第5話② 桃は新たに決意を固める

「あのっ! 私に剣術を教えて下さいっ!」

 その勢いのまま頭が地に着くのではないかというぐらい深々と下げます。

 それからどれほどの時が流れたことでしょう。沈黙に耐えきれなくなった桃桜がそっと面を上げると、鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔をした殿方をそこに認めました。端正な顔立ちもこれでは台無しです。

「あの......?」

 桃桜に声をかけられ、殿方はすぐにまた元のどこか冷たいようにも見える表情に戻りました。

「断る」

形の良い唇から放たれたのは、当然のように拒絶の言葉。

「なっ、なんでですかっ? どうしてダメなんですかっ?」

「女子が剣術など、聞いたことがない」

 それはそうです。この時代、女性は家の中にこもって歌を詠んだり、琴を奏でたりすることが常識とされていました。戦いが必要な時には、家でお抱えの武士に代わりに戦ってもらえば良い。おじいさんの家には今や桃のお陰で武士を雇う財力は充分にあります。

「逆にそなたは『よし』と云ってもらえるとでも思っていたのか?」

 殿方が呆れるのも無理のない話です。桃桜は当時の平均身長よりも遥かに高いところから放たれる威圧感に押しつぶされそうになりました。

「女子には無理だ。諦めろ」

「あなた様のおっしゃる通り、私が云っていることは常識から外れていることなのかもしれません。でも、前例がないことなら、無理かどうかはやってみなければ分からないではありませんか。

 先ほど捕らえられた時、私は賊に対して手も足も出ませんでした。もし、何か心得があったなら、このような事態にはならなかったかもしれません。おじいさんもおばあさんも今頃心配していることでしょう。私は愛する二人に心配させたくないんです。自分の身は自分で守り、二人を守るために何かを身に付けたいんです!」

 決意のこもった桃桜の瞳には守られる者ではなく、守る者としての強さが宿っていました。

 そんな桃桜をしばらくじっと見ていた殿方は、やがてふうっと息をつきました。そして、

「明日からここに来い。ヒマがあれば稽古をつけてやる」

 それだけ云うと、今度こそその場を立ち去りました。一度も振り返りません。「ありがとうございます!」と慌てて云った桃桜の声も届いているかどうか......。

 この殿方との出逢いが、のちに桃桜の運命を大きく変えることになろうとは、この時は誰も知りえませんでしたー。


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