第3話「エゴ、エゴ、エゴ」
……一分後、カイは再び奥の扉へと歩を進めた。
アジトである倉庫内、そのフロントエリアでは50名ほどの不良が倒れ伏していた。
その全てが、死んでいないにせよ苦悶の表情を浮かべていた。
その全てが『何か』に怯え、逃げようとしていた。
その『何か』――それはそれぞれで違っているのだろう。うめき声にも様々なものがあった。「来るな」「やめてくれ」「痛い」「許して」「怖い」――あるいは、50通りの『何か』は、ルーツ自体は同一のものなのかもしれない。
その全ては『何かへの恐怖』に通じている――とさえ考えられるかもしれない。
いずれにせよ、カイがアジト内に潜伏させていたソリッドエゴは、襲い掛かって来た不良たちを瞬く間に無力化させた。
カイは最奥の部屋に続く扉を開けた。
最奥の部屋、そのさらに深部を覆うカーテン。その先にも、粒子化したソリッドエゴは潜伏していた。故に、滞りなく事態が進んでいるのならば、カーテンの向こう側にいる人間も攻撃を受けているはずである。
そのためカイは躊躇なくカーテンで仕切られたエリアまで突き進んだ。
「――――!」
その時、どす黒い影が槍の様な形状を取りカーテンを突き貫いた。至近距離にカイが来たことを察知したのだ。
「ぐッ」
カイはとっさに回避行動をとり、致命傷は避けることができた。
「……」
とはいえ、影は左脇腹をほんの少しではあるが抉った。さすがのカイも、苦悶の表情を浮かべざるを得なかった。
だが浮かべない。思っていても、その感情は強まらず――結果として苦悶の表情を浮かべない。あくまでもカイは冷静さを崩していないのだ。
「不意打ちとか趣味悪いわね」
破れたカーテンの奥から声がする。それは少女の声だった。
「それはお前もじゃないのか」
カイは冷静に返答した。ソリッドエゴで覆ったのか、傷口は塞がっている。
「……存外丈夫なのね。でも関係ないわ。私の〈
「イビル――だと」
カイは何かに驚愕する。だがそれ以上意識を埋没させることは出来なかった。
次の瞬間、カーテンが黒い影によって切断されたのだ。細切れになっていくカーテンは、その攻撃の容赦のなさを明確に表しているかのようだ。
そして姿を現す一人の少女と、前髪で片目を隠し、ダメージがあるのか立膝のまま動けずにいる少年――ドルディオ。ドルディオは新生ユカリングのメンバーだったのだ。
「……」
カイは前方の二人へと意識を集中させる。己のソリッドエゴが彼らの体内に入り込んでいないか確認しているのだ。
「……完全な遮断は出来なかったようだな」
わずかながら二人の体内に入り込んだソリッドエゴを確認し、カイは言った。
「――まさか〈イビル〉で遮断しきれないなんてね。そこは褒めてあげるわ!」
残忍な笑みを浮かべながら少女は複数の触手めいた影をカイに向けて放った。
「ふざけているのか。不十分な殺意では俺を殺すことなどできないぞ」
殺意が足りない――カイは言った。事実、少女の攻撃はカイに向かってはいるものの、致命傷に至らない軌道だったのだ。
「これが情けだってわかんないようね! 今ならまだ許してやるって言ってんのよ!」
少女は、肩にかかる髪の毛を逆立てながら叫んだ。
同時に、触手めいた影の数が増える。まるで彼女の激情に呼応したかのようだ。
そしてそれら全てを、カイのソリッドエゴが人型を成して捌く。
「擬人化カラス……ってところかしら。そいつを無力化するためならもうちょっと本気出してあげるわ」
未だ余裕の表情を崩さずに少女は言った。
「そうか。なら俺は本気でお前を殺すとしよう」
あくまでも冷静に、カイは殺意を言葉に乗せた。
そしてカイは、カードを出現させる。そのカードは、少女の放つ影と同じ色をしていた。
「――アナタ、そう、セパレーターとの〈融合者〉ってこと。……なるほど、納得したわ。私のことは許せないんでしょうね、そういうことなら」
「――チェンジ、〈憤怒のバーサークゴーレム〉」
少女の発言など最早意味をなさない、とでも言った風に。カイは黒いカードを、己のエゴに投擲した。
『解除、〈恐怖のシャドウダスト〉。起動、〈憤怒のバーサークゴーレム〉』
以前話していた存在とは思えないほどの機械的な声を発するエゴ。そしてエゴに赤色のオーラが纏い始め――その体躯は2メートル越えの巨体へと変貌した。
「しばらく発散していなかったからな。思う存分暴れるといい」
カイのその一言と共に、狂乱のゴーレムは咆哮を上げ――そして少女へと襲い掛かった。
『――――――――ッ!!』
瞬く間に距離を詰めるエゴ〈憤怒のバーサークゴーレム〉。対して少女は、影を纏め上げ巨大な腕を2本生成し対抗した。
「……う、ぐッ」
それでもなお、カイのエゴがパワーで上回っていた。当然である。カイは本気で〈イビル〉を抹殺しようとしているのだから。その感情が――カイが溜め込んだ怒りの感情が具現化した〈憤怒のバーサークゴーレム〉が押し負けるはずがなかったのだ。
そう。ソリッドエゴに分類されるカイの異能は――カイがあらかじめ切り離してある感情を戦力として具現化させるというものだったのだ。
それぞれの感情ごとに名称はあるものの、カイは総称をつけていなかった。ソリッドエゴという分類名が、そのまま体を表していると考えたからである。
かくして〈イビル〉は吹き飛ばされた。カイはその時、吹き飛ばされ倒れた少女に別人の面影を見出した。
「ああ、似ているとは思ったが……お前は『佐久間ハルカ』の妹か。名前は確か――」
「カヨ。佐久間カヨ。それが……私の名前よ」
起き上がりながら、少女――カヨが言った。
「大丈夫ですか、お嬢」
ようやく立ち上がることができたドルディオが、カヨを守るべく駆け寄った。
「アナタはもう動けるの?」
「ええ、時間がかけてしまい申し訳ありませんでした」
「それはいいわ。アイツの能力は明らかに強すぎるから。それよりも――」
カヨは迫りくるゴーレムを見据えながら続けた。
「――それよりも、アイツは姉さんについて何か知ってやがる!」
カヨは再び〈イビル〉を起動した。
「俺も加勢します」
ドルディオもまた、ソリッドエゴを出現させる。そのエゴは、全身にラジオチューナーの様な意匠が見られた、機械的な人型だった。
「〈ゼロ・ウェイブ〉がお前を砕く!」
3体のソリッドエゴがアジト最奥フロアにて火花を散らす。三者それぞれの思いを胸に、戦いは再開した。
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