第16話「イビル・オリジン事件、収束」

 そして。イビル・オリジン事件、その最後のピースがはまる時が来た。

 山下ゲンスケはカオスハート、アメイジング・フォックスを纏ったままイビル・オリジン――或いは神崎カイの前に立った。

 神崎カイと思しきソレは、黒き影で形成された獣の様なオーラを纏っていた。その姿は、偶然とはいえアメイジング・フォックスと似通っている。

「よ、元気か? って、んなわけねーか」

 ゲンスケはカイに対して気さくに語りかけた。だがカイは唸り声をあげるだけで、会話をしようとしていなかった。……そもそも、それが普段の神崎カイであるのかどうかすらわからなかった。

 ――だがゲンスケはそれをアメイジング・フォックスの解析能力によってある程度察していた。

 ただ唸るだけのイビル・オリジンを前にして、ゲンスケは真実を告げた。


「つまりお前さんは、こっちのカイじゃなくてあっちのカイってワケだよな。――〈前の宇宙〉で生まれる前にイビル・オリジンの手で殺された、神崎ツヨシの子ども。神崎夫婦の第一子――お前さんはただ、……ただ生まれたかっただけなんだよな」

 唸るだけだったイビル・オリジンが、言葉を発するそぶりを見せた。

「気付いたのか、ゲンスケ」

 瞼を閉じ、ツヨシが口を開いた。ゲンスケはそれに無言で頷いた。

「なあ――イビル・オリジン。お前さんが宿主にした存在は、確かに隠れ蓑にはちょうど良かったのかもしれねえ。しかも幸運なことに、ツヨシさんはお前がカイでもあったために殺すことができなかった――だが、」

 イビル・オリジンが、獣の様な鋭い目を黒き影に表出させ、ゲンスケを睨んだ。

 その上でゲンスケは、更なる言葉を投げかけた。

「――だがお前は知らなかった。お前は人の悪性、その集合体であるがゆえに、その存在を――その概念を知らなかった。……赤子の、善も悪も定まっていない『純粋さ』をな」

 タケルが、カヨが、そしてソウエイさんが――ゲンスケの言葉に息を呑んだ。

 そう、イビル・オリジンは、善にも悪にも染まっていない純粋さ――それに逆に飲まれたのだ。ある意味で、その時点でイビル・オリジンは融合者のような状態になっていた。そして、悪だけの存在ではなくなってしまった時点で、イビル・オリジンには致命的ともいえるエラーが発生した。……自らの存在意義が揺らいだのである。最早イビル・オリジンは悪だけではなくなってしまった。悪に対して、無色透明な心が混ざりこんでしまったのだ。――その結果イビル・オリジンは、自身の存在意義を再定義したのだ。それによってようやく、形だけはイビル・オリジンとしての役割を果たすことができるようになった。

 ……だが、人の悪性で世界を浸すという存在意義は書き換わってしまった。それは機能の一つにまで堕ちたのだ。それは最早手段でしかなかった。目的地は、本来のイビル・オリジンからは大きく外れていた。その最終目的地は、純粋無垢な――そして未だ生まれ落ちていない赤子の持つ目的へと書き換わったのだ。

 そう、それは――――――

「――生まれたい、そして生きたい。それが、イビル・オリジン、お前さんの新たな目的に切り替わったってワケだな」

 ゲンスケはそう言いきった。そしてそれはイビル・オリジンの言葉からも発せられた。

「――タイ、――キタイ、――イキ、タイ」

 一瞬の沈黙。その直後、イビル・オリジンは叫びと共にゲンスケへと飛び掛かった。

「生キタイ――――――ッ!」

 それをアメイジング・フォックスで受け止めるゲンスケ。

「ああ、お前さんの気持ちはよくわかった。つーかたぶん、俺らもみんな、一回はそう思ったことがあると思うぜ」

 ゲンスケはそう言って、イビル・オリジンから繰り出される鉄拳を受け止めた。その威力は壮絶なもので、威力を流しきったはずの腕から鮮血が放出された。

「だがなイビル・オリジン。生まれたいのもわかるし生きたいのもよくわかるけどな――その方法にはオーケーを出せねえよ俺は」

 互いの両手を組み合い、至近距離で二人はぶつかり合う。それぞれが本気で押し合い、互いに歯を食いしばって睨み合った。

「だってなぁイビル・オリジン。――俺だって生きたいんだよ。まだ死にたくねえんだよ。だからお前のそのやり方は――俺たちを殺してでも生まれようとするやり方は認められねえんだよ」

 再び唸り声をあげるイビル・オリジン。その姿から目を逸らすことなく、ゲンスケは正面からぶつかり続けた。

「そうさ――死にたくないってのは、生きてるからこそ出てくる感情だ。お前はまだわからねえだろうさ。だが俺にはある、多分、ここにいる奴らはそう思っている。お前と戦って、それでもなお抗い続けたやつらはそうだと思うワケだ」

