第8話「ビルと宇宙とオートマタ」

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 ゲンスケとゲツリは、ゆかり町に存在する高層ビル〈ツルギモリタワー〉の前に来ていた。

日本のみならず世界でVRを始めとしたネットワーク事業を展開する大企業〈ツルギモリコーポレーション〉本社ビルであるここは、数週間前に謎の爆発が起き、現在はKeep Outのテープが張り巡らされている。


「ゲンスケ君。君はこの件――どう思うね」

 ゲツリがタワーを見上げながら聞いた。

「どう――って、俺が調べてないとでも思ってたんすか?」

 ゲンスケの返答に、ゲツリは小さく笑った。

「ククク、そうだろうとは思っていたよ。――で、どうだったのだね」

「……それは、アンタの依頼と関係はあるのか?」

 ゲンスケは逆にゲツリへ質問した。依頼人とはいえ、素性が定かではない男に対して迂闊に情報提供はできない――ということだろう。

「当然関係あるとも。でなければ、わざわざここに案内などしまい」

 それを聞くと、ゲンスケは息を一度吐いてから答えた。

「……結論だけ言いますと、ツルギモリタワーで起きた火災は人為的なものですよ。誰によるものかまでは分かりませんでしたがね」

「ほう、君でもわからなかったか」

「ま、そんなとこです」

 実際のところ、ゲンスケは真相を追うつもりだった。だが、調べれば調べるほど『危険』というワードがチラつくため……一旦撤退することにしたのだ。社会的立場としては一般人と言う他ないゲンスケでは危険であるというのも理由の一つである。

 現在は、ツヨシを始めとした面々に力を借りて、時が来るのを待っている――という状況だ。そもそも、ゲンスケの身に危険が及ぶというのなら、その時にはゲンスケに情報が萃ってくるはずなのでそこまで緊迫しているわけではない。

 ――とはいえ、恐らく警察が介入できない事象であるゆえに『危険』なのだろう……というのがゲンスケの中では特に有力な説なので、警戒心を緩めることはできないという状況には変わりがなかった。


「ふむ、……ところで今は、この件を調べることはできないのかね」

 ゲツリが言った。ゲンスケとしては、現状危険サインが見受けられないので、別に拒否するつもりはなかった。

「別にいいっすよ。――とりあえず、アンタと一緒なら最悪の状況にはならないっぽいので」

「おお、それはよかった。君の力を借りたかったのだよ、今回のこの――導入の様な事件にね」

「は? 導入……?」

 ゲンスケの警戒心は再び高まった。当然である。ゲツリの発言は一々胡散臭いのだから。

「ああ、言い方が悪かったな。……つまりね、これほどの大企業への人為的な攻撃となると、暗躍する者たちも一枚岩ではないと思ったのだよ。同じくゆかり町に本社の存在する〈インフレーション社〉もVR事業に乗り出すということなので、もしや――ということも有り得るからね」

「なるほど、たしかにそれはそうだ。だが、それなら何だってアンタがそんなことを調べようとしているんだよ。わざわざアンタがこんなヤバげな案件に手を出そうとしている理由を聞きてえ」

