第9話「潜行する者たち」

   ◆


「どうした赤原タケル。お前の信念はその程度のものなのか?」

 刺々しい連撃を繰り出すカイに対して、タケルは次第に劣勢になっていった。明らかに有利だったのはタケルのはずだった。連戦による疲労やダメージのあるカイは、それだけで不利であり、タケルの戦闘スタイルは影を利用した高速の連撃である。現在連撃を繰り返すカイ以上の速度を誇っているのだ。にもかかわらず、カイの攻撃はタケルの攻撃……その悉くをしのいで見せた。――まるで、タケルの攻撃が通用しないかのように。

「……まさか、セパレーターへの絶対防御能力だとでもいうのか」

「それこそまさかだ。それならそもそも攻撃をしのぐ必要すらないだろうに」

 言いながらも攻撃を続けるカイに、タケルは防戦一方となっていた。ならば、と。ならばこれは、単にこちらからの攻撃を緩和しているだけなのだろうか――とタケルは推測した。ただそれは、単なる遮断とは違い、完全なカットを行っているわけではなくタケルの攻撃をダメージ・恒常能力・追加能力といった様々な面から弱体化させていると考えられる。つまり、あくまでも推測の話ではあるが、セパレーターによるカイへの攻撃は全て、性能をランクダウンさせられた状態で行わなければならないということなのだ。

 実際、セパレーターとの融合者ではないドルディオは特に問題なくカイに攻撃を与えることができていた。逆に、かつてイビル・オリジンの宿主となっていたカヨは、カイに対して効果的なダメージは与えられないように思われた。

 ただし、ゼロダメージというわけではない。そこが唯一つの勝機とも言えた。故に、セパレーター及びその融合者がカイにダメージを与えるには、カイの意識の埒外から放つ必殺の一撃に他ならなかった。当然威力はランクダウンしてしまうものの、カイのペースを大きく乱すことは可能ということである。そのタイミングで一気呵成に仕掛けることこそが、カイへの最善手なのだ。

 であれば、タケルの取る戦術はカイの意識の範囲外からの己の能力による奇襲のみ。それしかカイを倒す手段はタケルには残されていない。しかし同時にそれは、カイにとっては唯一の懸念点であり、それはつまり――カイは奇襲にのみ気を配ればいいとさえ言えた。凄まじい量のラッシュも、タケルの影から放たれる無数の触手も、カイの背中から生えた羽根のような形の腕による迎撃で全てさばききっている。最早止めようがないと思われたタケルの速攻は、カイの異常なまでに強力な能力の前にはなすすべもなく崩れ去ったのである。

「そろそろ面倒になってきたな――ああいや、お前の相手というより、お前の攻撃をさばく……という部分がな」

 カイがそう呟くと、カイの体中から大量のカードが表出し――そしてカイの周囲を包み込み始めた。

「……そこまでの手札があるとはな」

 タケルは思わず声を漏らした。確かにカイは手札という言葉を多用していたが、よもやこれほどの数の手札を持っているとは思っていなかったのだ。

「当然だ。戦いというものは質も大事だが……同時に量も必要だ。であれば、如何にその両方を蓄えておくか――その答えが、この手札だ」

 カイの周りを渦巻く無数のカード、その全てがカイのこれまでの感情だった。これまで感じ、そしてこうして分離し具現化されていた感情。その全てがこうして今この場に顕現していたのだ。

「一つ一つの質がよければ、先ほどのような一騎当千の戦いができる。そして、量の面で優れているのならば、今の様に、圧倒的な手数で圧倒ができる。状況次第でこの二つを使い分け、時には組み合わせる。そういった戦法を取ることは、俺にとっては難しいことではない」

 開示した手の内に対しては特にこだわりを持たないのか、カイは特に執着することもなく状況説明を行った。

 ――タケルならばその程度自明であると理解していたからだとも考えられる。

 いずれにせよ、カイはそのままタケルへと大量のカードを射出する態勢をとった。

「――――!!」

 タケルは何かしらの手を打とうとした。だが、この状況でどのようにして対応をしろというのだろうか? 不意を打つどころか、己の防御手段すらままならない。そんな状態でタケルの打つことのできる手段はいずれかに専念することだった。だがしかし、今一瞬でそれを決断することができなかった時点で、タケルの敗北は決したも同然であった。

 射出されようとするカードは、それぞれがこれまでにカイが溜め込んできた感情。ゆえに、それらが一度にタケルに直撃した時、タケルの精神はどうなってしまうのか。想像しただけでも、タケルは鳥肌が立った。そしてついに、カイが無数のカード全てを同時に放とうと手を天に掲げた――その時。


