「悪との決着」

第1話「レイド・ブレイド」

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 〈ゆかり町〉にある高層マンション、その一室。IT大手の〈インフレ社〉に勤務する社員が住むその部屋は今、飛び散る鮮血で赤く染まっていた。切断された何かが床に転がり、それを見つめる一体のオートマタ。惨状が、そこにはあった。

 そして、その部屋――居間に、マントめいた影を纏った男がやって来ていた。デフレだ。

「やれやれ、派手にやったものだな」

 腕を組み、居間の扉に背を預けながらデフレは言った。

 とはいえ、佇むオートマタは物言わぬ機械故に沈黙を保ったままだ。

「……フン、別に返答を求めているワケではないさ」

 言いながらデフレは、ホルスターから銃を抜いた。

「だがまあ、これだけやればじきに気が付くだろう」

 そしてデフレは、棚の影に隠れる人影に発砲した。




  第1章「建前と言う名の幻影」




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 神崎カイは、市内にあるとある大学に通っている。そして、本日は講義があったため、カイは大学にいた。

 とはいえ、最早単位を大方取り終えたカイは卒業論文に取り掛かっていた。というより既に、残った単位は卒業論文関連のみだった。

 というわけで、カイは付属図書館にてパソコンによる蔵書検索サービス用いて文献を探していた。

「それ、卒論関係ない文献じゃない」

 カイの背後に、同年齢の女性が立っていた。同じゼミに所属する、月峰アケミだ。

 カイは、アケミの変化に気が付いた。

「ショートにしたんだ、髪」

「そーよ。文句ある?」

「いいや、別にないけど」

 アケミは、数日前までは肩にかかっていた黒髪をばっさりと切ったのだった。

 といっても、カイとしては別段興味のないことではあったのだが。

「文句どころか私に対する関心すらなさそうだけど――いやまあ、そこは別にいいんだけど」

 腕を組みながらアケミは言った。

「……結局何しに来たの。月峰さんは」

 カイの冷めた物言いに、アケミは少しむっとした。

「たまたまアンタを見かけただけなんだけど……もしかして今、話しかけるのマズかった?」

 むっとしたものの、なんとか落ち着きながらアケミは聞いた。

「……いや、別段そういうことはないよ」

「そ、ならよかった」

 そして、二人の間に沈黙が訪れた。

「…………」

「…………」

 カイがキーボードを叩く音だけが、二人の付近に響いていた。

「……あのさ、月峰さん」

「……何」

「特に用事はないってことなのか、沈黙コレは」

 顔だけ後ろを振り返って、カイは言った。

「…………」

 正直、アケミとしてもなんとなく見かけたから話しかけたというだけのことだったので、沈黙が訪れてしまった時点で既にかなり撤退推奨という状況ではあった。

 ――だが、ここで救いの手が差し伸べられた。

「もしヒマなら、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど」

「――んえ?」

 救いの手を差し出したのは、他ならぬカイだった。ただし、その実態はパシリも同然の内容だったのだが。

「たった今、俺の放ったエゴの一体から〈羽根メッセージ〉が届いた」

「そうなんだ」

 アケミは異能持ち――カイと同じ、生まれながらの――であるため、カイの言っている一見意味不明な言い回しも理解できる。そのためもあって、その後の展開も何となく読めていた。

「そのため俺は、ちょっと今から行くところができてしまった」

「うん、何? 私に書架から本探してきて欲しいとかそういうやつ?」

 アケミの問いにカイは首を横に振った。

「そういうのは別に月峰さんじゃなくてもできるだろう。俺が頼みたいのはそういうのじゃない」

「なるほどね。私になら危険な仕事を押し付けてもいいって、そう思っているってワケね」

 少しいじわるな笑みを浮かべながらアケミが言った。

「危険な仕事にはならないと思うよ。人に会って欲しいだけだから」

 そう言うと、カイは席から立ってアケミに向き直った。

 急に目が合ったので、アケミは少しだけドキッとした。

「……会って欲しい人って、別にいいけど、誰よ」

 その問いに、カイは一瞬だけ目を閉じ、

「アイだ」

 自分の彼女の名前を告げた。

「うっそでしょ。どんな顔して会いに行けっていうのよ」

 アケミはアイのことが苦手だった。何故ならアイにとって、カイに話しかけてくる家族以外の女性は、今のところ例外なく『目障りな害虫』でしかないからだ。その害虫には当然アケミも含まれていた。

