ものがたり

 物語を書きたい。

 できるなら童話。ずっと終わらないような話。

 書いてみようかしら。

 主人公は人。朝起きて、眠って、そしてまた目覚めるまでの話。

 彼、そう、この人は男だ。彼は朝、目を覚ます。目覚めてすぐに昨日あったことを思い出す。楽しいことを思い出す。そうしてニヤニヤ笑う。今日も同じことがあったらいいのにと。ないと知っているから、それに気づかないようにがんばる。でも、すぐだめになる。朝なのに、しょんぼりとしている。

 それからポストに向かう。ポストに歩いて行くまでの時間が彼は好きだ。恍惚と不安の中を歩く。途中でまた、昨日のことを思い出して笑う。わざと何をするか忘れたりする。それからポストについて、しょんぼりとする。まだあけてもいないのに。

そのままそこにたたずむ。郵便夫を待ってみたりする。わざと通り過ぎて、散歩に向かう。忘れた本に気づいて、家に帰る。

 歩いていても挨拶をしたりはしない。少しだけ気にして、うつむく。なんだか申し訳なさそうにしている。実際、そう思っている。

 公園を見つけても誰かがいれば入らない。誰もいない公園を探す。見つけると、東屋の下に座って本を読む。煙草に火をつけて、煙で頭をくらくらさせながら読む。その間だけはおだやか、しばらくはそうしている。でも、本当はずっとそうしていたいと思っている。

 煙草がなくなって、頭がしっかりしてくると、彼は立ち上がって歩きだす。行くところも、行きたいところもないが、彼は家に帰ろうとしない。ただ歩く。たった一歩先を目的地にして歩き続ける。

 彼はご飯を食べない。お菓子を食べる。甘いものを食べる。それもそんなに食べない。最近、いよいよ痩せて来たが。それでも食べる気にならない。

 それからいつのまにか家にいる。結局ポストはあけていない。自分の部屋に行ってまた本を読む。彼はずっと同じ本を読んでいる。そのまま少し眠ったりする。

 目を覚ますと夜になっている。まだ遠くに夕暮れの残っている夜だ。窓からそれを眺めている。本当に真っ暗になるまで何時間も。見えなくなると起き上がる。

 それからまたポストに向かう。不安な気持ちが大きくなっている。朝のような気分ではいられない。ポストを開けて、家に帰る。

 隣の家から声が聞こえる。彼の友人たちの声だ。みな、いい人たちだ。彼は友人たちのことをとても好きでいる。

 家の中でその声を聞いている。賑やかで楽しそうな声だ。でも、彼はそこには行かない。行けないのでなく、行かない。それからまた本を読む。その時間が好きなのだ。でも、しばらくすると彼は友人たちのもとへ行く。

 友人たちの中でも彼は喋らない。ただ、笑っている。それは本当の笑顔だ。彼はその時間が好きなのだ。

 たまに冗談を言う。友人たちは笑う。友人たちも彼を好きだった。彼はそれを知らないが。

 夜更け前に彼は帰る。そうして眠る。短い眠りにつく。

 朝、目覚める

 だめだね、僕に物語は書けない。

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短編集、なんてね 葉亜芯戸 @prokei

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