第11話「Dearest」


   ◆


 桐谷エイリがイビル・オリジン事件、その最後の役者とは言ったが、正確には誤りである。……つまり、セパレーターおよび融合者に関しては、そもそも初めからこの事件の関係者であるがゆえに既に役者としてカウントされているのだ。要は、最後の役者というのは追加キャストとしての括りでの意味合いなのである。何が言いたいのかといえばそれは――

「しゃらくさいなー、もー」

「まあそう言うなって。俺らは俺らでいい加減イビル・オリジンを始末しねーといけねーだろ? しゃーないんだってば」

 融合者である進堂親子と、そして、二人がやって来た雑貨店の店主である神崎ツヨシもまた、この事件の役者にカウントされているということなのである。

 二人は気だるげな会話を交わすものの、その双眸は何やら冷徹さすら感じられる。すでに戦闘態勢に入っていると考えられる。

「ツヨシー、邪魔するぞー」

 ずかずかと入店する二人。からんからんと鳴り物がそのことを告げるものの、ツヨシがやってくる様子はなかった。

「あれ、来ないね」

「来るわけないわな。俺らが来るってことは、そういうことなんだからよ」

 とある取引――ある種の不可侵条約が、神崎家と進堂家にはあった。それは、互いの家に連絡なしで出向かないことも含まれていた。……そして、進堂家はそれを意図的に破った。それが何を意味しているのか、それを知らないツヨシではなかった。

「子を思う親の気持ち、大変よくわかる。俺だってこうするさ、逆の立場ならな。……だがまあ、イビル・オリジンが降臨しちまいそうだ――2017年6月20日、〈前の宇宙〉にてイビル・オリジンが降臨した日にち……明日だな」

 進堂マモルはそう告げた。告げた相手は娘のキリカではない。この部屋のどこかに潜む、神崎ツヨシに対してである。

「ケンジは――念のため母親と共に県外へ逃がしたか。だがまあ、それが懸命だ。あの二人に罪はない」

 そうマモルが言った、その時。黒い羽根がマモルを襲った。

 マモルはそれを衝撃波めいたオーラだけで威力を相殺――防ぎ切った。これこそがマモルの凄まじさ――融合した際、イビル・オリジンの力を若干受け継いでいるセパレーター……その属性に全く染められない意志の強さである。マモルは意志の強さがそのまま具現化しており、今の様に衝撃波として放出することができるのだ。黒い羽根の一撃、つまりツヨシの攻撃すらしのぎきる強さを持っているということである。

 不意打ちが失敗に終わったためか、ツヨシは部屋の棚――進堂親子の死角から姿を現した。

 そして瞬時に黒い鎌を具現化し――マモルに襲い掛かった。

「させないよ!」

 それをキリカが迎撃する。彼女の右腕は黒い騎士の鎧の如き変化を遂げており、手にはやはりイビル・オリジンの影響がみられる黒い影の如き剣が握られていた。

「二人だけじゃない――カイも――カイにも罪はない……!」

 ツヨシの怒りとも悲しみともとれる慟哭めいた声が店内に木霊す。辺りは徐々に暗くなり始め、明かりのついていない店内は、外のネオンが照らしていた。

「それでなお、自分には罪はあるというんだなツヨシ」

「違うのか? 二人を守れなかった俺にしか罪はない筈だ」

 怨嗟と見紛うほどの声色を零すツヨシ。それと同時に、彼の得物である黒鎌が、その真の能力を起動させ始めた。

「キリカ離れろ。ツヨシは既に――融合後の異能から〈メルト〉だけを分離させている」

「な――っ」

 メルト。その名を聞いたキリカは血相を変えて後方へと跳躍した。マモルがそれを受け止める。でなければキリカが後ろの棚に激突してしまうからだ。

「まさか、そこまでの具現化能力だったとはな」

 マモルはツヨシの黒鎌の外殻が溶け始めていることに気が付いたのだ。

「今回はセーブなしだ。これこそがメルトの真の姿。〈前の宇宙〉でお前たちが見たものだ」

 イビル・オリジンの力に染まったツヨシは、この宇宙で発現していた具現化の異能を利用し――かつての異能〈魔鎌メルト〉をサルベージしていたのだ。それは溶解の異能。鎌の形をしたツヨシの破壊衝動。全てを飲み込みかねないほどの溶解現象を鎌の形に凝縮したもの。切り裂いただけ、ただそれだけで――問答無用で切り口が溶解する。それほどの力をツヨシは持っていた。

