四条﨑ストーカー殺人事件12
見知らぬ四条﨑の地を一人で歩くには少し不安があった。今回は常時連絡が取れて非常時に合流が可能な仲間というのが極端に少ない。湊を外に連れ出すわけにはいかないし、自分が外に出ている以上、僚も外に連れ出すわけにもいかない。悠吏に関してはおそらく下手に行動を共にしない方がいいだろう。いくら怪異対策室の「協力者」という立場とはいえ、それは九ノ宮に限られた話。連絡を取るにしてもメールやチャットがせいぜいだ。
「やっぱり一人だとどうにも……難しいな」
普段の職務では二人一組で行動するのが常だ。一人が怪異にまつわる情報を掻き集め、一人がその情報を頼りに怪異の居場所を特定、そして怪異祓いを行う。それが
とはいえ、退魔師として目覚めてまだ日の浅い出雲に求められているのはそれら全てではない。あくまで湊の護衛。あまり湊の側を離れるのは好ましくないが、被害者の関係者でも警察関係者でもない立場だからこそ出来ることもある。
「ここか……」
久野芸術大学。一連の事件の被害者たちが通う大学を前に出雲は溜め息を吐いた。よく考えてみれば分かることなのだが、休校なのだ。人がいるはずがない。
「やらかしたな」
ガリガリと頭を掻き唸る。ここまで来て引き返すには時間が惜しい。ところどころ教室の明かりが見えるので誰もいないわけではなさそうだ。ならば湊や啓二の知り合いを装いそれとなく湊がストーカーと呼ばれている理由を仕入れることが出来ればそれで良い。
意を決して校内に足を踏み入れ、出雲はあちこちを歩き回りながら湊が始めに忘れ物を取りに行こうとした教室を目指す。結局、室内にいた啓二たちから逃げたせいで肝心の忘れ物を持ち帰ることが出来ずに、こうして出雲に頼んでいたのだ。
「んー……ここか」
スマートフォンに送られたメッセージと見比べながらその扉を開く。中に生徒がいなかったのは幸いだった。
湊が忘れたというそれはランチバッグのようなもので、手に持つと想像していたよりもずしりとした重みを感じ、思わず目を丸める。
「あれ、きみも休校忘れて来たクチ?」
目的は果たしたのでそろそろ次の教室へと向かおうとしたところで背後から声が聞こえた。咄嗟に湊のバッグを隠しぎこちない笑みを浮かべる。
「しっかし驚いたよね。こんな田舎町でまさか二人も殺されるなんてさ。俺なんて、二人の友達で腐れ縁だったのに、まだ実感ないの。信じられなくて」
「あ、ああ。俺まだここに入ったばっかりだから殺された二人の事よく知らないんだけど、びっくりしたよ。まさか一ヶ月もしない内にねえ……」
「ああ、後輩くんか。って事はここの人間じゃないんだな」
「でもまあ、あんまり大きな声じゃ言えないんだけど真壁が殺されたのもなんか……納得っていうか、分かる気するよな」
「と言うと?」
「きみは知らないかもしれないんだけど、啓二って最初に殺された七枝ちゃんと付き合いはじめてからおかしくなったんだよね。昔は確かにやんちゃではあったけど、人の事いじめるような奴じゃなかったし、むしろそういう事許すような奴じゃなくてさ」
啓二とは中学校時代からの同級生だという
そうしている内に今度は七枝が誰かの視線を常に感じるようになったと周囲に相談を始めた。啓二には相談しなかったようだが、数日もしない内に人づてに彼の耳にも入りストーカーがいると騒ぎ立てていたようだ。
「そのストーカーってのは?」
「坂祝だって噂だけど、実際どうなんだろうな。あの子そんな事するような奴に見えないしさ」
「でも実際、啓二とか和良とかが交代で七枝ちゃんにストーカーが寄り付かないようにって家まで送ってたみたいだけど、そこで湊見かけたって言うじゃん」
「和良?」
「あー、俺と啓二と七枝ちゃんと中学校の頃からの同級生の男だよ。
「悪ィな。こいつおしゃべりで話し出すと止まんなくてさ。おら、後輩くん困ってんだからさっさと行こうぜ」
「ああ……そうだったな。それじゃあバイバイ」
質問をする暇すらもらえずに喋り倒していた丈人だったが、おかげで気になる情報がいくつか見つかった。まず一番重要であろうのが朝田和良という男だ。彼から話を聞くことが出来れば、ストーカーについてもっと詳しく話が聞けることだろう。もっとも、友人を二人も亡くしている彼と顔も合わせたこともないような自分が話が出来るか、という問題もあるのだがそこは悠吏に頼むしかあるまい。
「……さて、どうするかな」
腕時計を見れば時刻は午後六時を回ろうとしていた。思いの他時間はかからなかったが、それでももう辺りには街灯が灯り始めている。ひとまず悠吏に先程得た情報をまとめてメッセージを送っていると、僚からのメッセージ通知が見えた。送信を終えそちらを見ると、短く卵と鶏肉と米を買ってこいと書かれていた。
「スーパー……どこだよ」
こちらも短く返事を返しそのまま周囲のスーパーの検索にかかる。どうやら湊の住んでいるマンション近くに一つあるようで、そちらに回って帰ることにした。地元にもあるチェーン店のスーパーなので見知らぬ店に入るよりも品揃えが同じなので迷う必要もない。
数十分もかからずにスーパーへと足を運び頼まれたものとその他に飲料を探していると、視界の隅に見覚えのある赤い髪がちらついた。
「あ、やっぱりさっき病院で会った人だ」
声をかけられ、何やら悪寒が走るのを感じた。
「えっと……」
「あっ、俺篠田浩樹って言います。さっき病院で湊と一緒にいた人だよね? あの時は本当にごめんね。止めたんだけど、いつの間にかあいついなくなってて」
「いや、俺は別に」
「随分と仲が良さそうだったけど湊の友達? それとも……警察の方?」
「……ただの友人ですよ」
「そうなんだ。にしては……いや、やめておこう。さっきも言ったけど後日お詫びに行くからその時はよろしくね。ええっと」
「……早川です」
「ああ、早川くんね。覚えておくよ」
握手を求められたが両手が買い物かごでふさがっていることをアピールすると、浩樹は慌てて両手を合わせ謝罪の言葉を述べた。
手を振りニコニコとしながら去っていく浩樹の背を見送り出雲は唸る。咄嗟に偽名――というよりは母親の旧姓を名乗ったのは彼に対する不審感を自分でも感じたからだ。おそらく自分が篠田浩樹という人間が人間ではないと気付いたように、向こうも出雲が退魔師という存在であることに気付いたことだろう。だが、それにしては人間でありすぎるのだ。
怪異でありながら、それを悟られないよう精巧に人間へと化けている。そんな芸当が出来るのは、よほど強い力を持った怪異だけだ。
「……これは一筋縄じゃ行かないんじゃなかろうか」
ポツリとひとりごちて足早に会計を済ませて病院への岐路を急ぐ。
「早川、ねえ。あの刑事といい、九ノ宮の退魔師は美味そうな奴がいっぱいだ。ねえ、彼らも食ってしまおうか」
その背をおぞましい姿の獣と青年が見つめていたことを、彼は知らない。
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