第12話「オーダー」
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勝負は一瞬だった。混沌のエゴが振るいし巨人の腕はしかし、ただ右腕を掲げたエイリによって反射された。そっくりそのままはね返され、そして巨大なソリッドエゴは消滅した。その間わずか一瞬。ドルディオは、何が起こったのか理解するのに数十秒要した。
「……ちょっとばかし愚鈍すぎたな。それじゃ避けきれねえよお前さん」
記憶を思い出しているのかいないのかハッキリとしないエイリに、ドルディオは怖気すら覚えた。思い出していたらいたで普段通りと思しきとぼけた姿をのまま現れたエイリは脅威であり、逆に、思い出していないにもかかわらずこれほどの異能を使いこなしたエイリもまた脅威なのであった。
「アンタ……聞いたことはあったが、アンタが桐谷エイリなのか?」
「あん? そうだけど、何? 俺ってそんなに有名人なの?」
非常にダウナーな印象を与えるエイリの口調に、ドルディオは調子を狂わされたものの――その口調が演技ではないように感じたためなんとか調子を取り戻した。
「まあそれなりには。記憶喪失と聞いているが、それも本当なのか?」
「あー、それね。日常生活とには特に影響ねーけど、どうも俺が知っていたらしいアングラな事情に関してはすっぽり抜けちまったようだ。……何? 君もしかしてそれ系のやつなの? リアリー?」
否定しようとしたドルディオだったが、もしかすると案外無関係ではないかもしれないとも思えたのでこれ以上何かを言うつもりはなかった。下手に肯定するのもまた、現時点では得策ではないと判断したからである。
「……それよりも。今の能力は一体何なんだ? それもアンタの言うアングラ系の話なんじゃないのか?」
ドルディオはその点が妙に気になったので聞いてみることにした。エイリが定義しているタイプのアングラ系、つまりエイリ解釈版アングラ系の記憶がないわりに、そういった異能を使えるのはいささか不自然だと感じたからだ。
だがエイリは特に考える素振りすら見せずにこう言った。
「うーん、なんか出来そうだと体が覚えていたからやったら出来た。そんだけの簡単な話だぞ」
「…………」
無茶苦茶である、とドルディオは独白した。実際無茶苦茶な話である。記憶がないのに体が覚えていただけで、あれほどのソリッドエゴを一撃で滅ぼす異能を発動させることなどできるのだろうか――という話である。当然と言えば当然だが、ドルディオは唖然とした。
「あのさ兄さん、それよりもさぁ」
唖然としているドルディオ、その背後の窓を指さしながらエイリは口を開いた。
「何ですか?」
「いやさ――なんか公園の方からものスゲー闇が柱みてーに空に迸ってんだけど、あれヤバくね?」
「――――!?」
突然の出来事にドルディオは後ろを振り向く。その時、遅れて轟音が鳴り響いた。それはまるで落雷の如き鳴動であった。
「……これ、は」
「行かない方が良いんじゃねーの?」
実際、ドルディオはハルカの護衛を任されている。故に迂闊に動けないのもまた事実である。そのため、ドルディオはエイリの言う通りこのまま動かないのも得策であると考えていた。
――だがしかし。
黒き極光が迸り、その形状を維持し続けた――その数分後、ゆかり町の全域で何かの咆哮が響いた。それが何であるのかドルディオは分からなかったが、セパレーターや融合者は嫌でも理解していた。
それは、イビル・オリジンからの号令なのである。
あの迸る黒き極光の中で、ついにイビル・オリジンは降臨し、そしてすべてのセパレーターにオーダーを発令したのだ。
〈このゆかり町に、悪意を凝縮させよ〉と。
すでにイビル・オリジンの支配から脱することができた者たち――つまり融合者たちは何の影響も受けなかった。……だがしかし、未だセパレーターだった者たちはついに完全なる傀儡化のオーダーを受けてしまったのである。
それはもちろん、デフレも例外ではなく――
「うぉおおぉおぉおぉおおおお…………!!」
ちょうどホテル〈ネオユカ〉から外に出ようとしていたデフレもまた、室内でイビル・オリジンの咆哮を聞き――激しくのたうち回っていた。最早、デフレの精神は限界だった。このまま、イビル・オリジンの手駒になることを許容せざるを得ない状態だった。
「そんな……デフレ、貴方」
最早自分ではどうすることもできない、と。アイは目を逸らす。――しかし、アケミは違っていた。彼女はまだ、何かやれることがあると理解していたのだ。
「まだよ黒咲さん。私なら出来るかもしれない」
そう言ってアケミは、左腕を右腕で押さえた状態でデフレの体に押し当てた。
「一体何を――」
「事態は一刻を争う。なら、この崩壊を一時的にでも抑え込むために、私はやるわ」
アケミのやろうとしていること、その内容を察したアイは戦慄した。それはつまり、デフレの傀儡化にかかるエネルギーを――アケミの左腕にコストとして取り込むということなのだ。
「そんなことしたってどうにもなりません! そんな一時的な処置では、このイビル・オリジンの咆哮が鳴りやむまでずっと消費し続けない、と――」
アケミの眼差しが「そうだ」と告げている。アケミは、誰かがイビル・オリジンの咆哮を止めるまでずっと、デフレが傀儡化するために必要なエネルギーを奪い続けるというのだ。〈ブレイザー〉の能力で、そのエネルギーをアケミ自身の左腕に溜め込もうというのだ。
「だってそれぐらいやんないと、多分世界はダメになる。これぐらいの覚悟がないと、イビル・オリジンは倒せない……そう思わない?」
そう言ってアケミはにこりと微笑んだ。
「わかりません……わかりません、わかりません! 私は貴女とちゃんとお話をするようになってから、まだ一日も経っていません! それなのに、こんなこと納得しろだなんて……」
そう言って自分でも感情をコントロールできていない――あるいは混乱してこの感情の正体を理解できていないアイだったが、アケミは微笑んだまま答えた。
「じゃあ、友だちになってよ。これからわかりあえるようになればいいと思うんだ、私」
「え、どうして今、そのようなことを――」
再び混乱するアイに、アケミは答えた。
「だって、その方が頑張れるでしょ。友だちが泣き止んでくれるようにはりきれるんだから」
「え――」
アイはやっと、自分が泣いていることに気が付いた。
「じゃ、頑張るから。黒咲さんはイビル・オリジンの手先になっちゃったセパレーターから私を守ってね」
そう言ってアケミは、〈ブレイザー〉を起動した。その目には、覚悟の意思が浮かび上がっているようにアイには見えた。
「……本当に、なんでこう思い切りが良いんでしょうね貴女は」
アイはそう言いながらも、心のどこかでは喜んでいる自分に気が付いた。
「おかしいですわね、貴女と戦ってからまだ一日だって経っていないというのに」
大きく目を見開き、絶叫と共に左腕をデフレに押し当てるアケミを見ながら、アイもまた覚悟を決めた。
「……とにかく。イビル・オリジン本体は、他の方々に任せるほかありません。少なくとも今は」
アイは、周囲に集まり始めたセパレーター――既にイビル・オリジンの手駒と化している――を見据え、周囲の空間を武器の形状へと変化させる。
「さあイビル・オリジンの手駒たちよ! この私、黒咲アイが相手になります! 死に物狂いでかかってきなさい――!」
アイのその言葉が開戦の合図となった。セパレーターたちが群がる中、アイの生み出したディメンションランスが一斉に攻撃を開始した――――――。
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