「む――――」

 カイの影より、黒い影のような刃がカイに放たれ――そしてカイの腹部に直撃した。

 どちゃり――と、カイの体から刃は引き抜かれた。背後の物陰から、少女――佐久間カヨが姿を現し、そして引き抜いたのだ。

「影への潜行。あんたの影にはその小さな刃を送り込むのが精いっぱいだったわ」

「……貴様、戻って来ていたのか」

 荒い呼吸を織り交ぜながらカイは言った。放出した無数のカードは霧散した。大量展開する気力がなかっただけであろう。

「ええ。姉さんはドルディオに任せたってワケ。だから私は、あんたに気付かれないよう慎重に慎重にここまで戻って来たのよ」

「そうか……異能持ちではなかった頃からお前たちを保護していただけあって、慕われているようだな……佐久間ハルカは」

 腹部からの出血を影で無理やり補修しつつ、カイは言った。

 この瞬間、タケルはカイの真意に気付いた。カードは維持できなくなったのではなく、ただ単純に――このエリアから離脱しただけなのだと。

「カヨ! マズい! ハルカとドルディオが危ない……!」

「――え」

「そいつは――神崎カイは! 先ほどのカードを二人の元に送り込んだ……!!」

 初めカイは、ハルカを戦闘不能にした時点で放っておくつもりだったのだ。その時の事情を知るゆえに、それ以上のことをする必要はないと考えたからだ。……だが、今はいささか状況が変わって来ていた。カイは、タケルとハルカ……いや、恐らくは新生ユカリング全体の精神的支柱となっている佐久間ハルカを最優先ターゲットに指定したのだ。

「状況が変わったのでな。先に病院にいる佐久間ハルカをターゲットにさせてもらった」

 そう言ったカイだったが、アジト内にいる彼の力は明らかに弱まっていた。能力のほとんどをハルカの元へ送り込んだからだ。

「させるか……!!」

 右腕を剣の形状に変化させ、タケルはカイに切りかかる。

「確かに俺は、貴様らよりも消耗しているだろう。だがしかし、キャパシティを鑑みればむしろこれで互角というわけだ……!」

 今度こそ感情をむき出しにしながら、カイもまた腕に〈苦痛〉の感情を剣として具現化させて迎撃した。

「二対一で互角とか舐めんじゃないわよ!!」

 カヨもまた、イビルの触手を展開し、タケルの支援を行った。

「舐めるな……!」

 それをカイは、リアルタイムで生じた〈怒り〉の感情を炎の形状に変え――触手の焼却を以って対処した。

「俺は今、感情の分離を全く行っていない。これは手札の補充を手放す代わりに――今明確な狙いを持って攻撃に転じることができるために行っている。やはりリアルタイムに狙った相手へ感情をぶつけるのは快感だな……!」

「だがこれではちぐはぐだ。俺はな佐久間カヨ、俺に苦痛を与えたお前にこそ〈苦痛〉を与えねばならない。〈怒り〉も勿論お前にだ。――そして」

 背後から再接近を仕掛けるタケルへと視線を移しながらカイは続けた。

「赤原タケル。お前は邪魔だ、〈不快〉だ」

 そしてタケルは、カイの背中から放たれた黒い腕の一撃によって吹き飛ばされた。

「が……ッ」

 苦痛に立てずにいるタケル。それは明らかに予想外の一撃だった。カイは未だ、そこまでの余力を残していたのだ。

「タケル!」

「来るなカヨ! 俺よりもカイの撃破を優先しろ!」

 駆け寄ろうとするカヨを言葉で止め、タケルはタケルでなんとか立ち上がろうとした。

「先にお前だ」

 何かを感知したのか、カイの行動に機敏さが増した。カイは〈焦燥〉の感情を加速エネルギーに変化させてタケルへと高速接近し斬撃を繰り出した。

「――っ、ぅぉおおお!!」

 それを寸でのところでガントレットをさらに硬質化することでタケルは防ぎ切った。

「そういうのが不快だといっているんだ」

 左腕にも刃を展開し、カイはタケルに切りかかる。

「させない!」

 それをカヨの放った影の魔弾が砕いた。かなりの力を注ぎ込んだ魔弾のため、撃ちこんだ箇所に限ってはかなりの破壊力を生み出すのだ。

「――ちっ、小賢しいな」

「狙う余裕があるのならこれぐらい!」

 乱射される魔弾。それら一つ一つはカイにとっては大した火力ではない。だが、その一部に先ほど放たれた高密度魔力圧縮弾が潜んでいる。それがカイを慎重にさせる。それゆえに、そちらへとどうしても意識が行ってしまい――それがタケルのチャンスになる。ここにきて、カイに対するタケルとカヨの連携が強固なものとなった。ドルディオが弱かったわけではない。カイの能力、その距離感がようやく掴めた――ただそれだけの話なのだ。三人それぞれの戦いを経て、それでようやくカイに拮抗したのだ。

「よそ見をしている場合か……!」

 そして、カイの背後をとったタケルが腕の剣を以ってカイの背中を切りつけた。

「ご……ぶ――っ」

 カイの背中から噴き出る鮮血。タケルは、そしてカヨは気が付かなかった。――いや、カイすらも気が付かなかった。その鮮血に、何者かが紛れ込んでいることに。

……〈それ〉は、すぐ近くにあったのだ。

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