第10話「銃と科学、そして使い魔」
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射手は、フロアの漆黒に溶け込むような黒衣を身に纏っていた。
身体に密着したボディスーツ、そして顔の下半分と上半身を覆うマント――。
オールバックにしつつも前髪の何本かは垂らされている。
「どういうこった、コイツは……」
ゲンスケは困惑した。
身体的情報はそれなりに分かったものの、内面的な情報はほとんど分からなかったからだ。
「経歴その他、一切不明。それどころか名前すらわかんねえ。……っつーか、コイツに該当する情報は、今現在あってはならないって感じだぜ……」
敵対者としか思えなかったため、ゲンスケは射手の情報を萃めたのだ。だが、結果としては、この男は本来死んでいるとしか思えない事実が立ちふさがったのだ。
「ゲンスケ君。キミのその能力、偽装情報に対しては、どれほど対応できるのだね」
ゲツリに問われ、ゲンスケは包み隠さず能力の精度を答えた。
「俺の萃理はありのままを萃める。だから偽装工作なんて目じゃねえのさ。だってのにそいつはどうなってんだかな……」
「どうなっているんだね、ゲンスケ君」
「どうもこうも、コイツは――5年前から今に至るまで、何の痕跡も残してないんすよ。……噂でもイベントでもなんでもいいから、それこそちょっとでも俺の耳にでも情報が入れば痕跡は萃められてるはずなんスよ」
ゲンスケはそれ以上の内容を調べようとしたが、現状情報が不足していたためできなかった。強力な〈萃理〉ではあるが、ある程度の情報がなければ十全な能力行使はできないのである。
だがそれでも、今ゲンスケが言ったように――いや、ゲンスケが言った以上に、〈萃理〉は情報を蒐集する。ゲンスケですら全貌を理解しきっていないのだが、〈萃理〉は地球上に蓄積された記録を萃めているのだ。とはいえ、その数は膨大なため絞り込みが困難で、ある程度対象のことを認知していないと詳細な情報は出てこないのだ。そしてそこからさらに数年分の情報を参照しだすとなると、臨戦態勢で行えるほどの余裕ある能力行使は難しいものとなる。その上でゲンスケは、なんとか5年分の情報を高速で調べてみたのだが……とにもかくにも結果として、ゲンスケはこの男を理解も認識もすることができなかった。それはつまり、この地球上で目の前の男はここ5年一度も姿を現していないということなのだ。
「キミぃ、もしや宇宙で暮らしていたかね?」
ゲツリは男にそんなことを聞いた。ふざけているわけではない。実際そうとしか思えなかったからだ。
「ハッ、それはないだろう。後ろのお前、今までの口ぶりから察するに――そういう能力なのだろうが、宇宙とかロケットとか、そういうのも調べたんだろう?」
男の言った通り、ゲンスケはつい先ほど、その線についても調べてみた。……だがやはり、そのような痕跡さえも、目の前の男には存在しなかった。
それ故に、ゲンスケは沈黙せざるを得なかった。
「図星のようだな。……まあもっとも、今の様に沈黙しようとも――逆に、ここで適当なことを言ってごまかしても、どの道お前の能力……その限界は見えてきてしまうワケなのだがな」
またも歪な笑みを浮かべながら、男は言った。
その態度に、ゲンスケは少しプッツンした。
「なんかムカついてきたぞピチピチスーツ野郎……!」
「だからと言ってその微妙な呼び方はどうなんだねゲンスケ君」
げんなりしながらゲツリは言った。
「別にいいんスよ社長。こっちがわからんって言ってんのを見てニヤつくような野郎っすよ! そんなヤツ、微妙な呼び方でいいんスよ!!」
一瞬、男の顔に青筋が浮かんだ。
「ゲンスケ君、キミ割とプッツンしやすいのかね」
「そんな気はしてますよ……!」
指をぱきぽき鳴らしながらゲンスケは言った。
「なあアンタたち、そろそろいいかな?」
男は銃を構えながら言った。形状としてはデザートイーグルと呼ばれる物に近いが、独自の改造が見られる。
「フーム、何やら妙な改造が施されているようだが、その割に先ほどの弾丸は普通だったね」
ゲツリが白い顎髭を触りながら言った――軽い挑発だ。
「いやいや社長。普通弾丸の不意打ちを受けて無事に済むなんてことないッスよ」
ゲンスケは冷や汗を垂らしながら言った。
「ここは社長のスケールに合わせろ、探偵」
バルバが男を見据えたまま言った。
ゲンスケは「えぇ……」とぼやきつつも黙ることにした。
「まあ、アンタが普通に思ったのも無理はないさ。オレはただ……アンタらの戦法を見極めたかっただけなのでね」
そう言って男は、掌から何かを抽出した――弾丸だ。
通常の弾丸ではないのだろう。男が苦悶の表情を浮かべていることからも、それは推測できる。
そして、すぐさま男はその奇妙な弾丸を銃に装填した。
「――では、こちらの戦法を見せてやろう……!」
発射。その弾丸は、光を放ちながら姿を変えていく。
それと同時に、男の持つ銃が電子音声で言葉を紡いだ。
『〈バトルツール・インスタントファイア〉』
「何かマズい――!」
ゲツリは叫び、再び〈ムーンサルト〉の能力で弾丸を地面にめり込ませた。地面に接触した瞬間、弾丸は炎を放出した。
「チッ、バルバ! ゲンスケ君を頼む!」
「御意」
ゲツリの指示に従い、バルバはゲンスケを再び抱えて背後へ跳躍した。
一方ゲツリは、ムーンサルトと共に男へと接近する――――!
「ほう、けったいなモノを従えているな。使い魔とかいうヤツか?」
「使い魔兼、アバターみたいなモノだよ!」
ムーンサルトの右腕が男に迫る。
「そいつはどうも、重力を操れるようだな! 面倒なものだ――」
「そこまで分析しておいて、それでも向かってくるキミのようなヤツのこと蛮勇と呼ぶんだよ……!」
ムーンサルトの右腕からエネルギーが溢れ出す。そのエネルギーによって、重力を変化させているのだ。
「それは困りものだな――!」
叫んで男はベルトのホルダーにセットされていた機器――それのスイッチを押した。
直後、ビル一階の天井――その中央付近が轟音と共に崩壊した――爆弾だ。
「迂闊にその能力を使ってみろ。降り注ぐ瓦礫は、威力を増すぞ……!」
「ぬっ!」
仕掛けられていた爆弾は、実際のところ、別のタイミングで使用する予定だったのだろう。だが男は、ゲツリの能力が重力操作であると理解した時点でその対策へとシフトさせたのだ。
「だがキミもまた瓦礫の圏内だ! 無事では済まないぞ!」
当然だ。瓦礫は半径10メートル圏内に降り注いでいる。瓦礫の落下速度では男は直撃コースだ。
だが男は不敵に嗤った。
同じく直撃コースであるはずのゲツリもまた、不敵に嗤った。
「いいか探偵。今のうちに、あの襲撃者の情報を可能な限り萃めろ」
「ったく、人使いが荒いってもんだぜクソッ」
直撃圏外にて、ゲンスケは萃理を再開させた。――その結果が、想像を絶するものであるとも知らずに。
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