「ソレデモ、ソレデモ生キタイ……ッ!!」

 その上でなおぶつかってくるイビル・オリジン。その姿を見て、ゲンスケもまた思いのたけをぶつけることにした。

「なら、歯を食いしばれよ――イビル・オリジン。これからぶちかます一撃が、俺が持ちうる最高の一撃と知りやがれ」

「オレガ生マレルタメニ――ゲンスケ、オマエハ死ネ…………ッッ!!!」

 一度距離を離したイビル・オリジンは、その叫びとともに再度鉄拳をゲンスケに叩き込むべく急接近をかけた。

「俺から言うことはたった一つだぜ、イビル・オリジン」

 ゲンスケは右腕にアメイジング・フォックスのオーラを凝縮させた。その時オーラは形を成し、ゲンスケの右腕を覆うアーマーとなった。

 高速接近するイビル・オリジンを視界の中心に収め、ゲンスケは構えを取った。


 その時、周りにいる者たちは、あらゆる時間がゆっくりに感じた。脳がそう錯覚させているだけではあるが、その場の誰もがそう感じるほどに、二人の激突は印象的なものだったのだ。


「――――――――――!!!!!」

 この戦闘で最高速度の加速をかけ、イビル・オリジンの鉄拳は隕石めいた破壊力を以ってゲンスケに襲い掛かった。

 それを――

「そのどす黒いモンを捨ててから生まれてきやがれ――――――!!!!!」

 ゲンスケの巨大な鉄拳は真っ向から受け止め、そして、イビル・オリジンから悪性情報のみを鉄拳の激突による衝撃ごと全てイビル・オリジンとなった神崎カイから吹き飛ばした。

 その鉄拳は接触時に解析した情報、そこから瞬時に任意の情報を萃め――それだけを攻撃するものなのだ。

 そして、イビル・オリジンが悪性を糧に放った一撃だった故に、ゲンスケは今の一撃ではダメージを受けなかった。

 


 倒れ伏す神崎カイ――息はあり、彼は無事だった。


 そして、悪性情報、そのほとんどを先ほどの衝撃で粉砕されたイビル・オリジン――或いはセパレーターとしての神崎カイは、かろうじて肉体を形成してアジトの壁に激突、破壊し外に吹き飛んでいた。こちらも生きている。

 だが最早戦う気力すらなく、そして悪性情報は再生という概念をこちらのカイから切り離されなかったがために、滅び去った。

「ま、安心しろよ。人間として――それと異能持ちとしては生きていける。どこで生きていくのかは、お前さんが決めればいい」

 ゲンスケは能力を解除してそう言った。

「ゲンスケ……」

 ゲンスケの隣にツヨシがやって来ていた。

「アンタは父親としてやることをやった、それだけだ。この状況はともかくとして、そこに関しては胸を張るべきだ」

「……だが、俺は」

「気にすんなツヨシ。これの根本的な発生源は〈前の宇宙〉だ。もうないモンを気にしたってしょうがないだろ?」

 〈前の宇宙〉での関係性を再現して、ゲンスケは答えた。

「ゲンスケさん、アンタは、どうしてそこまで強くいられるんだ」

「さあな。前だけ見てがむしゃらに走ってたからじゃないかな」

 黒き極光によって空いた、天井の大穴から覗く空。ゲンスケはそれを見ながら言った。

「……とにかく、あっちのカイもこっちカイも、どっちももうイビル・オリジンじゃねえ。どうするかね」

 ゲンスケはそう続けた。これに関しては特に妙案はなかった。

 ――すると、セパレーターのカイが答えた。

「……なら、ゲートに連れて行ってくれ。今は固定されているんだろう、そこ」

 こちらのカイ、その情報をゲンスケが瞬時にコピーして分裂させたため、セパレーターのカイもそれなりの成長がみられた。無論、これはカイのソリッドエゴ生成能力を利用してゲンスケが行ったものなので、カイ以外の人間に適用することは出来ない。

「いいのか? 前の宇宙に行ったって、お前の居場所はないぞ」

 ゲンスケは冷たく答えた。

「それでもいい。カイの内側でだが、俺は色々なものを見てきた。……それに、もう消滅したとはいえ、俺はイビル・オリジンでもある。それは〈前の宇宙〉の産物だから、そちらに戻るべきだ」

