第5話「その腕の名は恐怖」
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ユカリングのアジトにて繰り広げられている戦いは、互い互いが血濡れになりつつも均衡した戦いとなっていた。
お互いに荒い息をする二人。二人とは、神崎カイとドルディオである。
カヨは後方で様子をうかがっている。
「そこをどけ……ドルディオ」
血に濡れた右腕を押さえながら、カイはドルディオを強くにらんだ。
ソリッドエゴ――現形態〈憤怒のバーサークゴーレム〉は体中が砕けており、既に限界と言ったところだ。
「貴様こそ、これ以上お嬢に危害を加える、な」
血だらけのドルディオは、なんとか意識を保ちながら答えた。反面、ドルディオのソリッドエゴ〈ゼロ・ウェイブ〉は、外傷こそあるもののカイのエゴほどのダメージはなかった。……逆に言えば、ゼロ・ウェイブの攻撃がカイのエゴ以上にダメージを与えた――と言うことなのかもしれない。
ソリッドエゴは、本人のエゴの強さがそのままステータスに反映されるため、今の様にゼロ・ウェイブがドルディオよりもダメージを受けていない状況は不自然ではない。だが、当然ドルディオが倒れればゼロ・ウェイブの維持ができなくなるため、現状はカイがやや有利である。何しろカイのダメージはそこまで大きなものではなく、尚且つ、カイは未だ複数の感情を手札として持っている。
「次こそ仕留める」
崩壊しかけたバーサークゴーレムがドルディオめがけて突進攻撃を仕掛ける。
「何度も同じ手を!」
ドルディオのゼロ・ウェイブが迎撃に出る。
『――――――ッッ』
二つのエゴ――その拳がぶつかり合う。その時、ゼロ・ウェイブの腕が謎の音波らしきものを発していた。
『――――――』
ゴーレムは沈黙し、なすすべもなく崩れ去った。ゼロ・ウェイブが腕から発した音波がここに至るまでの戦闘間で蓄積し、ついにゴーレムを内側から破壊したのだ。
崩壊したゴーレムは霧散する。再びカイが怒りの感情を十全に溜め込まない限りその姿を取り戻すことはない。そしてドルディオは確かな手ごたえを感じていた。……そう、カイのエゴ……その本体らしきカラスめいたエゴごと破壊に成功したからだ。ゆえにドルディオは勝利すら確信していた。
「丸腰だな神崎カイ。今度こそ戦闘不能にさせてもらおうか!」
そしてドルディオのゼロ・ウェイブは、カイに向かって攻撃を仕掛けたのだが。
「丸腰だと? 笑わせるな。俺にはまだ――手札がある!」
少しだけ、カイの感情が強まっていた。ドルディオはそれを奇妙に思いカイを観察した。――そしてその事実に気が付いた。
「カード……つまりエゴを自分自身にぶち込んだだと――」
カイの左腕には新たなカードが挿入されていた。
「ドルディオ、お前はアレを本体だと思ったのだろうがそれは違う」
姿勢を落とし、ゼロ・ウェイブの攻撃を回避し――カイは刺々しく変質した左腕をゼロ・ウェイブに突き刺した。
「アレは、複数のカードから感情の一部をコラージュして作ったものにすぎない」
飛び散る鮮血のイメージ。ソリッドエゴはあくまでも実体化したエゴであるゆえに、実際に飛び散るわけではない。だがエゴもまた自分の一部と考える者……この場合はドルディオがそうなのだが、そういった者のエゴはダメージを受けた時、鮮血のイメージを噴き出す。この時、エゴは死ぬことはないが、宿主の精神にある程度のダメージフィードバックはある。実際に刺されたほどの痛みではないにせよ、それなりの痛みはあるということだ。
「……ぐ、まさかまだ、そのような攻撃手段を残していたとは」
「お前との戦いだけでも、嫌という程〈苦痛〉を味わったからな。この腕にある無数の棘は、既にドルディオ……お前のエゴ、その内部を貫き破壊している」
次の瞬間、ゼロ・ウェイブの全身から赤く染まった無数の棘が突き出た。
「がッ…………!」
大きく目を見開き、ドルディオが倒れる。
「さて、待たせたな。佐久間カヨ」
赤く染まる、エゴと融合した左腕――それを動かしながら、カイはカヨの元へと近づいた。
「待……て……ッ!」