 ゲンスケは、返答次第では依頼を断る腹積もりで言った。危険サインが出ていないとはいえ、あまりにもゲツリの内面が見えてこなかったからだ。

「そうだな。理由をハッキリ答えておかなければフェアではないな」


 そう言ってゲツリは指を鳴らした。

 すると、ビル周辺の物陰からスーツ姿の屈強な男が現れた。

「彼の名はバルバ。破砕鬼という種族の末裔にして私の秘書だ」

「秘書? 破砕鬼? 色々そっちもびっくり情報だがそうじゃねえ。アンタは結局なんなんだ?」

「せっかちだな君は」

 言いながらゲツリは笑い――そして、答えた。


「私はねぇ、ツルギモリコーポレーションの社長だよ」


「な、何ぃ……!?」

 ゲンスケは驚きのあまり後ずさりした。状況が二転三転する。そろそろゲンスケの脳内がキャパオーバーになりそうである。

「本名は剣守つるぎもりゲツリと言う。ただまあ、私について調べようとしたらこの程度の情報は分かったと思うんだがね。そういうところ、誠実なのかねキミ」

「あ、あたぼーよ! ……いや、当然ですよハハハ」

 実際は少し違っていた。ゲンスケは情報を自発的に萃る場合、それなりに精神集中を行う必要がある。ゲンスケはゲツリから放たれているプレッシャーを感じ、無意識のうちにゲツリに関心を持つことを避けていたのだ。敵ではないようであるが、それにしてもただならぬ人物であることだけは確かであった。

「はッはッは、今更そう畏まらなくてもいい。私と君の仲じゃないかね」

 ニコニコと、朗らかな笑みを浮かべながらゲツリが言った。

「ご、誤解を招くような言い方はしないでくれよ!」

 それまでの懸念が吹き飛ぶかのようなゲツリのテンションに、ゲンスケは振り回されっぱなしだった。

「誤解するほど、私も鈍くはありません」

 バルバがフォローらしきものを入れてきた。

「それ、ホントに誤解受けてないんだよね?」

「ええ、当然です。友情と愛情はまた違ったもの。それぐらい私にも分かりますとも」

「…………」

 バルバの言い回しが一々ハッキリしないので、ゲンスケはバルバが本当にゲツリの秘書なのか分からないでいた。

「まあ冗談はここまでにしておこう。……今からツルギモリタワーの内部に入るが、準備はいいかね?」

 冷静な口調でゲツリが言った。

「あ、ああ。俺はいつでも行けるぜ」

「よろしい。ではバルバ、ゲンスケ君、行こうか」

「御意」

「ぎょ、御意」

「ブフッ!!」

 ゲツリが吹き出した。

「な、何なんスか」

「いやだって君、御意って別にアレだよ? バルバが勝手に言ってるだけだよ? なのに御意って――ブフフッ!」

 尚も笑うのを止めないゲツリ。ゲンスケは段々腹が立ってきていた。

「今から帰ってもいいんすよ俺」

「そんなこと言わないでくれたまえよ君ぃ」

 言いながらゲツリはゲンスケの上着の裾を引っ張ってきた。

「あーちょっと! そんなに強く引っ張んないで!? 伸びちゃうから!」

 まるでブラックホールだとゲンスケは思った。

 ――そう、ブラックホール。ゲンスケの脳内で、突如としてそのワードが現れた。

 故に、念のためブラックホールから連想される事柄を……ゲンスケはビルに入るまでの数秒でとりあえず思い浮かべてみた。

 〈宇宙〉、〈重力〉、そして〈月〉。あとおまけに〈ムーンサルト〉やら〈並行宇宙〉やらが関連ワードとして浮かび上がった。ゲンスケの能力〈萃理〉は、インターネットの検索機能に近いものでもあるのだ。もう少し時間や精神集中をするための余裕があれば、さらなる能力行使もできただろうが、そうもいかなかった。


「おっと! やはりいたのか! バルバッ、ゲンスケ君を守りなさい!」

「御意」

ゲツリが叫びつつ構えを取り戦闘態勢に入った。

ゲンスケは状況を飲み込むべく周囲を見渡した。そこには――

「何だアレ……?」

 暗闇からは、不気味な駆動音と共に鉄の擦れるような音が鳴り響く。それは足音らしきものも伴っている。

 暗闇には、赤く光る二つの光が浮かび始める。それは丁度、人間の双眸の様である。

「ゲンスケ君、気を付けたまえよ。――アレは、瞬時に死をもたらし得るマシーンだ。君の情報が更新されないとも限らないゆえ用心することだ」

「な――」

 ゲンスケが「何」と言い切るより速く、ソレは暗闇から姿を現した。

 ソレは人型の殺戮機械。戦闘用に改良された自動人形オートマタだった――。

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