第7話 桃の花は仲間とともに

西の方で鬼が出たそうな。何でも六尺を超える化け物で、女子どもを頭からひと飲みにしてしまうそうだよ。ああ怖い、怖い! あんたも早く逃げた方がいいよ!


 ある日、京の都では朝からそんな噂が飛び交いました。初めは半信半疑だった都人も、命からがら逃げてきた者の姿を見て信じずにはいられなくなりました。よっぽど焦っていたのか、馬を走らせてきた者は、小袖姿で、衵と見分けがつかなくなりそうなほど紅に濡れていました。左肩から先は布ごとごっそり消えています。武士は3人がかりでその者を薬師の元へと連れて行きました。

 怪我人が駆けこんだのは一度きりではなく、人喰い鬼が出没する場は徐々に都に近づいているようでさえありました。被害は増すばかりで手立てのない役人は、とうとう辻という辻にこんな立札を立てました。

“昨今世を騒がせている人喰い鬼を退治せよ。見事鬼の首を持ち帰ったものには褒美をとらす”

 勿論そんな無謀なことに名乗りを上げる者はいませんでした。…ただ数人を除いては。

 集まったのはたったの3人。朝廷陰陽師、滝口の武士、そして武装した一般庶民でした。勇気ある3人を激励するために、帝・東宮両人も顔をそろえました。

「よく集まってくれた。必ずこの平安の世にはびこる鬼を倒してくれ。」

「「「はっ」」」

野太い声、涼やかな声、そして鈴のような音がぴたりと重なりました。成仁は思わず御簾ごしに滝口の武士の3分の1ぐらいの大きさの者に目を向けます。

「まさか…」

さっと立ち上がると、挨拶を終えて馬に乗ろうとする一行に声をかけます。

「そこの者。ちこう…」

手招きをされ、成仁の元に来たのは、

「桃桜…。一体どういうことだ」

成仁手づから剣の指南をし、3ヶ月で彼が思わず唸るほどめきめきと腕を上げた、17歳の少女でした。

「雉男さん!只者ではないと思っていましたけど、お役人さまだったんですね」

桃桜は、初めて見る成仁の束帯姿に目を丸くしました。

「あぁ、まあな…」

成仁は、勝手に名前を使われて怒気をはらませている傅子をちらちら気にしつつ、曖昧に頷きます。

「どういうことも何も、私、鬼退治に行くんです。ちゃんと家族からも了承は得ているんですよ」

「何もそなたが行かなくとも…」

「鬼は、こうしている間にも着々と都に近づいているんですよ。私は、おじいさんたちを危険な目に遭わせたくないんです。それに…」

桃桜はそこで、きまり悪そうに言葉を濁しました。

「それに?」

「ご褒美が貰えると聞いて…」

今度は成仁の方が、目を丸くしました。

「そなたの家は裕福だと聞く。大富豪でさえも買えないものなのか?」

「いいえ、私が欲しいのは、ものではありません。おじいさんの罪を帳消しにしてほしんです」

そこで、目の前にいる娘の父親が過去に何をしたのかを 思い出しました。帝の寵姫強奪。おじいさんには、未だに追手が付いているのでした。

「追手を気にせず、私たちは心安らかに暮らしたい」

成仁はまた、この娘が一度云い出したことは、やるまで梃子でも動かない性分であることを思い出しました。

「分かった、願いが叶うよう尽力しよう。その代わり…必ず帰って来い!」

「はい!」

桃桜は元気に返事をすると、2人の勇者とともに旅立ちました。成仁は、その姿をいつまでも見つめ続けます。

「娘の願いは叶えてやろう」

この国の最高権力者は、いつの間にか息子の隣に立っていました。

「そなた、追う気ではあるまいな」

「まさか。たった一人しかいない跡継ぎが、どうして勝手をできましょうか」

不敵な笑顔を見せる成仁は、小さな背中が胡麻粒ほどの大きさになった頃、斜め後ろに控えていた傅子に声をかけました。

「雉男」

「なんでございましょう、雉男さま」

「そう嫌味を云うな。お前に頼みがある」

雉男は、諦めたようにため息を吐きました。生まれた時から一緒に過ごしてきた傅子には、東宮の我が儘は聞かずとも分かってしまうのです―。

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