第7話「不可視崩しが必要な時」


   ◆


 新生ユカリングのアジトでも、激戦が繰り広げられていた。カイとタケル、二人の武装化した両腕がぶつかり合う。二人の腕は、それぞれが禍々しき破壊を生んでいた。

タケルのガントレットは、黒き闇を炎のような形に変化させ――それを刃の形状にさらに変貌させてカイに向ける殺意とした。

 一方カイは、腕そのものを刃の様に変化させたりドルディオ戦で披露した棘による残酷なる切り裂き攻撃を用いることで、有無を言わせぬ連続攻撃を繰り出していた。

 一瞬でも気を抜けば――待っているのは死でしかない。そしてそのことを、二人は嫌でも知っていた。それはこれまでの戦いによる経験でもあり、同時に、〈前の宇宙〉での記憶めいた記録によるものである。当然である。タケルもカイも、〈前の宇宙〉では殺されているのだから――そう、イビル・オリジンに。

 戦う二人に言葉はいらないのだろうか、タケルもカイも、一切の言葉を発さずに己の拳を振るう。瞬時に切り替わる攻防と優劣。研ぎ澄まされた感覚と身体性能を以って、二人の異能持ちは鎬を削る。火花すら散る闘争だが、未だに流血はなく、疲労の色すら見せぬ二人の戦士による芸術の様な戦闘だけがそこにはあった。武装化した足による蹴りも、同じく武装化した足によって防ぐ。体全てを使った攻防は、終わりを感じさせないほどだ。そこにはある種の美しさがあったのだ。

「――――――」

 すぐにでもカヨを連れて逃げねばならないドルディオでさえ、そのあまりの光景に目を奪われていた。我に返って、気絶しているカヨを抱きかかえた時でさえ、ドルディオはその戦いを見ようとしてしまった。

「何を馬鹿な……早く逃げなければならないというのに」

 ダメージフィードバックで未だ痛む肉体をなんとか動かしながら、ドルディオはカヨと共にアジトを後にした。――フロントエリアにて未だ倒れ伏す仲間たちの姿は、どうしようもなく彼の脳裏に刻み付けられた。


「はぁ、はぁ……ぐ、く」

 ゆかり町森林公園の桜並木エリア、その木の一つの前でドルディオは一度腰を下ろした。彼もまた限界だったのだ。ダメージを受けた状態でカヨを運んで公園外に出るのは難しかったということだ。

「……神崎カイ、お前の目的は何なんだ……いや、そうじゃない、そうじゃない――」

 疲労により混濁していく意識で、ドルディオは何かを考えようとした。神崎カイの――あの激しき憎悪。その理由をドルディオは知りたかったのだ。あれほどの憎悪を

彼はどのようにして抱くようになったのか。それがあの圧倒的な強さの理由であると考えたため、ドルディオはそのことについて考え始めたのだった。


「――ドルディオ?」

 ――不意に、カヨの声がした。ドルディオの意識は、それで普段の鮮明さを取り戻した。

「目を覚ましましたか。よかった」

 ドルディオはカヨの体に傷がないか確認した。先刻の戦いでもドルディオが守り続けたこともあってか、カヨの体には傷一つなかった。……ただそれは、あくまでも肉体面での話なのだが。

「お嬢、神崎カイに放たれたあの濃霧の様な――」

「――あれ中々強力ね、しばらく恐怖の念が消えないんじゃないかしらってぐらいにはすごいわよあれ」

「ええ。少量ですが俺も食らいましたから分かります。ただ恐らく、カイから離れれば威力を抑えることは出来る――あるいは効果どころか侵入したソリッドエゴが消滅するかもしれません」

 ドルディオが持論を述べた。まだ起きたばかりのカヨは、あまり深く考えてはいない様だ。正確には寝起きはぼんやりしがちなのだ。逆に言えば、その状況でさえ瞬時に思い出せるほどに〈恐怖のシャドウダスト〉はカヨに壮絶な衝撃をもたらしたのだ。

