某ホテルの三十二階のツインルームだった。

 正面奥に一枚の嵌め殺しの大きなガラス窓があり、I都の夜景を一望することができた。右側には清潔なベッドがふたつと、左側には丸い鏡に面して長方形の机が設えてある。机の上には電気ポッドやティッシュボックス、説明書が整然と並べてある。


 入るなり早速少女をバスルームへ押し込み、奎吾と翔は備え付けの椅子にそれぞれ凭れて一息ついた。少女の湯上りを待つ間、細やかな水の浴槽を打つ音を彼方に聞きながら、ふたりは黙々と麦酒を飲みつつ思索に耽っていた。ふたつのベッドの間隔にあるサイドテーブルのモニターは、午後十時半を示していた。


 とこうするうち、少女のみごしらえが済んだ。蓬髪は丹念にくしけずられ、束ねた艶やかな黒髪を右肩に流している。みすぼらしい服は宿泊客としてはどだいふさわしくないと断じ、近郊の古着屋にて適当に見繕った、ブランドのロゴがプリントされている白いシャツ、デニムのホットパンツ、黒のスニーカーを上手く着こなしている。


 少女をベッドの端に腰掛けさせると、翔が少女と対面する位置まで椅子を引いた。奎吾はあえて何も言わず、夜景を眺めることにした。恐縮によるスムーズな応答の妨げを懸念したからである。


「これから君にいくつか質問をするけど、すべて正直に答えてほしい。だけど、答えたくない場合は答えなくていい。その代わり、答えられる質問に嘘偽りはなしだ、いかい?」


 確実な情報が知りたい。

 不確実はいらない。

「いいわ。でも、その前にこっちが質問」

「なんだい?」

「おじさんたちは、なんなの?」

 何だ。


 馬鹿正直に答える必要はない。

 翔は答えた。

「悪い人をやっつける世直し人さ」

 間違ってはいない。が、しかし限りなくグレーだ。

 少女は怏々として言う。


「子供扱いしないで。私、もう十四歳なんだから」

「これは失敬。とても若く見えたもんでね」

「......もうひとつ質問」

「何かな?」


「もし——もし私が黙りを決め込んだりしたら、私を殺すの?」

 少女は上目遣いに翔を見て訊ねた。

 殺しはしない。

 だが。


「俺は人の苦しむ姿を見るのは、好きじゃねえんだ」

「拷問する気なの?」

 少女の問いに翔は答えなかった。

 少女は激した。


「最低。卑怯者!」

「まあ、そういきり立つなよ。もしかして、自分の立場を把握できてねえんじゃねえか? よく考えろ。生殺与奪権はこっちにあるんだ。しかし俺たちは快楽殺人鬼とは違う。罪もねえ人間を殺したくはない」


「そう。でも、殺すのはあなたじゃないのでしょう?」

 少女の科白に、翔は面食らった。

「なんだって?」


「あの人がやるんでしょ? 彼の殺しの方法なら、警察にバレやしないものね」

 奎吾の視線が少女へと向けられる。

 翔たちの疑念は確信に変わった。

「やはり、見ていたのか」


「暗くてよく見えなかったけど、あの人が山羊たちを消したのはわかったわ。その仕掛けを私は知ってる」

 知っている?


 いったい——

「何を知っている」

「それは——」


 少女の紡ぎかけた言葉は、無情にも銃声によって解かされた。

「隠れろ!」

 奎吾が叫んだ。少女は目を丸くして固まっている。

 翔は背後にある異様な気配を感じて振り返った。

 少し開いたドアの隙間から、おびただしい山羊の眼が覗いていた。

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