第2話「ブレイザー」

2

 大学のキャンパス内に存在する体育館、その裏にてアケミとアイは対峙していた。

 木漏れ日が、二人に水玉模様めいた明暗を映している。

「梅雨の中で、素敵な晴天。あぁ、こういう日はカイと一緒にお出かけをしたかった……」

 よよよ……指で涙をぬぐう仕草をしながらアイが言った。別に涙は出ていない。

 アケミは、アイのそういう所が好きじゃない……というか普通に嫌いだったので躊躇いなく「チッ」と舌打ちをした。

「……ねえ黒咲さん。私としては、理性的で知性的でおまけに可愛らしいお話がしたかったんだけど。そっちはその気がなかったりする?」

「……うーん、そうですね。今にもブチギレそうなのは月峰さんの方だと思うんですけど」

 アケミの堪忍袋の緒は、既に擦り切れに擦り切れてすさまじく限界だった。また、アイの指摘が中々に図星だったので余計に臨界点を突破しそうになっていた。

「はー……神崎君も、なんだってこう、貴女みたいなのと付き合ってるんだろ」

 正直なところ、内心アケミは既にかなり怒っていたため、言い回しが既に棘しかなかった。

 ……そして、棘の種類が悪かった。普段ならば煽りなど意にも介さないアイであるが、ただ一つ――神崎カイに対する発言に限ってはそうはいかない。具体的に言うと、アイはプッツンする。

「あ? 何言ってんだテメー」

 普段の可愛らしい声はどこへやら。アイは鬼の如き形相でアケミを睨みつけた。

「あら。もしかして地雷ワードだったかしら」

「もしかしてもクソもあるかボケが! 月峰アケミ。テメーは私が直々にこの手でぶっ潰す……!」

 そう叫んだアイの背後。その空間に歪みが発生した。

 そして、凝縮された空間が――槍のような形状を取り始めた。数は5本。ぶっ潰すどころかぶっ殺しかねない状況である。

「あークソ。何が危険な仕事にはならないと思うよ――だ。いきなり殺されそうじゃないのよ私!」

 カイに悪態をつきながら、アケミは右足に意識を集中させる――能力行使のスイッチだ。

 瞬時。アケミに与えられた能力行使までの時間はそれだけだった。

「死ねぇーーーーーーッ!!」

 アイの怒号にも似た叫びを合図に射出される5本の空間凝縮槍。それは、次の瞬間にはアケミを刺し貫くことが容易に予想できるほどの正確さだ。当然無事では済まない。

「ッシャァァ――――ッッ!」

 言葉にもならない絶叫と共に、アケミは右足を力強く前に踏み出した。

 