「ドルディオ。それはあの能力に射程範囲とかがあるかも――ってこと?」

「はい。初めからアジト内部に潜伏させていたというのならば、わざわざ本人が出向く必要などないだろう……というのが俺の見解です」

「自律行動がとれるわけだから、攻撃もできるんじゃないか――ってことね」

 それでも知恵を振り絞り、カヨは話を展開した。

「はい。それをしてこなかったことから、カイが近場にいることが条件の一つであると俺は考えています」

「なるほど。……で、今そのカイはどこにいるのよ」

 カヨの問いに、深刻な表情を浮かべながらドルディオは口を開いた。

「赤原タケルです。彼が神崎カイを食い止めています」

「そう、タケルが……」

 カヨは少しだけ俯いて、タケルのことを思い浮かべた。その表情は少しだけ物寂しそうだ。

 ドルディオはカヨのその姿に何か深いものを感じたが、今詮索することではないと判断し何も聞かないことにした。現状で、むやみやたらと心を乱してしまうリスクを冒す必要はないと判断したのだ。

「……お嬢、タケルからも逃げろと言われています。今はその言葉に従うべきかと」

 それでもこのことだけは言わねばならないと、ドルディオは内心では苦々しい思いを抱きつつも可能な限り冷静に任務を遂行した。

「タケルは一人で戦っているのよね?」

「……ええ。ですが」

「悔しいわ、悔しいったらないわ。アイツが一人で戦ってるっていうのに、私は何もできていない――それがたまらなく悔しい」

 声を震わせながらカヨは言った。ドルディオは何も返せなかった。

「ねえドルディオ。貴方は今ひどいダメージを受けている。でも私はそうじゃない。今なら神崎カイを倒せると思うの。タケルが戦っている今なら」

 タケルとカイは互角の戦いを展開している。確かにドルディオはあの時能力を行使するほどの余裕はなかった。だが、今のカヨならばあるいは――とは、ドルディオも思い至った。

「ねえドルディオ、私は戦えるわ。だから、心配しないで。それよりも貴方はお姉ちゃんのところに行ってほしいの」

「ハルカさんのところに……ですか。それは、守るために……ですか?」

「そうよ。貴方になら任せられるから。今のお姉ちゃんを守れるのは、現状貴方だけだから」

 カヨの真摯な思いに、ドルディオは決意した。

「承知しました。このドルディオ、必ずや任務を全う致します。病院に着くまでには、ゼロ・ウェイブもある程度は回復していると思われますのでご心配なく」

 ドルディオの返答にカヨは頷きを返し、そしてアジトの方角へと身体を向けた。

「じゃあ、頼んだわよドルディオ」

「ええ。お嬢こそ、どうかご無事で」

 背を向けたまま互いに言葉を交わし、二人はそれぞれの目的地へと走り出した。

 それぞれの守るべきものを守るために。




「ソウエイさん、ポイントは絞れそうか?」

 車を走らせながら、ゲンスケは助手席のソウエイさん――眼帯を外し、左目が姿を現している――へ言葉を投げかける。その表情には若干の焦りが見えた。

「そうですね……公園内部の、佐久間ハルカが倒れていたエリアの付近で間違いはないでしょうが」

「それ以上はその場じゃないと分からねえか」

「さすがにそうですね」

 ソウエイさんは融合者ではない。だが、元より持っていたセパレーター及びセパレーターと融合した者よりも高精度な『見えないものを視る』能力――通称『不可視崩しの魔眼』――を有しているために、このような状況において必須レベルの、広範囲かつ高精度な異能持ち探知を行うことができるのだ。

 そして彼らは車を走らせる。イビル・オリジン事件を早急に解決するために。前の宇宙から続く、悪意の流動を止めるために。

 融合者となり全てを知った山下ゲンスケは、ついに動き出したのだ。

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