7
某ホテルの三十二階のツインルームだった。
正面奥に一枚の嵌め殺しの大きなガラス窓があり、I都の夜景を一望することができた。右側には清潔なベッドがふたつと、左側には丸い鏡に面して長方形の机が設えてある。机の上には電気ポッドやティッシュボックス、説明書が整然と並べてある。
入るなり早速少女をバスルームへ押し込み、奎吾と翔は備え付けの椅子にそれぞれ凭れて一息ついた。少女の湯上りを待つ間、細やかな水の浴槽を打つ音を彼方に聞きながら、ふたりは黙々と麦酒を飲みつつ思索に耽っていた。ふたつのベッドの間隔にあるサイドテーブルのモニターは、午後十時半を示していた。
とこうするうち、少女のみごしらえが済んだ。蓬髪は丹念に
少女をベッドの端に腰掛けさせると、翔が少女と対面する位置まで椅子を引いた。奎吾はあえて何も言わず、夜景を眺めることにした。恐縮によるスムーズな応答の妨げを懸念したからである。
「これから君にいくつか質問をするけど、すべて正直に答えてほしい。だけど、答えたくない場合は答えなくていい。その代わり、答えられる質問に嘘偽りはなしだ、いかい?」
確実な情報が知りたい。
不確実はいらない。
「いいわ。でも、その前にこっちが質問」
「なんだい?」
「おじさんたちは、なんなの?」
何だ。
馬鹿正直に答える必要はない。
翔は答えた。
「悪い人をやっつける世直し人さ」
間違ってはいない。が、しかし限りなくグレーだ。
少女は怏々として言う。
「子供扱いしないで。私、もう十四歳なんだから」
「これは失敬。とても若く見えたもんでね」
「......もうひとつ質問」
「何かな?」
「もし——もし私が黙りを決め込んだりしたら、私を殺すの?」
少女は上目遣いに翔を見て訊ねた。
殺しはしない。
だが。
「俺は人の苦しむ姿を見るのは、好きじゃねえんだ」
「拷問する気なの?」
少女の問いに翔は答えなかった。
少女は激した。
「最低。卑怯者!」
「まあ、そういきり立つなよ。もしかして、自分の立場を把握できてねえんじゃねえか? よく考えろ。生殺与奪権はこっちにあるんだ。しかし俺たちは快楽殺人鬼とは違う。罪もねえ人間を殺したくはない」
「そう。でも、殺すのはあなたじゃないのでしょう?」
少女の科白に、翔は面食らった。
「なんだって?」
「あの人がやるんでしょ? 彼の殺しの方法なら、警察にバレやしないものね」
奎吾の視線が少女へと向けられる。
翔たちの疑念は確信に変わった。
「やはり、見ていたのか」
「暗くてよく見えなかったけど、あの人が山羊たちを消したのはわかったわ。その仕掛けを私は知ってる」
知っている?
いったい——
「何を知っている」
「それは——」
少女の紡ぎかけた言葉は、無情にも銃声によって解かされた。
「隠れろ!」
奎吾が叫んだ。少女は目を丸くして固まっている。
翔は背後にある異様な気配を感じて振り返った。
少し開いたドアの隙間から、おびただしい山羊の眼が覗いていた。
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