 黒き翼から射出される漆黒の羽根。それと同時に迫りくる必殺の魔鎌。店内の地形を一切考慮する必要のない溶断の一撃は、無情にもマモルとキリカに襲い掛かる。

「キリカ、回り込め! 俺が抑える!」

「わかった!」

 マモルの放つ衝撃波によって、ツヨシのメルトによる一撃は防がれた。……だがそれはあくまでも一時的なものである。メルトが溶断できるものは、実体のあるものだけではない。メルトの溶断対象には、ソリッドエゴを始めとした様々な異能も含まれているのだ。

 故に一時的なもの。無力化ではなく、ただ抑えるだけ。強力な異能持ちであるマモルであるが、その彼でさえツヨシのメルトを防ぎきることは出来ないのだ。

「俺はあらゆる手段を講じてこの事態の打開策を探した! ゲンスケの力も借りて――ゲンスケすら融合者にしてしまいながらも! それでもギリギリまで解決策を――カイを救う方法を模索した! だが――だが――」

 背後に回ったキリカ。その剣による一撃をツヨシは翼を円形の盾へと変化させることで防いだ。思念の具現化に長けたツヨシは、己の異能をあらゆる形態に変化させることができるのだ。カイのように感情ごとに役割を決める工程を必要とせず、タケルのようにイビル・オリジンの影響濃度をあえて濃くする必要もなく――ツヨシはただ形を脳内で想像する、ただそれだけで異能の形状および機能を変化させることができるのだ。

「硬い――! どこまで強くなってんのよアンタは!」

 〈前の宇宙〉では友人関係にあったツヨシを思い浮かべつつ、キリカは率直な驚嘆の意をそのまま剣に注ぎ込んだ。

 キリカの異能は単純明快なもので、召喚した剣に意思を注ぎ込むと、注ぎ込んだ分だけ剣のステータスが一時的に強化されるというものだ。親子ということもあってか、方向性としてはマモルの異能に近い。加えてイビル・オリジンの影響もあって、その斬撃は相手の精神へも微量ながらダメージを与えることができる。その追加効果は最近になって融合者となったため、キリカはあまり意識していないのだが。

「キリカさん――かつてはそう言っていたが、ここでは何とも言いづらいな。というよりも不可侵条約によって余り話す機会がなかったしな。いまいち距離感が掴めない」

 そう言いながらツヨシは、静かに静かに己の思念を体の周囲に漂わせ始めた。

「ツヨシ、お前。自爆でもする気か?」

「はっ、それこそまさかだ。俺はまだ諦めていないだけだ……最後の最後まで最善の策を追い求めるだけだ。たとえそれが――」


 その時、ゆかり町森林公園――その奥地でどす黒い極光が天まで立ち昇った。


「たとえそれが――最早手遅れと言える状況であってもな」



 同時刻。ゆかり町中央病院にて。

 混沌のエゴによる強靭なる攻撃――それを桐谷エイリが迎撃し、これを殲滅。

 この瞬間。神崎カイを守る感情、その90%が消失した。一時的ではあるものの、それによってカイの自我は著しく弱体化した。

 ――そして、カイの内側に潜んでいたソレが……内側から外に出てきていたソレが、ついに降臨した。

 その名をイビル・オリジン。〈前の宇宙〉にて、母親の胎内に宿ったばかりだった神崎カイ。それがセパレーターとなった時、その内側に潜みこんだ者の正体である。

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