四条﨑ストーカー殺人事件07
深夜の病院というのは外から眺めているだけでも妙に緊張してしまうものだ。当たり前といえば当たり前なのだが中に入る手立てはなく、誰かが中から出て来るのを待たなければならない。だが日付が変わって中途半端な時間に退勤して出てくる職員がいるのだろうか。さすがにいないだろうなと自答し帰ろうとしたその時だった。
職員用の通用口が開き、一人の男が出てきた。悠吏は帰りかけていた足を止め、急いで男に駆け寄る。
「すみません、警察ですが少しお話を……」
顔を上げた男と目が合い、両者ともにポカンと口を開けたまま固まる。
「……警察の方にお話出来るような事は何もありません」
先に口を開いたのは男だった。身長百八十を超える悠吏より少し背の低い男はなんとか目を合わさないよう足元を見つめたまま答える。
「……怪我の具合とかは」
「そこまで酷い怪我ではないです。けど、程度の問題じゃない。精神的に、だいぶ参ってる」
「……そう」
「もう、行ってもいいですか? 着替えを取りに帰らないと」
目を合わさないままの男は軽く頭を下げ会話を切り上げようとするが悠吏はそれを許さず、一歩を踏み出した男の行く手を遮る。
男は小さく舌打ちを漏らし、ようやく顔を上げ悠吏を睨みつけた。
「まだ何か」
「急いでるんなら送っていくけど」
「こうしてお前と喋ってる時間が一番無駄だよ、悠吏」
「じゃあ車まで歩きながら話そうか」
何をしても解放してくれないと悟ったのだろう。溜め息を吐いたり舌打ちを漏らしながらも悠吏と共に歩き、彼は助手席に座った。
「さて僚くん、誰に聞かれるでもないわけだし湊の具合について教えてもらおうか」
カーナビに自身の借りるマンスリーマンションの住所を打ち込みながら
「さっきも言ったが酷い怪我というわけではないよ。全身を強く打ってるみたいだけど、あまり大きな傷は見当たらない。多分、怪異に襲われたのか? 人間じゃなくて怪異に襲われたのが幸いしたのかな。ただまあ、左腕は折れてるだろう。これは今検査してもらってるから結果待ち。」
「そう。命に関わる怪我じゃないのなら良かった」
「ああ、体の方は問題はない。だが……ここのところ、湊の周りで色々と起きすぎたようだな。直接話したわけじゃないけど、友達だと思ってた奴に陰湿な嫌がらせ受けてたらしいし精神面が危ういな」
「その話は誰から?」
「……上島七枝。先日亡くなった女性」
思いがけない人物の名に悠吏の眉間に皺が寄る。
上島七枝は自分の恋人である男が湊に悪質とも言える嫌がらせをしていたと周囲に言いふらしていたのだろうか。だとすれば何故誰も止めなかったのかが問題であるし、七枝自身も何故そんなことをしたのかが分からない。
問題の一つも解決しないどころか増えるばかりの問題に悠吏は軽い頭痛を覚える。
「上島が亡くなる数日前に具合が悪いって病院に来て、一度診たんだ。その時にどうやって調べたのか俺が九ノ宮から来たって知っていて、湊を知っているか訊かれて、助けてあげて欲しいと」
「いじめの件で?」
「多分。湊自身にも伝えたけど、あまり信じている風ではなかったらしい」
「まあそうだろう。大体そこまで知ってるならなんで止めてくれないんだって思うだろうしね。彼女は全くの他人じゃない、何せ真壁啓二の恋人だったんだから何か一言咎めることは出来ただろうに」
もっともそれを許さない何かがあったのかもしれないが、当事者の二人に何も聞けない状態である今、憶測で話したところで真実は分からない。
「しかしまあ、僚くんがいるなら心強いな。もう一人助っ人は呼んだけれどもきみがいるなら僕は捜査に集中出来る」
「俺は何にも出来ないぞ」
「湊の側にいるだけでいい牽制になるよ。相手は獣だ。自分より格上の相手がいればビビって手出しはしてこないだろう。ここまで弱らせた獲物を前に手を出してこないはずがないからね」
僚の足元を指し示し、悠吏はニヤリと笑う。対する僚は一瞬だけ眉をつり上げたが、すぐに視線を窓の外へと向けてしまった。
「だといいがな。俺は着替えだけとったら病院戻るから部屋は好きに使えばいい」
「ああ、助かる。助かるついでに一つ、頼まれてくれるかな」
「……俺に出来る事なら」
「犯人はまた、必ず湊を狙ってくる。だからなんとしても湊を病院に引き留めて欲しい」
「病院嫌いなあの子が留まってくれるかね」
「そこをなんとか頼む。さっきも言った助っ人が来るまででもいい。一日だけでもいいから誰も迂闊に湊に手を出せない状況を作る必要がある」
「まあ、一日くらいなら治療もあるわけだしいけるだろう。分かった。その代わり、事件の早期解決を頼むよ。俺も再来週には九ノ宮に帰るから」
「任せろ」
マンションに着き、ボストンバッグに着替えを詰めて戻ってきた僚を病院まで送り届け、悠吏は再び来た道を引き返ししばらくの間の拠点へと戻る。
部屋に着いてまずノートパソコンを立ち上げ、その間に電気ケトルの電源を入れた。
簡易的な報告書に今日の顛末を打ち込み怪異対策室宛にメールを送ってようやく一息がつけた。とはいえ、明日も早いのだ。シャワーを浴び、コーヒーを飲み、布団に入る頃には時刻は二時を過ぎている。この時間ではニュースもやっていないことだろう。ニュースチェックは朝に回し、悠吏は眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます