第8話「アブソリュートの片鱗」
◆
ゲンスケ、ソウエイさん、ドルディオ、カヨ――それぞれが向かうべき場所へ向かっている頃、アケミとアイ、そしてイグナイターの戦いも佳境を迎えていた。強力な発火能力を持つイグナイターだったが、空間を操作するアイと未だ詳細が定かではない異能を持つアケミに追い詰められていた。
そもそも現状が、イグナイターの想定した状況ではなかった。本来イグナイターは既に勝利しているはずだったのだ。
そう、彼の発火能力によってフロア内の酸素濃度を薄くし――アケミとアイを始末しているはずだったのだ。イグナイター本人は小型の酸素ボンベを装備しているので二人よりも長時間動ける算段でもあった。
だが、そもそも炎が広がらない。むしろ、徐々に炎が消えてしまっているのだ。しかも、新たに発火しても、である。加えて言えば、異常な早さで火は消えていた。この状況は、イグナイターにとって想像を上回る事態だった。……一体何故、このような展開になっているのか? イグナイターは混乱していた。
「……おかしい、おかしいぞ。何かがおかしい。さらに言えば……酸素濃度にも大きな変化がない。あれほどの発火と鎮火を繰り返したのに……バカな…………」
アケミとアイから距離を置きつつ、イグナイターは険しい顔つきで呟いた。
それを眺めるアケミとアイは、そちらはそちらで言葉を交わし始めた。
「月峰さん、ひょっとして――いいえ、もしかしなくても貴女ですよね?」
「なにがー?」
尚もとぼけるアケミを一瞥して、アイは再び攻撃準備に入った。
「あら、別に問いただすわけじゃないのね」
「どうせはぐらかすつもりでしょう? それで今仲違いするのも得策ではありませんし、それならいっそ、この戦闘中に見極めたらいいかと思いまして」
「ふーん、余裕なのね」
射出される空間槍を目で追いながらアケミは言った。
「悔しいですけど、別に余裕ではありませんよ。あの人とは、相性が余りよろしくないようなので」
やはり空間槍はイグナイターの火炎障壁によって燃やされてしまった。イグナイターは、実際強力な異能持ちなのだ。対処方法は、一瞬の隙をつく戦術を取るほかないのかもしれない。
「なるほど、たしかに相性悪いのね」
「もっと早い段階で気付いてくださりませんか? ……まあなんにせよ、貴女の能力が必要不可欠というわけです。隙は私が出来るだけ作りますから頼みましたよ」
そう言ってアイは大きく目を見開き――――イグナイターの周囲に存在する複数の空間を歪ませた。
「――さっさと勝負をかけましょう、月峰さん」
「あの槍の雨を掻い潜りつつ突っ込むのは難しいんだけど」
「あら、でも私と戦った時に似たようなことしていましたし――いけるのではなくて?」
「……はぁ、しゃーないわね。やってやろうじゃないの」
「ええ、よろしくお願いしますね」
様々な方向から射出される空間槍。それを今度は炎を撃ち込むことで対処するイグナイター。その速度と命中精度は圧倒的なもので、同時に二人の元へと接近してくる。空間槍の生成は間に合わない。アイが再び能力行使を行うための準備をしている内に、イグナイターは容易く距離を詰めてくるだろう。なにしろこの男――イグナイターは、短時間でホテル〈ネオユカ〉内部の人間を燃やしたのだ。ここから一気に二人を焼き尽くすことなど難しいことではない。そしてアイは空間操作を攻撃に使用した直後のため、防御態勢に入るまでに若干のタイムラグがある。そしてそれはイグナイターの能力発動よりも時間がかかる。実際のところ、イグナイターの異能は連射性も非常に高いのだ。また、アケミも攻撃準備に取り掛かっているためにとっさの防御は出来ない。アケミの能力――その正体に気付かれる前に勝負を決めなければならないため、あまり悠長に構えてはいられないのだ。さらに言えば、アケミの能力は代償として己の肉体に負担をかけるためあまり連発もできない。だが今回は少々例外的な状況であるため、連射ができないわけではない――とはいえ、その例外的状況というのは、イグナイターに気付かれやすい上に、気づかれれば能力の正体に感づかれる可能性が高い。さらに対処も容易と、やはりあまり悠長に戦えないのであった。……であるがために、アケミは次の一瞬に賭け、
そして――フロア中の炎が掻き消えた。
「――バカな、なんだ、今のは」
30を超える空間槍を全て焼却しながらアケミとアイに接近していたイグナイターだったが、突然フロア内の炎が掻き消えた状況に戦慄した。だが、それだけではないことに気付き、狼狽一歩手前といった状況にまで追いつめられた。
「いない、瞬間移動の方が……いない」
イグナイターは、アケミの姿が消えていることに気が付いた。そして彼女はまだ、姿を現していない。イグナイターは前しか見ていない。
「どこだ、どこだ、どこだどこだどこだ……? もう一人は何処に行った……!?」
アイに接近しようとしながらも、イグナイターはアケミの姿を探していた。だがしかし、最早周囲を見回す余裕はなかった。そもそも前に進めてさえいない。
「……月峰さん、なんて、おぞましい能力なのでしょう。まさか、ここの炎さえも自分のエネルギーに変換してしまうなんて」
アイが冷静に言った。イグナイターは最早何のことなのか分かっていない。自分の顔のすぐ下に拳を突き出したアケミがいることも、そして、イグナイター自身の腹部に空洞が二つ空いていることも。
「胸の空洞は……そっか、あんたセパレーターか」
イグナイターの腹筋部分に大きな穴をあけながら、アケミは呟いた。
熱量。アケミ本人の、『イグナイターを殴るためのエネルギー』『そのために踏み込むためのエネルギー』……それらに必要な熱量を、自分の体の熱と、このフロア内全ての炎が持つ『燃えるためのエネルギー』を瞬時にエネルギーに変換し――アケミは人間離れした衝撃を一瞬でイグナイターにぶつけたのだ。一点集中の攻撃によってイグナイターの腹筋は粉砕され、さらに体内も崩壊した。
その名を〈ブレイザー〉。あらゆる熱量を必要量消費することで、それに見合った結果を瞬時に発動する――究極の燃焼系能力。それが、月峰アケミの能力、その正体であった。
崩れ去り、塵と消えるイグナイター。それこそが融合できなかったセパレーターの末路であった。
少々の沈黙の後、アイが口を開いた。
「ねえ月峰さん。それ、人間の熱量も利用できますよね」
「ああうん、できるよ。精々このフロアぐらいの広さが限界だけどね、この能力」
アイが〈ブレイザー〉を理解したと認識したアケミは、特に躊躇うこともなく答えた。
「私がコストにされていたらと思うとぞっとしますが、それ以前に――イグナイターをコストにすれば、ことはもっと簡単に済んだのではないでしょうか」
アイの指摘にアケミは少しだけ驚き、そして少しだけ微笑みながら答えた。
「あーそれね。うちの父さんが封印してるからできないのよ。……まあおかげで、変な気苦労とか誤射とかはなくて助かってるんだけどね」
「そう、ですか」
アイはアケミの能力にもだが、それ以上に――アケミの父親が、〈ブレイザー〉の能力を制限し得るほどの異能を持っているということに戦慄した。
「おやおや。まさかイグナイターを仕留めるとは。これは少々認識を改める必要があるかな?」
火災など元からなかったかのように静寂を取り戻した〈ネオユカ〉、そのフロントにて。アケミとアイは、セパレーターの男であるデフレと遭遇した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます