ユカリング〜混沌地方都市〜
澄岡京樹
序章「前日譚。セパレーター、ゲートから来る」
第1話「160円のコーラ」
1
伝承に曰く、
――種族名を、『
破砕鬼は、由華里村を拠点としていた鬼で、
滅鬼院鉄心に敗れてからの彼らの行方はわからない。全て滅ぼされたのかもしれない、あるいは、各地へと逃げ延びたのかもしれない。……そのいずれにしても、その後の歴史に破砕鬼の名は現れなかった。
「…………ふむ」
古い伝承が書かれた紙片を適当に現代語訳しながら、巨漢のマッスルマンであるゴルド鈴村は息を吐くようにそう呟いた。
「俺のところにやって来た依頼なんだがよ。……それ、どう思うよ」
ゴルドの友人である、自称探偵の山下ゲンスケが彼に問うた。
「依頼だと? お前の場合、勝手に
ゴルドの反論に、ゲンスケは「そうだよ?」とだけ返して自販機へと視線を移した。
「ゴルド、お前なに飲む」
「……それが報酬のつもりか」
「まさか。……前金だよ」
それは報酬の一部じゃないのか? と内心呟きながら、ゴルドはコーラを所望した。160円が前金となった。
「でだ。その紙片がどうヤベエかって話なんだがよ」
缶のアイスコーヒーをすすりながら、ゲンスケは話を切り出した。2017年6月。割とすでに暑い。
「……現代になって起きたのか、この、破砕鬼絡みのことが」
「ま、そういうことだ。話が早くて助かる」
そう言ってゲンスケは、ここ、ゆかり町で起こっている怪事件について話し始めた。
内容はいたってシンプルなもので、深夜にゆかり町内にあるゆかり商店街を謎の巨漢が徘徊しているというものだった。……ただのそれだけ。巨漢はあまりに目立つので、そもそも誰も近づかないのだ。
本当にそれだけ。実害は何もなかった。強いて言うなら町内を深夜徘徊する人が減った程度。しかも別に殺されたという訳でもなく、単に深夜徘徊を控え始めただけなのだ。
……それよりも、ゴルドは若干気になることができていた。
「俺への当てつけではないだろうな」
ゴルドはゴルドで夜間に散歩する日課があったのだ。そのため、よもやその巨漢、自分のことを言っているのではなかろうか、と思ったのである。
「んなわけないでしょ。確かにお前も2メートル越えの巨漢だけどよ。お前は町内でもお馴染みのマッスルマンじゃねえか。気にすることなんて何もねえよ。……大体、俺の元にこんな紙片が飛んでくるってこたぁよ、そいつが世を騒がせる破砕鬼である可能性の方が高いってことだよ。だからこの場合、お前さんは関係ないっつーわけだ」
「ならいいが……」
そもそも謎の巨漢が目撃されているのはゆかり商店街であって、ゴルドが夜間に散歩するルートではない。故に、そもそもゴルドが謎の巨漢ということはない。
「そういうこと。……で、そこそこの怪力持ちであるお前さんに頼みたいことってのは――」
「場合によってはそいつを潰せ――ということだな?」
「――ま、そういうことだわ」
空き缶用ダストボックスに缶をぶち込み、ゲンスケは冷たく答えた。
2
ゲンスケと別れた後、ゴルドは商店街にある〈かんざき商店〉に向かった。戦後にゆかり町で始めた店の中では古参に分類される、昔ながらの雑貨店といった趣の店だ。
基本的に日用品を扱う店なのだが、あるキーワードを口にすることで、別の商品も売ってくれる――というのは、一部界隈の中ではそれなりに有名な話である。
「いらっしゃい」
カランコロン、と鳴り物がゴルドの来店を告げると、店の奥から銀髪の青年が出てきた。この店の店主、神崎ツヨシだ。齢は50。整った容姿と、年齢の割には若く見える外観によってか、近所の奥様方から人気である。
そんなことはゴルドにとっては非常にどうでもいいことなのだが、ゲンスケがやたらとそのことについてぼやくので、受動的に詳しくなってしまったという寸法である。
「神崎さん。
一瞬だけツヨシに視線を合わせてから、ゴルドは続けた。
「断片を一つ」
それを聞くとツヨシは一度頷き、カタログを背後の棚から取り出した。
「プランは?」
「即席コースで頼みます。種別は武器。中距離兵装でお願いします」
「何と戦うつもりだお前?」
「町を騒がす鬼だそうで」
「伝聞とは。またゲンスケか?」
「アイツは俺が頼りですから」
簡単な会話の応酬。その言葉の節々から、ツヨシは思念を抽出していった。
「使用期限は24時間。それ以上は形状を維持できないから気を付けてくれ」
そう言ってツヨシは、黒い霧めいたテクスチャで覆われた
「ありがとうございます。料金は――」
「ゲンスケ持ちなんだろう? 今度ヤツから頂いておく。だからお前は気兼ねなくソレをぶちかませばいい」
軽く会釈をして、ゴルドは店を出た。夕日が目に染みたので、ゴルドは上着の胸ポケットにしまい込んでいたサングラスを引っ張り出した。
「おーす、ゴルドくーん」
今まさにサングラスを装着しようという瞬間に、若い女性の声が聞こえた。
ゴルドの視線の先には、長い銀髪をポニーテールでまとめた女性が立っていた。〈定食屋しんどう〉と書かれた、そこそこ大きめの出前用ケースを持っているが、そこまで重そうではない様子なので帰り道なのだろう。
「出前帰りなのか、キリカ」
「そういうこと。ゴルドくんは何? むしろ今から?」
「ああ。今から鬼退治だ」
その言葉に、キリカと呼ばれた女性は一瞬険しい顔になったが、その後すぐさらに険しい顔になった。
「ゲンちゃんね?」
「そうだな」
「ほんっとどうしてこうアイツは面倒ごとばっかり引っ張ってくんのかなあ! ゴルドくんはどう思う、アイツのこと?」
「どう――そうだな、適材適所をよくわかっている聡明なヤツ……と言ったところだな」
「…………」
とたん、キリカが黙ってしまった。呆れてものも言えない――といったところだ。
「……おかしなことを言ったのか、俺は」
「別に。けど、いいように使われてるんじゃない? とは思った」
首を横に振り、ゴルドは否定した。
「ゲンスケとはそれなりに長い付き合いだからな。ずる賢い面もあるが、外道でも非道でもないさ」
「……そりゃあ、そうだけど」
「というか、キリカの方が長い付き合いだろう。君の方が知ってるんじゃないか?」
そう。実のところ、高校時代からの仲であるゴルドよりも、幼少期から親交のあるキリカの方がゲンスケとの付き合いは長いのである。
そう指摘されたキリカは、夕日で誤魔化しきれるかどうか微妙……といった塩梅で顔を紅潮させた。
「……ふん。小中はともかく、高校から先はゴルドくんの方がよくつるんでるでしょ。だから、その、なんというか、どうでもいいというか」
徐々に歯切れの悪い回答になっていくキリカを見てなんとなく察した(いつも通りであるが)ゴルドは、「そうだな」とだけ言って話を戻すことにした。閑話休題、というやつである。
「……とにかく、俺は鬼退治に行く。それは今更覆すつもりはない」
きっぱりはっきりゴルドは言った。
「……まあ、こういう時のゴルドくんは言っても仕方ないのは知ってるからね、これ以上は言わないよ?」
「ああ。助かる」
「でもゴルドくんは何も特殊なパワーとか持ってないんだから気を付けてよね」
「腕っぷしがあるが」
これもいつも通りのやりとりなので、キリカもこれ以上追及する気は起きなかった。
実際、ゴルドの腕っぷしは相当のものなのだ。
「まあいいや。それならゴルドくん、うちで腹ごしらえしてく? 20パーオフにするけど」
「それは助かる。マモルさんの料理はどれも美味いからな」
「へへへ、父さんよろこぶよーそれ。――じゃあいこっか」
そう。キリカは〈しんどう〉のアルバイトではなく本職であり、ついでに言うと彼女のフルネームは
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