第2話「ユカリングと空きビルへの跳躍」

   ◆


「いらっしゃいませー!」


 店主のマモルとアルバイトの方々の声が店内に木霊す。バイトの一人であるスキンヘッズの少年はこちらをしっかり向く余裕があったが、他の方々は調理にかかりっきりで、一瞬こちらを向くので手一杯と言ったところだった。

 時刻は18時を少し過ぎたところで、既ににぎわっていた。とはいえ、そのほとんどが常連なこともあってか、オーダーの承りはかなりスムーズな印象だ。

「混んでいるな。出直そうか?」

「んー? いや大丈夫っしょ、カウンター席空いてるし」

 そう言ってカウンター席を指すキリカ。要はそこに座れということだ。

「まあ一人だからな。そうさせてもらおう」

 そして、キリカに促されてゴルドはカウンター席に座った。そこでようやく、目の前にある厨房で調理を続けるマモルと対面することができた。

 マモルは、頭に巻いたバンダナと長短さまざまな無精ひげが妙にワイルドさを引き立たせる、『ちょいワイルド』な中年男性おっさんだった。


「おう、ゴルドじゃないか。そんな気はしてたがやっぱりそうだったか!」

 上機嫌でゴルドに話しかけるマモル。ゴルドは食いっぷりが良いのでマモルのお気に入りなのだ。

「お久しぶりですマモルさん。お元気そうで何よりです」

 挨拶と言えば挨拶だ。だが、口下手なゴルドにとっては会話のとっかかりとしてこれ以上にないほどの武器でもあった。

「そういう辛気臭えのはいいんだよダハハ! ……で、今日は何を食べる?」

 これも大体いつも通りの流れだ。マモルもゴルドが口下手なことは重々承知なので、手短に話題を展開してくれるのだ。

「そうですね……では、今日はタンタンメンにします」

 ちなみに〈しんどう〉は中華メインの定食屋である。……それとは別に、生姜焼き定食も人気メニューとしてお馴染みだ。

「ほー、今日クソ暑いけどいいのか?」

 それがいいんだよーと、常連客の一人が言った。それもまた然りだ。そしてマモルもそれを分かっている。だから「わかってるよー」と返した。ただ、それはそれとして。ゴルドは暑い日にあまり辛いものを食べないのだ。ゆえにマモルは気になったのだった。


「はい。と言うのも、今日は気合を入れるべき日でして。体を温めておこうかと」

「ん? これか?」

 マモルは小指を立てた。

「いえ、そうではなくてですね……」

「もー、あんまりゴルドくんをからかうのはやめてあげなよー。真面目なんだからー」

 返答に困ったゴルドだったが、厨房に戻っていたキリカに助け舟を出してもらった。

「なんだ、ちがうのか」

「はい、ちがうんです」

 何故かマモルは残念そうな表情をしてタンタンメンの調理にかかり始めた。


   ◆


「あ、そういえばさゴルドくん」

 ゴルドがタンタンメンを待っていると、調理を手伝っているキリカが話しかけてきた。

「なんだ」

「いや実はね、復活したらしいのよ――〈ユカリング〉」

「そうなのか」

「そうなのよ――って、あんまり驚かないのね」


 〈ユカリング〉とは、ゆかり町で5年ほど前まで暴れまわっていた不良集団である。ゆかり町を現在進行形でシメる……などという理由でその名がつけられた。名付けたのはその時のリーダーなのだが、ユカリングの名前、その真の由来が、当時リーダーが気になっていた年上女性が経営しているスナックだということが判明、後々そのリーダーは『母性に飢えている』などとからかわれていた。これはゆかり町の中でユカリングの認知度を上げることにも貢献しており、そのことを知ったリーダーが余りの恥ずかしさにユカリング(不良集団の方)を解散させた出来事――通称『ママ事件』は来週でちょうど5年になる。

 そんな不良集団ユカリングに、ゴルドはそれなりの関わりを持っていた。ゆえにキリカは、ゴルドが今回の復活に対してもっと大きな反応を示すものとばかり思っていたのだ。


「別に驚かないさ。武勇自体はそれなりのものだったからな。後継者を名乗りたがる若造もまあいるだろうさ」

「ふーん。ま、ゴルドくんがどうでもいいってのなら別にいいんだけどさ」

「なんだ? 鬼退治がユカリング関係のことかと思ったのか?」

「うん、ちょっとね。何かちがうっぽそうだけど」

「ああ。違うな。そもそもユカリングの後継者を名乗っているということは、不良同士の諍いとかで大々的に喧伝しているということなんだろう?」

「まあそういうことだね」

「ならその鬼が何も言わず佇んでいるだけというのは、あまりにもユカリングからかけ離れているとは思わないか?」

 ゴルドからの問いに、キリカは深い相槌で返した。

「深い、わかりみが深いよゴルドくん。確かにその通りだよ」

「何だ? そのわかりみが深いというのは」

「あー、これね、シャベッターでよく使われてるのを見るのよ。要はネットスラングだね」

「キリカは本当にシャベッターが好きだな」

「まーねー」


 シャベッターとは、若者を中心に多くの利用者がいるSNSである。思ったことをおしゃべり感覚で投稿するサービスなのでシャベッターという名称が与えられているのだが、その手軽さゆえの軽率な発言によって『炎上』してしまうアカウントも存在している。

