第9話 桃のお供は夜に密談し

「桃桜ちゃん、意識をなくしちゃったか」

「無理もありませんよ。気丈に見えても女人なんですから」

 猿島と犬上は、桃桜のために布団を敷いて、彼女をそこに寝かせました。そして、襖を閉めて隣の部屋に移ると、

「そろそろ出て来てはいかがですか、東宮さま」

 犬上が鋭く天井に向かって声を投げかけました。

 声に導かれるように1人の若者があめ色の木の板の上にすっと降り立ちます。

「東宮さまだって!?」

 猿島はあんぐりと口をあけ、元々丸くて大きい目をこれ以上ないくらい大きく見開きました。

「なんでこんなところに? 間違いじゃないのか?」

 隣室を気にして声を落としながらも、事情を知っているらしい犬上へと矢継ぎ早に質問を投げかけます。

「ご本人ですよ。滝口の武士として姿を見ることくらいあるでしょうに」

 犬上は迷惑そうに耳に手を当て、うるさいアピールします。

「ばかを云え。そう簡単に見ることができるわけないだろうが。下っ端の俺が見えたとしたら、せいぜい豆粒くらいの大きさだ」

 豆粒と称された、この国で2番目に位が高い人は、他人事のように涼しげな顔で円座わろうだに座ると、犬上の式神に茶をいれさせ、優雅に飲み始めました。

 地味な色合いの衣で身をやつしてはいるものの、その一挙手一投足は目を奪われてしまうほど気品に溢れています。

「で、東宮さま、何ゆえこのようなところにおられるのですか。桃桜さんとも面識があるようですが……」

「犬上。今の俺は雉男きじおだ。そのように呼ぶように」

「また雉男殿から名を借りたのですね……」

 犬上は呆れ顔で天をあおぎます。幼い頃から目の前にいる人に振り回されてきた、寡黙な傅子もりごに、心から同情しました。それでもさっと頭を切り換えると、

「雉男殿、桃桜さんとはどういうお知り合いですか」

 主導権を握るべく、話を無理矢理戻しました。

 そこからが見物でございました。

 成仁は、表情は変えぬものの、ろうそくのかすかな光でも認識できるほど、みるみる紅くなっていったのです。犬上はすぐに、(そういうことか……)と一人、得心しました。

「それで、はあちらに置いて、雉男殿は鬼ヶ島まで桃桜さんについて行く気ですか」

「……まあな」

「桃桜さんには正体を云わないつもりですか」

「……まあな」

 成仁は苦々しそうな顔で頷きます。傅子ほどではなくとも、付き合いがそれなりに長い犬上には、わずかな表情の変化だけで成仁の気持ちが、手に取るように分かりました。むしろ、普段感情を表に出さない彼が、こうして次々と知らない表情を見せることに驚いてさえいます。

「分かりました。桃桜さんの前では何も云わないことにしましょう」

「相変わらず話がはやくて助かる」

「猿島さんもそのようにお願いしますよ」

今の今まで完全に蚊帳の外に置かれていた猿島は、いきなり自分に話を振られ、おろおろと慌てふためきました。

「頼むぞ、猿」

「……俺は猿島だ、雉男さん」

 東宮にも云われ、猿島は呆れながらも頷きました。出会って間もない滝口の武士にも、成仁が存外お茶目な性質だと気付いたようです。


 こうして、女桃太郎のお供3人は、顔を揃えたのでございます。

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