ドルディオは叫ぶだけで精いっぱいであり、今は激痛によって動くことができない。
その間にもカイは、カヨの元へと進んでいく。
「ゼロ・ウェイブ――腕から放つ音波による、対象の内側への攻撃。強力ではあったが、手札が足りなかったな」
正直なところ、カヨは様子をうかがっていたというより最早足がすくんで動けずにいたのだ。恐怖。少量に抑えられたとはいえ、カヨの体内にも〈恐怖〉を司る、カイのエゴが入り込んだ。それがじわじわと今になってカヨに影響を与えたのだ。ドルディオもまた、戦闘中既に影響は出ていた。それによって生じた僅かな隙の数々によって、カイを倒しきれなかったのだ。
「さて、今からこのカードを使う」
そう言って、カイは更なるカードを己の背中に挿入した。その直後、カイの背中から黒い闇の様な羽根が出現した。だが、よく見るとそれは羽根ではなかった。
それは禍々しき形の腕だった。
羽根の様に見えたそれらは長い指だったのだ。
「芸がなくてすまないが、これも〈恐怖〉だ。使いやすいので、逆に普段はあまり使わないようにしている。とくに今出したものはとびきり濃い感情だ」
エゴの腕が、カヨに迫る。ドルディオは動けない。どうしようもないほどの絶体絶命。カヨはその状態で、なんとか言葉を紡いだ。
「なん、で? 目的は何なの? ここまでする必要ってあるの?」
カヨは必死でカイへ問いを投げかけた。
カイは、エゴの腕をカヨに突き立て、
「分からないのか? なら教えてやる」
今まで見えなかった憎悪らしき感情を浮かべながら言った。
「〈イビル・オリジン〉、そしてそれに連なる異能を無軌道に使う存在――それら全てを抹殺する。それが、それこそが――生まれてくることすら許されなかった存在による復讐こそが目的だ……!」
そしてエゴは突き刺さった。
……はずだった。
「何……?」
カイは異常に気が付く。カヨの影から何かが飛び出し、カイの攻撃を受け止めたのだ。
「神崎カイ……と言うのか。なるほど、あの男の子どもと言う事か」
エゴの下で、その少年は言った。
「何者だ。影の中で盗み聞きとは悪趣味なヤツだ」
「お前ほどじゃないさ。その、醜悪極まる能力よりはな」
エゴの指、その間から、少年の眼が黒く輝く。それはやはり闇。この少年もまた、セパレーター、あるいは融合者なのだ。
「ああ……混濁していたよ。融合を果たすまでに、随分と放浪した。……だがまあ、それもいい経験をした……ということにしておこうか」
その少年は、銀に染めた髪に黒い帽子をかぶった――そう、赤原タケルという名の少年だった。数日前、山下ゲンスケが追っていた〈帽子の少年〉と同一人物である。
「俺の名は赤原タケル。ここでも前の宇宙でも――新生ユカリングの幹部をしていた男だ」
タケルは腕に、硬質化した黒い影を纏わせガントレットの様に装着した。
「赤原タケル……なんでもいい、倒す対象が増えただけのことだ」
やはり〈憎悪〉らしき感情を表出させながらカイは言った。
「……」
タケルは背後のカヨを一瞬だけ見た。彼女は気絶していた。
「ドルディオ、無事なようで何よりだ。だが余裕はあまりない。カヨを連れてさっさと逃げろ」
「お嬢は、無事なのか?」
なんとかドルディオは立ち上がり言った。
「話をしている場合か?」
その状況で、カイはタケルに攻撃を仕掛けた。容赦のなさは、そのまま意志の固さを示している。
「ハッ、余裕がないのはあちらも同じようだ。ドルディオ立て、今ならまだ何とかなる」
タケルは両腕によるラッシュでカイの攻撃を捌きながら、ドルディオに指示を送った。
「分かっているのかお前たちは? 佐久間カヨは前の宇宙ではイビル・オリジンの宿主になってしまっていたヤツなんだぞ? 一部だけとはいえ未だにその能力を行使できるヤツを野放しにしておくつもりか?」
「あのな神崎カイ。それでも、今のカヨはもう宿主じゃない。だったらお前の理不尽に付き合わせる必要はないだろう?」
タケルの拳がカイに迫る。
ここにきて、カイはようやく強者の登場を実感した。
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