 土煙が上がる。地面に槍が炸裂したためだ。

 槍はアケミを貫いた――いや、今のスピードならば、貫いているべきだった。

「――チッ、あの状況で避けるなんて」

 そう呟いたアイの背後に、アケミはいた。その右足からは、熱気が立ち上っていた。

「本気で殺しに来るなんて、おっそろしいわねホント」

 上がった息を整えながらアケミが言った。

「貴女の異能ソレこそ、どうかと思うけど」

 クールダウンしたアイは、アケミの方へと振り返りながら――空間の、槍への形態固定を解除した。歪み、捻じれていた空間はようやく元に戻った。

「あら。もういいの黒咲さん?」

 右足に水筒の水をかけながらアケミは言った。

「ふん、カイが関心を持つ理由もなんとなく察せたわ。……癪だけど、本当にどちらかが死ぬまで戦い終わらなさそうだし、今はその時じゃないと思ったのよ」

 むすっとした表情でアイが言った。

「今は……ね。ま、いいけど。じゃあ何、きょうはこれでお開きってこと?」

 アケミはそう言ったが、アイはそれを妙だと思った。

「どうしてそうなるんです? そもそも私を呼びつけたのは月峰さんでしょう?」

 しまった……とアケミは思った。熱くなっていたので、カイとの約束をアケミは失念していたのだ。

「あー、そうだったわね。うっかりうっかり」

 言いつつ、アケミは何かしらの理由をひねり出そうとしていた。

「何が『うっかりうっかり』なんですか。まさか先ほどの殺し合いがしたかったわけではないですよね?」

「んなわけないでしょ! そこまで物騒じゃないわ!」

 口調が荒くなっているのは、考え事に必死で取り繕っている余裕がないからだ。

「早くしてくださいませんか? カイがどこに行ったのか、私、気がかりでならないんです。貴女とてそこまでひどい人じゃないでしょう?」

 アイのその発言で、アケミはようやく理由作成に成功した。

「あー! それよそれ! アイツ、どこに行こうとしてるのよ! 私ね、貴女にそれを聞きたかったのよ! あーよかった思い出せて!」

 口をパクパクさせながら、同時にそれっぽい言い訳を生み出すアケミ。なんとか『アイを呼んだ理由』と言う名の牙城を作ることに成功した。ただしベニヤ板製である。

「へぇ。それでしたら早く言ってくださればよかったのに。今の貴女なら、不本意ながら一時休戦中ですので、少しぐらいなら共闘もやぶさかではありませんし」

 それだけ言って、アイはアケミの側までやって来た。そして耳元で、


「あ、でも。――カイに手を出したら異次元に幽閉しますよ」


 笑いながらアイは言った。目は笑っていなかった。

 意趣返しをされた、とアケミは思った。


   ◆


 〈カフェ・ステキグローブ〉から徒歩5分のエリアに存在する森林地帯――〈ゆかり町森林公園〉。そこにある、現在は使われていない倉庫が新生ユカリングのアジトとなっていた。

気休めとはいえ景観を崩さないよう森林奥深くに建てられていたために、その倉庫は人目につかず――結果として、アジトになっていても気づかれなかったのだ。

 そんなアジトの前に、カイは到着していた。途中何度か抵抗したのか、返り討ちにあったリーゼントとモヒカンは顔面蒼白でカイを案内していた。やはり、外傷はなかった。

「ごくろう。帰っていいぞ」

 淡々とカイは言った。

 だが、二人の不良は重圧からの解法からか、その場に座り込んだ。今にも失神しそうなほどである。

「ま、そこで座っているのならそれでもいい。……でも邪魔はするなよ。それ以上のことになるからな」

 そう言ってカイは、一人でアジトの入り口に手をかけた。


   ◆


 アジト内部、その最奥。カーテンで仕切られた部屋にて、リーダーらしき人物が来訪者の存在を察知した。

「……誰か来たわね」

 その人物は少女だった。ユカリングの構成メンバー、そのほとんどは中高生なので、そういう意味ではなんら不自然ではない。

「俺が出向きましょうか」

 カーテン越しに、側近らしき少年の声が聞こえる。

「いえ、いいえ。ここは私が出ます。〈融合者〉である、この私がね」

 少女の口元が歪んだ。

 繰り返すが、彼女が少女であることには、なんら不自然な点はない。だが、彼女は明らかに不自然だった。

 彼女のシルエットは、人のそれではなかった。

 その肉体は――恐らくは人の肉体ではなかった。

その肉体を形成しているモノは、既に人のものではなかった。

「私が、直々に溶かしてあげるわ。――この〈悪意イビル〉でね」


   ◆


 そして、カイはアジト内部に入り込んだ。

電気を付けていないのは仕様か故意か。

ともかくカイは、薄暗いアジト内部を歩く。リーダーらしき少女の思惑とは裏腹に、入り口に近いエリアのセンチネルめいた不良は各々の異能を発動しながらカイににじり寄る。

「いや、悪いな」

 カイは、呟きながら最奥の部屋に通じる扉へと歩いていく。

「行かせると思ってんのかよ!」

 剣を持った者、弓を持った者、盾を持った者。どこか時代錯誤感すらあるビジュアルの異能持ちも混ざる中、総勢50名ほどの不良が倉庫フロントエリアの一階と二階へと続く階段の踊り場に集まって来ていた。

 どうあがいても絶体絶命の状況。だが、その状態であってもカイは冷静だった。

「これはこれは。大体2/3は集まっているようだな」

「テメーはさっきから既に付けられてたんだよバーカ! そんで、あの二人が適当に時間稼ぎしている間に集まったって寸法よ! お前は罠にかかったんだよ!」

 普段からこういう戦いは行われているのだろう。そういう意味で、ここにいる不良たちは手練れとも言えた。そしてそのルーチンワークめいた戦いによる、慣れという一種の緩みから――不良たちの笑い声が倉庫内に響く。カイはそれがノイズめいて聞こえていた。

「意外と暇なんだなお前たち。……それよりも、俺からも一つ言うことがある」

 ざわめいていた不良たちは、瞬時に何かを悟った。

「俺がここに来るのは初めてだが、――俺のエゴは初めてではない」

 そもそも、カイに与えられた情報は一つだけではなかった。〈羽根〉による情報の中には、このアジトの情報もあったのだ。

「お前たちはお前たちで、俺をここに誘い出したつもりだったんだろうな。だが悪いな。俺は俺で、ここに罠を張っていた」

 倉庫内部、その影という影から、黒い粒子がフロントエリア全体に散布された。

不良たちは、抵抗する間もなくその粒子を体内に吸引してしまった。

「布石は既に打ってあったということだ。……こういう攻撃もある。覚えておくといい」

 

数秒後、倉庫内で絶叫がこだました。

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