 セパレーターのカイはそう言った。その言葉に迷いは既になかった。

 その言葉を待っていたかのように、ゲートが彼の背後に現れた。――そう、ツルギモリタワーに固定されていたゲートは、デフレたちが破壊したのだ。

「……驚いた。本当に、俺は〈前の宇宙〉に呼ばれているようだ」

 セパレーターのカイはそれだけ言って、背後のゲートに向き直った。

「――ああそうだ、最後に一つだけ」

 セパレーターのカイは、顔だけ振り向いて続けた。


「ありがとう、父さん。――あの時俺を生かしてくれて」


 そう言ってセパレーターのカイは、今度こそ〈前の宇宙〉で生きるために、ゲートに入っていった。




 その日は、梅雨にしては珍しい日本晴れともいえる晴天だった。そのため、夜空にも満天の星がきらめいていた。恐ろしい戦いだった。凄まじい激闘だった。報酬などなかった。誰もがそう思っていた。

 けれどゲンスケは、なんとなくその満天の夜空が報酬でもいいと思えた。

 アジトにぽっかりと空いた穴、そこから見える夜空は、それはそれで吸い込まれるような――独特な魅力を持っていた。だから、たまにはこういうことも悪くないと。ゲンスケは思った。


   ◆


そして、一夜が明けた。町は、普段の静寂を取り戻していた。

犠牲者もいた。負傷者もいた。それでも、ゆかり町はまだ生きていた。死んでなどいなかった。それは町の人々が絶望から何度も這い上がる強さを持っていたからだ。

……イビル・オリジンの消滅は、セパレーターと融合者には感覚で理解できた。自分たちを縛る鎖の様な存在でもあるため、その重みが消えたことを察知できたのだ。その場で目的を失い倒されるセパレーターもいた。逆に、新たな目的を持ち逃走するセパレーターもいた。そして、デフレのように、町の一員になることを決めた者もいた。


「それで、アイは病院にいるワケか」

「そ。結局ケーキ屋さんに行く約束は後日に回されちゃった。……ったく、どんだけカイのこと好きなのよ」

 〈サファンシー〉にてコーヒーを飲むデフレとアケミ。ゲートを破壊した後アジトに向かった三人は、そこで事の成り行きを知ったのだった。

「……誰が悪かったんだろうね、これ」

 アケミは窓から外を見ながらそう呟いた。どことなく、行き場のない気持ちを投げつけたい気分だったのだ。

「さてな、誰もが自分の成すべきことをした結果なのだろう。ならば、それ以上の意味はあるまい」

 デフレもまた、机の上で手を組みながら目を閉じ、何かを噛みしめるかのように答えた。

「たださデフレ。あんたは良かったの? その、もしかしたら傀儡化していたかも知れないわけだし」

 アケミの問いを、デフレは一笑に付した。アケミは少し怒った。

「何よそれ、私は真剣に聞いてんの! どうあがこうとも、今回逃げ出した傀儡化セパレーターの方向性は〈悪を成す〉のままなんでしょ? ってことはあんたもそうなってたらどうするつもりだったのよ!」

 その問いにデフレはほんの少しだけ考えてからこう答えた。

「うむ、何を馬鹿ことを――と思ったが、確かに危なかったわけだなオレも。……そう考えると怖くなってきた。礼を言うよアケミ――ありがとう、オレを助けてくれて」

 突然デフレから素直な感謝が返って来たので、アケミは少々テンパってしまった。

「う、ウン! べつにいいよー!? 怒ってないよ私」

 自分でもないを言っているのかよくわからないアケミであったが、アケミのその姿を見たデフレがふきだしたので、とりあえずそれで良しとした。

「……この町、ゆかり町には未だ問題が残っている……というか山積みだ。だがまあ、今日ぐらいはのんびりしようじゃないか。それがせめてもの報酬というやつだ」

「そうね、それがいいわね」

 アケミもデフレの提案に乗った。苦しい事だってある、悲しい事だってある。けれどそんな時、支え合う仲間たちがいる。アケミは、ゆかり町でそんな仲間たちに巡り合えたことは確実に幸運であると断言できた。

「あ、でもヒマであることは変わりないし、ちょっと探偵のところに遊びに行かない?」

「全く。そこは別に遊び場じゃないだろう?」

「いいのよ、どうせアイツもヒマしてるだろうし。ちょっとはヒマつぶしになるでしょ、アイツも」

 それがアケミなりのゲンスケへの「お疲れ様」なのだろうと思ったデフレは、本心から小さく笑みを浮かべた。

「あ、ちょっと何今の笑いは! また何かカッコつけたこと考えてるんじゃないでしょうね!」

「あのな。そう何でもかんでも疑うのはやめたまえよ」


 二人のこの会話は、平穏の中だからこそ現れるものなのだろう。

 因果の集まる地、ゆかり町。そこに生きる者たちはとにかく強かった。今回の様な絶望が立ちはだかっても尚希望を持ち前に進む――それがこの町に住む者たちの強さだった。


 だから、この先も大丈夫だと。


 〈山下探偵事務所〉の屋上から町を眺めつつ、ゲンスケは希望を胸に――しっかりと抱き直したのだった。




 第一章、了。第二章に続く。

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ユカリング〜混沌地方都市〜 澄岡京樹 @TapiokanotC

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