 余談だが、初代ユカリングのリーダーは本当にアカウントが燃え上がるのだと勘違いしていたそうで、その際「ホントに燃えたら炎上アカウントの数だけ火事が起こるわボケ!」などと仲間の一人にツッコまれたそうなのだが、その時が、第一次ユカリング解散危機――通称『情弱事件』だったという。

 そんなこんなでシャベッターの話にシフトしようとしていた時、タンタンメンが完成した。


「待たせたな、タンタンメンだ」

赤と茶のコントラストはさながら火山地帯の様で、見ただけでも熱気を感じるほどだ。そしてその食欲をそそる香りは同時にむせそうな辛みも放出しており、食べる前からゴルドの口内では唾液が大量に分泌され始めていた。

「ま、見惚れるのも仕方ねえかもだが、麺が伸びる前に食べてくれよ!」

 どこまでもハイテンションなマモル。ゴルドが来店した日は大体こうである。


   ◆


「ごちそうさまでした」

「おう、またいつでも来てくれ」

 一礼してゴルドは店を出た。時刻は19時過ぎ、件の破砕鬼が出没する時間まではまだしばらくある。そのため、少し思案した後ゴルドは商店街の散策をすることにした。何か手掛かりが掴めるかもしれない――そう思ったからだ。

「ごめんねゴルドくん。ほんとは手伝いたかったんだけどお店が忙しくて」

「キリカが謝ることじゃない。気にしないでくれ」

 店の前に出てきたキリカにそう告げて、ゴルドは歩き始めた。


「あんまりムチャしないでね。ゴルドくんに何かあったら私も悲しいし、そもそも言い出しっぺだけどゲンちゃんが一番ショック受けるだろうから」

「アイツは非情になりきろうとしている甘ちゃんだからな」

 淡々と、だが同時に、ゲンスケの生き様を肯定するようにゴルドは言った。


「多分、ゲンちゃんなりに割り切ろうとしている部分があってのことなんだろうけど……」

「……そうだな、たまにはゲンスケをデートにでも誘ってやったらどうだ」

「は!? なんで私が??」

「ゲンスケは自分からは誘ってこないぞ。知っての通りチキンだからな」

 目を大きくして抗議するキリカに再度向き直って、ゴルドは即答した。

「う、わかりすぎる。……でもゲンちゃんって誘ったら来るの? なんかカッコつけたつもりでダサいこと言って赤面しながらそれを誤魔化しつつ断わってきそうなんだけど」

「そういうのを照れ隠しっていうんじゃないのか?」

「……そういやそうね。あー、あれ全部照れ隠しか。ガキか」

 ホント変わんないわねーと続けるキリカを見てそれはお前もだぞと言おうとしたゴルドだったが、上手く説明できる自信がなかったので胸中にとどめ、この辺りで今度こそ動くことにした。


「そういうわけだから、そろそろ行くことにする」

「あー、そだね。ゴメンね引き留めちゃって」

「いや、こういう時に平穏を実感できる。だから実際ありがたい」

「…………」

「ではまたな」

「うん、またね」

 夜闇へと進むゴルドの背中を見送りながら、未だに一番危なっかしいのがゴルドであることを改めて実感したキリカだった。





 ゆかり商店街はそれなりに人の往来があるためか、シャッター街には至っていない程度には賑わっていた。居酒屋、カラオケ、喫茶店。時間に応じた店や、時間に関わらず盛況を見せる店、その双方が存在することも要因の一つだろうか。

 だが、ゴルドはそれらを悉く通り過ぎていく。目的地はそこではないのだ。

「いるとすれば、この辺りか」

 ゴルドがやって来たのは、商店街のはずれにある空きビルだった。3階建てのそれは、玄関も裏口もしっかりと鍵がかかっており、こじ開けられた形跡もないという。

 ……しかし、ゴルドにはそれでも心当たりがあった。

「破砕鬼なら、この程度容易く跳躍するだろうな」

 裏口の向かいにある空き地から屋上を見上げながら、ゴルドは呟いた。

 背後には銭湯、ビルの左右には同じくビル。空き地の左右にある建物は、左は倉庫であることもあってか窓が塞がっている。そして、右は集会所であり、今のように集まりがない時はカーテンがかかっている。

……つまり、空きビルと空き地を隔てる道路に立っていない限り、ここから空きビル屋上縁への跳躍は完全に死角となるのだ。

 故にこそ、この地点でなら商店街でのみ破砕鬼が目撃される謎についても説明ができるということになる。つまり――


「破砕鬼は今、このビルに潜伏しているはずだ」


 そう言ってゴルドは、空き地から助走をつけて大きく跳躍した。

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