第4話 美しき桃は匂引《かどわ》かされる

 桃桜がすくすくと成長していたある日のこと。

 識別するのもやっとの手紙らしき布きれを巻いた石が、おじいさんの家に投げ込まれました。

―この家の娘は預かった。娘の命が惜しければ、今朝とれたての新鮮な桃を100個用意しろ。場所は、竹野神社。時間は亥の刻だ。一個でも誤魔化したら、娘の命は無いと思え―

「おおおおおおおばあさん! 桃桜が桃桜があっっっっっっ!」

 愛する桃から生まれた愛する桃桜が攫われたと知り、おじいさんは噎び泣きました。

「しっかりなさい、おじいさん! こうしている間にも桃桜は怖い思いをしているのよ!」

 おばあさんはさすがに冷静で、桃専用の冷やし部屋に行って上等な桃を素早く選び出し、傷がつかないよう慎重に包装しました。そして、いまだに泣いているおじいさんを放っておいて10キロメートル先にある竹野神社へと向かいます。

「おじいさんは黙って桃の世話でもしておいて! 寝る前には必ず戸締りをするのよ!」

 おじいさんにそう云い残すと、おばあさんは100個もある桃を背負って駆け出しました。

「無事でいてちょうだい! 桃桜!」




  一方、10キロメートル離れた閑静な神社では……

「ちょっと! 早くここから出しなさいよっ!」

 おおよそこのような場所には似合わない娘が勇ましく叫んでおりました。そう、桃桜です。17になった桃桜は、若かりし頃のおばあさんのようにそれはそれは美しく育っておりました。

 雪花のような白い肌、上流貴族の姫君にも負けない艶やかで長い黒髪、黒曜石のように煌めく瞳、椿のような紅い唇。そして、叫びすぎたせいで新鮮な桃のように蒸気した頬……。

容姿こそどこの美妃 かと思われるほどでしたが、おばあさんの勝ち気な性格はしっかりと受け継がれていました。

「あなた達、どういうつもりで私を匂引かしたの?」

「へっ、あんたの家に上等な桃がたんまりあるのは知ってんだ。それを身代金代わりにあんたの身柄と交換するんだよ。その仙桃かくやと云われる桃を売りさばけば、これから俺ちゃ一生楽して暮らせるぜ」

 賊は下卑た笑いを浮かべながら、そう云いました。

「お頭、こんだけべっぴんなら、この娘だけでもきっと高く売れますぜ。」

「桃も娘も売っちまうか、そりゃいいな!」

 どこに売られるのか、桃桜はすぐに察し、さすがに蒼白になりました。

「そ、そんな......!」

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