第6話
彼女と共に病院へと行った次の週の火曜日。放課後の部室。いつもなら彼女が先に部室に居て読書をしているのだが、今日はまだ彼女の姿はなかった。
たった一人いないだけで、不思議と部室が広く感じられる。
きっと何かしらの用事があるのだろうと、一人パイプイスを広げて読書を始めることにした。
しかし、上手く活字の世界に入って行くことが出来ない。いつもなら視界の端に彼女の姿があったのだが、今日はそれがなかった。まるで片腕を無くしてしまったかのような違和感で、妙に落ち着かない。
それでも他にやることはなくて、とりあえず文字の集合に目を通す。
時折前のページを振り返りながら、少しずつ小説の物語を進めて行く。
時計の秒針が鳴り、どこかから吹奏楽部員の吹く楽器の音や、グラウンドから聞こえて来る掛け声が遠くで響く。
いつもならばそこに彼女が小説のページをめくる音が不規則に入り混じるのだが、今日その音はない。
そういった音たちは、いつもならば心地よく遠ざかってくれるのに、しかし今日は一向に僕のすぐ背後にあった。
意識は自然と部室の扉へと向けられて、ついには小説を閉じてパイプイスの背もたれに体を預けていた。
ミシリ、と錆びたパイプイスが軋む。
時計は針を進め、十八時を示す。
結局、今日彼女が部室に来ることはなかった。
机の上に置いた小説を鞄の中に仕舞い、一人で立ち上がって、一人分のパイプイスを片付け、一人で夕暮れに染まった廊下を歩く。
ポケットに仕舞った携帯電話を取り出して、校門を出るまでの間逡巡した後、「今日はどうかした?」と彼女に向けてメールを放った。
これまで、何も言わずに何も連絡をせずに彼女が部活を休んだことはない。風邪を引いて学校を休み、部活には出ることが出来ない時は必ず連絡を入れてくれていた。
何かあったのだろうか。真っ先に思い浮かんだのは、先週の出来事のこと。彼女のおばあさんのこと。
彼女は「もうじき旅を終えるのよ」とそう言っていた。
自分で言うのも可笑しな話かもしれないけれど、僕は勘が良い方だ。人一倍傷つきたくはないから、人一倍人には気を使っている。
トボトボと歩いていると、自宅にたどり着く前にメールが帰って来た。そこには「大丈夫。少し急な用事が出来て学校を休んだの。もしかしたら今週は学校へは行けないかもしれないわ」と書かれている。
大丈夫という言葉を、彼女はしばしば自分自身に言い聞かせるように使うことがあって、きっと今回はそういう使い方をした大丈夫だろう。
僕はそのメールに対して、「前も言った通り、我慢しなくていいんだよ」と言葉を放つ。
彼女から電話がかかって来たのは、そのすぐ後だった。
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