞬間問答無用で背後に周り頸動脈絞める。7秒で落ちた。

白衣を脱がせる。狭い建物の隙間に男を寝かせその辺のゴミで隠す。近くで荷下ろし中のトラックから発煙筒を掠め取り正面玄関近くの茂みに着火して投げ入れる。身を潜めて叫ぶ。

前川『煙だぁ~!火事か!?』

途端に周りはざわめき警備員が駆け付ける。

急いで裏口に周り白衣を着て暗証番号を押しIDカードをかざす。

ロックが開く音が聞こえる。静かにドアを開けると内線の音が聞こえ、警備員の足音がした。足音が遠ざかるのを待って侵入。

表がざわついてるお陰で前川に注意を向けるものは居ない。インフォメーションでチェックした電算室に向かう。

警備員の姿は無かったが、中に入るにはまた暗証番号。さらに指紋認証。ここで時間取られては警備室に人が戻る。監視カメラに映った不審者捕らえに大集合必須。

エレベーターがこのフロアに停まった。

女性社員だ。

私と目が合い訪ねられる。

…『何かご用でしょうか?』

前川『いえ。ちょっと人気の少ないここでコレと待ち合わせまして(笑)』小指を立てて見せた。

…『そうですか。私達は委託されてる身なので強く言えませんが、このフロアには余り立ち寄らない方がいいですよ。要らぬ疑いかけられても損ですから。』冷たく言い放った。

社員ではなく、社外から委託されて来てる専門会社の出向社員か?

前川『そうなんですね。すみません。私も外部からの出向組なもんで。彼女来たら他にすぐ移動しますんで。』愛想笑いで卑屈男を装い頭を下げた。

その流れでポケットから耳栓を取り出して耳の穴に入れた。

女性は踵を返して入り口に向かう。前川を一瞥して暗証番号入力。指先をパネルに付けた。

ドアが開いた瞬間に音響閃光弾を転がし入れる。彼女が中に入りドアが閉まる直前にトンファーを隙間に刺し入れドアが完全に閉じないようにし、目を閉じる。

強い光と悲鳴と軽い耳鳴り。

素早く中に入り中の人間を拘束。彼女の他には中年の男性が1人しか居なかった。

落ち着いてから話せるだけの事情を話す。

前川『10分程我慢して下さい。これ以上の危害は加えない事を約束します。拘束を解いた時点で通報して頂いて構いません。ご迷惑お掛けする事を予めお詫び致します。付け加えるなら、この会社とは契約解除しておく事をお薦めします。理不尽な申し出とは思いますが。』

中年男性『目的の意図は解らんが、下手したら君は逮捕ではなく消されるぞ。』

前川『成る程。貴方はこの会社の黒い部分をご存知なんですね?』

中年男性『全ての機密を守る仕事に従事してるからな。…危険を承知でこのような事をしてるという事か…。』

前川『えぇ。二人の女性の命を守る為に必要なんです。その二人の女性を守る為に命をかけてる男を守るのが私の第一の目的でありますが。』

中年男性『そうか。…真由君と玲子君の為に…。』

前川『えぇ。当然ご存知ですよね。』

中年男性『私は先代からこちらで世話になってる。そこの女性も彼女達には良くして貰って居たようだ。』

…『どういう事ですか?』

中年男性『君は知らない方がいい。』

前川『そうですね。貴女は強盗に襲われた、ただの1被害者…美人被害者で世間の同情誘う役目を果たして下さい(笑)不本意な役処に強制的な飛び入り参加で申し訳ありませんが。』

中年男性『…そのホストから抜いたデータだけでは不完全だ。ちょっと立たせてくれ。奥の部屋に私を連れて手伝ってくれ。』

指示通りに男を抱き抱えピョンピョン移動するのを転ばぬように支えて移動した。

中年男性『机の中に新品のSDカードがある。それをこのPCに挿して、私が言う手順でキーボード操作してくれ。』

目を疑う情報がモニターに出た。

前川『こ…これは!』

中年男性『いつかこれを世に出すと心に決め、今まで社長の指示通りに仕事してきた私の免罪符だ。それをコピーして持っていけ。』

前川『宜しいのですか?貴方もただでは済まない。もうこの業界では生きられませんよ。』

中年男性『構わんよ。このままこの社会がまかり通ってしまえば、私の子供も孫も汚れてしまう。それがツラい…。』

前川『すみません。ご迷惑お掛けして。貴方のような方に出会えて良かった。この会社は全てが汚れていたわけでは無かった事を確認出来ました。』

中年男性『さぁそろそろ向こうも良かろう?とっととフラッシュメモリー抜いて、このカードも持って脱出しろ。タイムラグがあると怪しまれる。部屋から出たらすぐに通報するぞ。いいな?』