「頼む。アイに対抗できるのは月峰さんぐらいだから。日中だけでいいから引き留めておいて欲しい」

 真剣なまなざしでカイは言った。

「……あーもう、わかったって、今日はやけ酒よチクショー」

 余りに真剣な目だったので、アケミは思わず了承してしまった。ちなみに、当然ではあるが二人とも成人である。

「申し訳ない。頼む。あの件で手を打ってくれ」

 そう言ってカイは開かれていた検索結果のページを閉じて先に図書館を出て行った。

 検索していた本は、VR関連の文献だらけだった。

「……まったく、しょうがないやつね。……てかさ、うち、VRとかは講義で扱ってないでしょ。そもそもうちのゼミ普通に文系だし」

 なんとなく、アケミは呟いた。


「あら。別にそういう分野にも興味があっていいと思いますけど?」

 アケミの背後から声がした。

 声を発した人物が誰であるか――それを察したアケミは、顔を引きつらせながら振り返った。恐怖と言うよりは、どちらかと言うと怒りと言った趣だ。

「なんでここにいるのよ、黒咲さん」

 現れたのは件の探し人、銀髪がきれいに輝く黒咲アイだった。

「カイのいるところだから……ではいけませんか?」

 微妙に勝ち誇った表情をしながら、アイは言った。

「ふーん、そうなんだ。でも神崎君なら今さっき出て行ったわよ。つーかたった今よ会わなかったの?」

 あざ笑うかのように――というかあざ笑いながらアケミは言った。

「残念でした。私、ちゃんとカイとお話してきましたよ。――なんでも、月峰さんが私に用があるとかって」

「――あの野郎」

 小さな声でアケミは言った。いい様に使われたと確信したからだ。

「あの野郎? まさかカイのことじゃありませんよね?」

 当然の如く、アイはアケミの発言を聞き取っていた。

「地獄耳かよテメー」

「あらあらけんか腰なんて野蛮ですわよ月峰さん」

 笑いをこらえきれないのか、口元を手で押さえながらアイは言った。

「……日中だけでいいのよね、神崎君」

 アケミは拳を握りしめてそう呟いた。そして間髪入れずアイへと歩み寄り――

「ロビーで喋っているの普通にうるさいだろうし……場所を変えましょうか」

 浮き出そうになる青筋をなんとか抑え、アケミは笑顔で言った。目は笑っていなかった。


   ◆


 ゆかり町にあるカフェ、〈ステキグローブ〉。そのテラス席にて、カイは何かの様子をうかがっていた。

 視線はすぐ手前、テラスと道路を隔てる柵、その道路側に立つ少年二人だ。カイはコーヒーを飲みながら、この二人――リーゼントとモヒカン――を待っていたのだ。

 別にこの二人に限定していたわけではなかったのだが、とにかく、カイが追っている集団は、一部のメンツがこのエリアに出没する――そういった統計データをカイは得ていたのだ。

「おい、そこのお前ら」

 カイは二人に、テラス越しに声をかけた。

「あ? なんだおめー」

 片方の少年、リーゼントの方がメンチを切った。

「ちょっとこっち来いよテメー」

 モヒカンの方は指でカイにこちらへ来るよう促した。

「いいだろう。ならばお前らに直接案内してもらうとするか」

 それにカイはあくまでも冷静に返し、数分後、店から出てきた。

「テメーコラ、のんびりお会計なんてしやがってよぉ……」

 モヒカンの方がカイの胸ぐらをつかんだ。

「悪いがここは先払い制だ。俺がのんびりやっていたのは、返却口へトレーやカップを返す方だ」

「テメー……言ってくれんじゃねーか」

 またもモヒカンの方がカイに突っかかる。リーゼントの方は意外と冷静だった――わけではなく、単に戦闘準備に取り掛かっていただけであった。

「ま、なんにせよこのにーさんぶっ潰すだけだ」

 リーゼントの方が、カイの肩に手を乗せた。

「つーわけで、ちょっと店の裏にこいや」

 血走った目で、リーゼントの方が言った。

 カイはそれでもなお冷静に、

「隙だらけだな、お前たちは」

 殺気すら込めずに右掌をリーゼントの腹部に押し込んだ。

「ぐっほ――――っ」

 突然の攻撃に思わず後退するリーゼント。

 異変はすぐに起きた。

「――ヒッ……!」

 リーゼントの腹部から、黒い剣――その刃部分だけが突き出されたのだ。傍目に見れば、リーゼントの体内から剣が生えてきたたようにしか見えない。――とはいえ、見えるのは異能持ちだけなのだが。

 ……そして、この不良二人には黒い剣が見えていた。

「安心しろ。それはあくまで幻影だ。、ダメージはない」

 カイの言った意味――その真の意味を理解したモヒカンは震え始めた。尤も、リーゼントは既に恐怖で腰が抜けていたのだが。

「安心しろ。道案内さえしてくれれば、とりあえずそれ以上のことはお前たちにはしない」

 どこまでも冷静に語るカイに、二人の不良は最早従う以外の選択肢を失っていた。それは、尋常ならざる恐怖だった。

 そして、絶えず頷き続ける二人を見て、ようやくカイは口を開いた。


「じゃあ、〈ユカリング〉のアジトまで案内してくれ」

 相変わらず、カイはクールに言った。

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