第6話「イグナイト」

   ◆


「このホテルです」

 アイがホテル内部に潜むセパレーターを感知した。アケミは冷静になるよう努めた。

「流石に能力傾向までは分からないわよね?」

「ええ、そこまでは流石に。ただ、この距離ならソリッドエゴを実体化させていれば……そちらの感知もできます――今はいませんけど」

 とはいえ、どの道実体化させていなければ感知できないため、過信は禁物である。

 その点についても心得ていたアケミは、落ち着いて体全体に異能の発動準備を促した。例の発熱現象も、全身に広げればかなり緩和できるからだ。

「私はいつでも行けるわよ」

「……それはいいですけど、全身焼け爛れたりしませんよねそれ」

「ならないように気を付けるわ」

「気を付けるって……」

「で、行けるの? 行けるのなら早く行きましょ」

 アケミがそれほど気にしている素振りもなかったため、アイはホテルの扉に手をかけた。

「では行きます」

 扉が開かれ――部屋の惨状が露わになった。ホテル〈ネオユカ〉、その内部は燃え盛る炎によってすべてが焼き尽くされようとしていた――いや、正確には違っていた。

 〈ネオユカ〉内部の人間だけが燃え上がっていたのだ。恐らくはロビーだけではなく、他のフロアもすべてであろう。

「月峰さん。まさかとは思いますけど」

「こんな規模の攻撃、出来るワケないでしょ。無茶苦茶よこんなの」

 つばを飲み込みながらアケミは言った。

「確かにその通りでした。この規模は普通じゃありません。しかも、、燃えがったみたいです」

「それってつまり……今急に異能の反応が強まったってこと?」

 アケミの問いに、アイは首肯で返した。

「加えて言うなら、恐らくは挑発の意味合いもあるかと」

「あっちもセパレーターを感知できるからってことね」

「ええ。そしてその人物は――」

 アイは次第に近づいてくる反応を確認してそう言い始めた――その時、この惨状を引き起こした元凶が姿を現した。

「――そう、その人物こそこの俺。悪の尖兵である俺である!」

 エレベーターが開き、黒く染まったコートの様な闇を纏った男が姿を現した。その体には、炎めいたオーラが纏わりついている。

「我が名はイグナイター! 最早死んだ男だ……!!」

 その発言だけでは、いまいち言葉の真意をつかむのは難しい。だがしかし、同じセパレーターであるアイや、セパレーターについて聞いているアケミには、その言葉の指す意味がはっきりとしていた。

「融合……できなかったのねアナタ。それでもう、イビル・オリジンの手駒にならざるを得なかった――そういうことよね」

 アケミが神妙な顔つきでイグナイターに問うた。イグナイターはそれに首肯する。

「然り。最早俺はただの悪である。衝動のままに我らが王たる〈イビル・オリジン〉が降臨する世界への変貌を促すものである」

 どこかにまだ人であった頃の意思が残っているのか、イグナイターは自分自身を悪であると断じた。それが意味することは定かではない。だがアケミとアイが行うことはただ一つ。イビル・オリジンの尖兵であるイグナイターは、最早始末する他はない、ということだ。

 なぜなら彼らは、融合を果たせなかった時点で既に死んだも同然なのだから。

「行けますか?」

「ええ、いつでも」

 アイの問いかけにアケミは力強く答える。こういった事柄への覚悟は既にできているのだ。

「二人がかりで仕掛けてくるとはいえ相手は女性。あまり女性を傷つけたくはないが――それは君たちへの侮辱になってしまうのだろうな」

 イグナイターは、破壊衝動剥き出しの凶悪な笑みを見せた。

「聞きました月峰さん? あの殿方、まだカッコつける余裕があるみたいですよ」

「侮辱がどーの言ってる間はまだ余裕ってことよね。……調子乗ってるとこ悪いけど、さっさと始末してやるわ」

 アイとアケミはそれぞれ能力発動の精神的スイッチを入れる――それがそのまま戦闘開始の合図になった。

「先攻は俺だ――!」

 一瞬にして、イグナイターの両掌から圧縮された炎のビームが発射された。それが直撃すれば、恐らくは〈ネオユカ〉内部の焼死体と同じ末路を辿るのだろう――と、アイとアケミは察知した。故に二人は、それぞれ己の能力を全力行使した。


「ハァァ――――!」

「ッシャァァ――――!」


 アイは周囲の空間をねじり、火炎ビームの軌道を歪ませ、

 アケミは再び何らかの方法でイグナイターの背後に出現した。その体からは少量ながらも、やはり熱気が立ち上っていた。

「何? そうか分かったぞ、瞬間移動使いなんだな君は――」

「5秒!」

 右拳を叩き込みながら、アケミはそう叫んだ。その時、彼女の両腕が熱を放った。

「ぅお――――」

 その直後、イグナイターは吹き飛ばされる。複数の殴られた痕を瞬時に発生させながら、イグナイターはアイの方へと飛んでいく。

「ぶっさされろ!!!」

 アイが叫び、空間が槍の形を取る。瞬時に生み出された1本の空間槍は、容赦なくイグナイターへと射出された。

 それを察知したイグナイターは、即座に防御態勢を取った。

「イグニッションッッ!!!」

 一瞬でイグナイターの周囲を炎の結界が覆った。それは恐らくは灼熱の業火で――というよりも炎という概念で、概念であるがゆえに本来燃やせないはずの『空間』という概念を燃やすことに成功したのだ。

「チッ、ごめんなさい月峰さん。仕留めそこないましたわ」

「むしろ今ので済んでたらとっくにやられてるわよコイツ! 気にしないでいいから!」

「やれやれ、時間操作系と思しき瞬間移動の異能持ちと、空間操作系の異能持ちとは。恐ろしいよ、そんな凄まじい異能持ちと戦っている、他ならぬ俺がね!」

 闘争本能剥き出しに、イグナイターは叫ぶ。

 燃やされた空間は、空間という概念自体の『直ろうとする』修正力によって本来の空間状態に戻した。

「弾数無限の射出能力を以って、イグナイター、貴方を始末しますわ」

 冷酷に、それでいて高潔にアイは宣言した。

「時間操作系だぁ? はっ、それで済んでたらよかったのになァ……!」

 立ち上る熱気の如く、激しき激情を露わにしてアケミは吼えた。

 そして、アケミは再び咆哮した。

「シャァァアアア――――――ッッ!!!!!」

 

 こうして、熱量は消費された。月峰アケミは、咆哮と共に跳躍したのだ。

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