第9話「悪意とエゴと嗤う戦士」
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時刻は16時半。ソウエイさんは早めにゆかり中央病院にやって来ていた。別件で用事があったためである。当然だが、ゲンスケがオートマタからの急襲を受けていることなど知る由もない。
そんなこんなでソウエイさんは、302号室に到着した。
「入るぞ」
扉を開けて入室すると、そこにはベッドで眠る少女と、それを椅子に座って見守る少年がいた。少年は右目を覆う程の前髪が印象的だ。また、彼は学ランを着ているのだが、第一ボタンまでしっかりととめているところからどこか生真面目なイメージも受ける。
少年はソウエイさんの存在に気付くと、途端に目つきを鋭くした。
「ここにはもう来ないでくれって、言ったはずですよ」
「まあまあドルディオ。そんなこと言わないでくれ」
そしてソウエイさんは、そのままドルディオの隣にあった椅子に座った。
「……今日は何の用ですか」
「用……ってほどではないんだけどな」
そう言ってソウエイさんは、ベッドで眠る少女へと視線を移した。
「ハルカちゃん、セパレーターに襲われたそうだな」
「……ええ、一週間前に」
ドルディオは、少女――ハルカから目を逸らさずに答えた。
「それ以来、意識を取り戻していないのか、ハルカちゃん」
「そうですね。――それが、貴方に何の関係があるんですか」
棘のある姿勢を崩さぬまま、ドルディオは言った。
「それがな、関係があるんだよ。私にもね」
ソウエイさんは、ドルディオに向き直って答えた。
「――? どうしてですか。一体何故? 貴方には俺の事情なんて何も関係ないでしょう。それなのに――」
「それがだな、ハルカちゃんの件に関してはそれなりに関係があるんだ」
「ハルカに……? まさか、今の姉さんの状況に関しての話なんですか!?」
姉さんと呼ばれていたが、ハルカは別にドルディオの姉という訳ではない。だが、仲間内でそう呼ばれているというだけの話なのだ。しかしそれでも、ドルディオにとってハルカは姉と呼称しても差し支えないほど大きな存在であることもまた事実ではあった。それ故に、ドルディオは思わずソウエイさんにつかみかかってしまったのだ。
「まあ、気持ちはよくわかった、痛いほどにな。だがとりあえず落ち着いてくれ。この体勢じゃ話しにくい」
「――う、し、失礼しました」
さすがのドルディオも、クールダウンして姿勢を正した。
「……うん、それでいい。まずは落ち着くことが先決だ」
などと、ワンクッション置いてからソウエイさんは話を始めた。
「じき、この町の探偵にも情報が萃ってくるだろうが――俺は確かに見たんだ。一週間前に、ゆかり町森林公園からどす黒いオーラが立ち上っているのをな……」
「オーラ……? そんなものが?」
「ああ。これは能力者でも普通は視えないものだ。私の様に、そういったオーラを視覚情報として捉えられる者にしか、アレは観測できない」
ソウエイさんは、眼帯をしていない方――つまり右目を指さしながら言った。
「……でも確かに、姉さんはそこで倒れていた。その――どす黒いオーラとやらの場所で」
動揺を隠しきれないようで、ドルディオは声を震わせながら返答した。
「まあ、そういうことだ。――そして、ここからが本題だ」
「本題……」
一瞬の沈黙、その直後。ソウエイさんは低い声で呟いた。
「〈イビル・オリジン〉、それがゆかり町に現れた」
◆
ツルギモリタワー内部の暗闇から繰り出される閃光。それは突如出現したオートマタによる、デスサイズめいたクローアタックだった。両腕どちらからも放たれるそれは、確かにゲンスケ一人ではどうしようもなかっただろう。破砕鬼であるバルバの護衛と、そして依頼主のゲツリによるオートマタへの陽動があるからこその生存だった。
ただ、それはそれとしてゲンスケは文句があった。
「おたくとこの会社はなんつーもんを番犬代わりにしてんだよ!!」
バルバに抱えられながらゲンスケは叫んだ。
「何を言っとるんだねキミは! こんなもん番犬にするわけないだろう!! ワシだって知らんわこんなヤツ!!」
こんなもの知らないと、オートマタの攻撃をかわしつつゲツリは反論した。ゲツリはどのような術を用いているのか不明だが、オートマタの攻撃を紙一重でかわし続けていた。
「つーかすげえな社長! その歳でどんだけ俊敏な動きしてんだよ! マネできねーよ俺!」
ゲンスケは素直に驚嘆した。実際、ゲツリの動きは反射的な速度だったのだ。
そして、ゲンスケは気付いていた。反射的な速度――それは同時に、神経的な動き、或いは条件反射的な異能であるということに。