前川『はい。結構です。』

中年男性『武装した私服警備員も居るから気を付けてな。』

前川『存じ上げてます(笑)』

奥の部屋からまた中年男性を抱きかかえ、元居た場所に座らせる。

前川『すみません。お嬢さん。最後に1つお願いします。』ナイフを取り出し拘束を解き、ナイフを手渡す。

フラッシュメモリが光る。モニターに美少女アニメキャラが現れた。『ダーリン終わったっちゃ!』

【古っ!!】

前川『このナイフで脅されたと警備員伝えて下さい。そのコンピューターに何かしてたようだと。私が出たら上司の拘束も解いてあげるのもお願いします。で、ドアロックの解除もお願いします。』

…『わ…解りました。』

前川『怖がらせた上に嫌悪感植え付け、更に非礼の数々お許し下さい。それではもう会うことはありませんが、美人さん。お元気で。』ドアが開いたと同時に飛び出す。エレベーターのボタンを上下とも押し非常階段の手摺を飛び越えながら下りる。二階と三階の間の踊場手前で一階の扉の開く音がした。

二階で非常階段を出る。このフロアは一階からの吹き抜けで応接室しかない。

エントランスから続く階段とエスカレーターを制服着た警備員と私服警備員が駆け上がって来る。制服組は通せんぼのように両腕を広げて迫ってくる。私服組は特殊警棒を伸ばし臨戦態勢。懐の膨らみからすると拳銃も携帯している。

制服組を床をスライディングしながらやり過ごし、膝下のベルトのマジックテープを剥がしトンファーを取り出す。

1人目の私服組が振りかざす警棒をトンファーで叩き飛ばし、遠慮無く鼻を潰す。鼻を攻撃されると涙で目が開かない。開けられても滲んで照準を合わせられなくなる。

次の男は警棒を前に出し防御の体勢。構わず突進し上に注意を集める連続攻撃しつつ、軸足狙いで足の甲をトンファーで潰す。

これも相当悶絶する。大抵のエンジニアブーツの類いは指先しかガードされてないのがほとんどだが、足の甲を潰されると指先と違いジタバタすら出来ず転げ回る。

前からの敵はやり過ごせた。正面入り口には先程のボヤ騒ぎで人が大勢居る。入ってきた裏口に向かう。幸運な事に警備員室にはまだ誰も戻ってきては居なかった。

外に飛び出して白衣を脱ぐ。

建物の隙間に放置した男を起こし、借りた白衣とカードを返す。

何が起きてるのかなかなか理解出来て無いようだが、ヘルメットを被りエンジンをかけた。音にびっくりした反応を見せ、虚ろだった瞳孔がはっきりと私に対して焦点が合う。

前川『ごめんね。』

捨て台詞と共にアクセルターンでバイク向きを変え走り出した。

あれだけの騒ぎだったのだ。誰かが通報したのであろう。消防車や救急車にパトカーも何度か擦れ違った。

ルートを変えつつNシステム避けながらヲタの基地へ向かった。

到着。エンジン停める。直後にロック解除の音。そのまま中に入る。

…『一瞬ボヤ騒ぎがネットに上がったが、すぐに報道規制でニュースにもなっておらんでござる。』

前川『結構派手にやったつもりなんだがな(笑)』預かったフラッシュメモリーを渡した。

…『特製マルウェア解析されてはたまらんでござるから、必要な部分抜いてそれを渡すでござる。』

前川『手間かけてすまんな。』

…『ここのPC汚染させる訳にはいかんので、こっちについてくるでござる。』

押し入れに穴が掘られ昔の消防署で使っていた滑り棒が刺さっている。周りもモルタルで補強され、本当の秘密基地のようだ。

到着した先で電灯を点けるスイッチの音。

辺りが明るくなった。

!!

宇宙戦艦の艦橋っすか!?

しばし呆気にとられていると、マシーンに火が点る。

…『さささ。何をしておる。こちらに来られるでござる。』

前川『あっ…あぁ。』

鼻歌混じりで作業進めた。鼻歌は某ボカロのヒットソング。

…『これをこーして♪ほい♪欲しいデータはこれでござるな。一応偽の空データは世界中転々し続けるデコイだから、消去するには次に飛ぶ前に拾って潰すを繰り返し作業する羽目になるでござるな。』

前川『ありがとう。』

…『拙者クラスが1人で作業したとして、2週間はかかりきりになるでござる(笑)』

前川『すまんけど、これもコピーしてくれないか?全部で3つ頼みたいが。報酬は…』

…『結構でござる。さっきのお宝は一生仕えるだけの価値があるのでござる♪賢ちゃんをご主人様と呼んでよろしいでござるか?』

前川『本っとぉに勘弁してください。何でもしますから(涙)』

前川&…『あっはっははは。』

…『さぁ急ぐでござるよ。時間の経過と共にお仲間の危険が増すでござる。』

前川『本当にありがとな。また遊ぼうぜ♪ところで入り口はあそこだけか?』

…『それは言えないでござる(笑)』

SDカードを受けとり滑り棒を登る。

外に出てお屋敷に戻る為に爆走した。

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