第2話 桃から生まれた女君

「おじいさん! おじいさん! こんなに大きな桃を拾ったよ!」

 先に芝刈りを終えて、茶の間でのんびり茶をすすっていたおじいさんはびっくり。

「な......、何て格好をしているんだ、おばあさん! 女がそのように裾を捲し上げるんじゃないよ、はしたない!」

「誰も私の美脚なんて見ちゃいないわよ。大体こんなにひっそりとした山の中で誰が見てるっていうのよ。交通の便は悪いし、都に行くのも一苦労じゃないのよ」

「だけどおばあさん、そうでもしないと主上が貴女を奪いに来るかもしれないじゃないか!」

 なんとこのおじいさん、入内した妃の女房として宮中に上がり、帝に見初められ寵愛を一身に受けていたおばあさんと恋に落ち、半ば略奪の形で駆け落ちしたのでした。

「ないない、あれから50年よ。私の美貌だって老いには勝てないわよ。それよりおじいさん。この桃をご覧なさいよ。素晴らしいフォルムでしょ」

 あれだけおばあさん奪還の心配をしていたおじいさんも、流石に大きな桃にはたちまちクギヅケとなりました。

「なんて大きな桃なんだ! 色艶は美しく、香りも芳しい。このなめらかなカーブも理想的だ......」

 桃愛好家として知られているおじいさんは美しい桃の姿にうっとり。今にも頬擦りをしようとして......

「ちょっと、おじいさん! 汚い手で桃を触らないでよ。この子は今夜のデザートなんだから!」

「何を云ってるんだ。この桃は鑑賞用に仏壇に上げてだな......」

「桃は食べるためにあるのよ! 食べ物を腐らせるほうが罰が当たるわよ。仏様だって迷惑よ!」

ーなんで私、この人に付いてきちゃったのかしら......

 自分と同じく桃が好きだから、この人なら大丈夫。若く、宮中や実家がある里以外何も知らない世間知らずだったおばあさんは後先考えず逞しい男の手を取り、宮中を飛び出しました。

 同じ桃好きでも食べるのが大好きな自分と、見るのが大好きなおじいさんは違う。些細なことでケンカする度にそのことを実感させられてきました。でも、桃の次におじいさんが大好きだから、また桃の次に大事にされているのがわかるから、50年もつがいとしてやってこれたのです。

ーやっぱりこの人じゃないとダメかもね。

 苦笑しつつ、自分の考えは変えられないとおじいさんと口論をしながら桃を引っ張り合っているときでした。

  ピシッ

 桃の真ん中に亀裂が入ると、パッカーンと割れてしまったのですー。

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