「それがアンタの能力か、社長!」
「そんなところだっ、今はワシの肉体に憑依させてあるからな!」
憑依――とゲツリは言った。そう、異能にもいくつか種類があるのだ。それは大きく分けて三種類あり、一つ目はゲンスケの様な、あくまで己にのみ作用するタイプ。二つ目はツヨシの様な、外界に影響を及ぼすタイプ。そして三つ目は、ゲツリの様な、異能が一つの人格を持ち具現化するタイプである。特に三つ目は、宿主の人格――その一側面が抽出されることが多いために〈ソリッドエゴ〉と呼ばれている。
その中でも、憑依状態はかなりのセーブモードである。『見えないものを視る』ことが出来るソウエイさんの様な能力を持っていない限り、この状態のソリッドエゴを視認することは出来ない。
反面、その状態のソリッドエゴは通常の1/10程度の出力でしか動けないため、お世辞にも強力な能力とは言えないことが多い。その中では、ゲツリの能力はかなりの力を誇っているようにゲンスケは感じた。通常、憑依状態ではここまでの干渉は出来ないのである。
だがそれでも、オートマタの動きの方が若干速い。憑依状態ではいずれ追い込まれてしまうのは、ゲンスケの萃理が否でも知らせてきていた。
「オイ社長! このままじゃ――」
「ジリ貧だ、そう言いたいんだろう? 分かっているさ」
あくまで冷静に、ゲツリは答えた。
「というわけでバルバ。そいつの弱点は背中のアンテナだ。受け取れ!」
その瞬間、ゲツリの寸前まで迫っていたオートマタは吹き飛ばされた。ゲンスケには、何か腕の様なものが見えた――が、それ以上確認する余裕などなかった。背中向きとはいえオートマタが飛んできたのだから当然である。
「うおおお!? なんでこっちに飛ばしてくんの!!?」
ゲンスケは今、バルバに抱えられた状態である。故に、己が命運はバルバに賭けるしかないのだ。
「た、たのんますよバルバさーーーん!!?」
たまらずゲンスケは裏返った声で叫んだ。こわいものはこわいのだ。
「承知」
ただ一言呟いて、バルバは強烈な正拳突きをオートマタ背部アンテナに炸裂させた。
直後に鈍い破砕音が響き、それきりオートマタは動かなくなった。
「す、すげー。破砕鬼の名は伊達じゃないッスね。ハハ、ハ」
「……」
「当然だ。バルバはその恵まれた肉体のみならず、リアルでの訓練とツルギモリコーポレーションの総力をかけたVR空間による実戦シミュレーション、その双方を行っているのだからね」
煙を上げながら沈黙するオートマタを見下ろしながら、ゲツリは言った。
その目は、バルバへの自信と信頼に満ちた輝きが伴われていた。
「すげえ。これ俺の出る幕あるんですかね」
ゲンスケは、若干おいてけぼりにされている気がしたのでそのようなことを言ってみた。
「いいや、キミにはこのビルで起きた出来事、それを見てもらわねばならない。そうしなければ、キミの実感は強くならない。この件への実感を強めた上で、しっかりと萃理してもらわねばならないんだ」
「それが……俺への真の依頼、っつーことですか」
「ああ、そういうことになる」
ゴルドと同じように、ゲンスケもまた感じ取った。――ゆかり町で何か大きな出来事が起ころうとしていることを。
「……確かに、こいつは他人事じゃねーかもですね」
「そう言ってもらえると助かるね、ゲンスケ君」
真剣な表情で二人は言葉を交わした。
「……社長、何か来ます」
バルバが言った――その直後。
「出ろ、〈ムーンサルト〉!」
ゲツリの宣言と共に、彼の体からずんぐりとしたフォルムの――玩具の一種である『やじろべえ』の腕や胴体を肥大化させたような存在が出現した。
その存在――ムーンサルトは大きな両腕を広げる。すると、周囲にバリアーのようなものが発生した。
そのバリアーに、3発の弾丸が殺到し――到達する前に、何か大きな力がかかったように押しつぶされ、地面にめり込んだ。
「……危ないところだった。……大丈夫かね? ショック死とかされたら困るよゲンスケ君」
「だ、大丈夫っすよ! いやまあ確かに、かなりビビりましたけども」
冷や汗をかきながらゲンスケは答えた。
「そうかそうか、それならよかった。……全く、これでゲンスケ君が死んでいたらどうするつもりだったのかねキミ」
ゲツリは――フロア奥、暗闇の中に佇む受付カウンターの前に立つ射手に向かって問うた。
問われた人物は、「ハッ」と鼻で笑った後に答えた。
「いや失礼。まさかアンタが雇ったヤツってのが、戦闘力皆無なヤツだとは微塵も思わなかったのさ」
射手の男は、口を歪に曲げて嗤った。
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